大河ドラマは、散りゆく者のドラマであり、死に際の場面が印象に残ると言われる。『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)でも、初回から登場し徳川家康(松本潤)を支えてきた家臣たちが、三方ヶ原の戦いで散っていった。涙なくしては見られなかった第18回「真・三方ヶ原合戦」の立役者とは――。
先日、NHKの『100カメ』で「アクションチーム 大河ドラマ『どうする家康』を支える職人集団に密着!」が放送された。『どうする家康』のアクション俳優たちを追うドキュメンタリーで、第18回「真・三方ヶ原合戦」の激戦のシーンにおけてアクション俳優たちが大奮闘。大河の広大な戦場シーンをロケではなく、スタジオにCGの背景を映しながらやっているにもかかわらず臨場感があるのは、やはり俳優たちの真剣勝負があってこそなのだろう。家康の3大危機のひとつである三方ヶ原合戦では2つの真剣勝負が描かれた。
1つは、山田裕貴演じる本多平八郎(忠勝)の危機。そこを叔父の忠真(波岡一喜)が助け、平八郎を逃してひとり、武田軍に立ち向かう場面は涙なくしては見られなかった。このとき、腕の立つ平八郎がピンチにならないと、忠真が身を賭して甥っ子を生かそうとする意味が薄れてしまう。だからこそ武田軍を演じるアクション俳優たちは必死にならないといけないのだ。ほんの少ししか映らなくても、彼らなりの思いを込めて戦いに挑む気迫を表現することで、あの平八郎すら追い込まれる。そして、武田勢は、総大将である家康も追い詰めていく。
家康を救うのは、夏目広次(甲本雅裕)だ。家康の金色の甲冑を身に着け、身代わりになる。これが2つ目の真剣勝負であり、第18回の最大の見せ場である。
広次は武田軍をおびき寄せるようにして逃げながら、戦いの末、討たれる。討たれることを目標としているから勝ってはだめなのだ。とはいえ、みすみすやられてもいけない。必死に応戦するという夏目の名演技を甲本雅裕が鮮烈に演じ、これまた涙なくしては見られなかった。
甲本は学生時代、剣道をやっていたからか、要所、要所、剣を構える姿勢がしっかりしているように感じた。でも甲本の演じる夏目は、強さを抑制し、非常に哀愁ある人物に見える。影が薄く、人の記憶に残らないという設定で、人質生活をしていた家康が数年ぶりに地元・岡崎に戻ったときに挨拶したものの、家康は彼を覚えていなかった。
家康が、家臣の顔どころか名前も覚えておらず、夏目の名前をいつも間違えるという部分はちょっとした笑いポイントとはいえ、一国の主として、いくらなんでもそれはあんまりだという感想もSNSにあがっていたが、これは第1回から練られた仕掛けであり、第18回でようやく作家の真意がわかる(まさに「真・三方ヶ原合戦」)。
夏目はわけあって吉信から広次に名前を変えて家康に尽くしていて、そのため家康はぼんやりした過去の記憶と現状認識がこんがらがって、名前が覚えられないでいた、というなかなかユニークな設定だったのだ。残っている資料には夏目にはなぜか広次と吉信の2つの名前があることを、古沢良太氏はこのような味わい深い物語に創作したのである。
甲本は、「影の薄い」と自虐する人物を、絶妙なさじ加減で演じた。確かに似顔絵を描きやすい派手な特徴のある顔立ちではないのだ。とはいえ、その顔から滲む感情はとても多彩で、喜怒哀楽が水彩画のようなグラデーションで見せる俳優である。単純な喜怒哀楽として切り分けるのではなく、喜怒哀楽の境界がじわじわと滲んでいるような表情。例えば、わけあって、家康に顔向けできない気持ちがあるからこそ、気づかれたくないという思いが、影を薄くさせているともいえる。夏目の、家康への複雑な思いが単純化されることなく、深まって、心を打った。
甲本は、三谷幸喜氏が主宰する東京サンシャインボーイズの出身。80~90年代に大人気を誇った劇団で、甲本は89年から、劇団が充電期間に入るまで(24年に復活予定。09年に一度イレギュラーで公演を行っている)参加している。大河ドラマでは三谷氏の書いた『新選組!』にも出演し、そこでも泣き笑いの哀愁あふれる松原忠司役を演じていた。
記憶に新しいのは、朝ドラこと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(21年度後期)。そこでも悲劇の人物を演じた。ヒロイン安子(上白石萌音)の父で菓子職人の金太で、彼は戦争で、母と妻を亡くす。この亡くなり方があまりにも酷くて、金太が焼け跡で慟哭するシーンは凄まじいものだった。その後、すっかり塞いでしまった金太だったが、ようやく意欲を取り戻した矢先、倒れる。この上もなく幸福だった家族の幻影を見ながら息をひきとる場面は、寓話的な雰囲気もあった。哀しいけれど、温かい気持ちにもなる、いわゆる「神回」と言われるような名場面だった。甲本は、いい意味で、視聴者泣かせの俳優である。
夏目が亡くなって寂しいけれど、彼が家康を守って死んでいったことで、家康のこれからに変化が起こるはずで、家康の心に夏目広次はいつまでも生き続けるだろう。
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