祖母と一緒に暮らしたくて、オランダ留学

僕は国立大学卒業後すぐ、祖母が住む田舎で新規就農をしました。
オランダに留学し農業を勉強したものの農業の実地経験はゼロ、貯金もほとんど無しというところからのスタートでした。

自己紹介が遅れました。
僕は佐賀県伊万里市で循環型の平飼い養鶏を行っている松本啓(まつもと・さとし)と申します。2020年3月に大学を卒業後、個人事業主の農家として開業、2022年に法人化し、現在は僕を含め社員さん・パートさんの計5人で仕事をしています。

僕が農家になろうと思った理由は、小さいころから僕をかわいがってくれた祖母と一緒に暮らしたかったから。祖母は伊万里の中山間地域に住んでいて、そこで細々とミズナを作って農協に出荷していました。祖母も年を取り、一緒に過ごせる時間は永遠ではない。だから、できるだけ一緒にいられる農業を、伊万里でやりたいと思ったのです。

こんな僕がなぜオランダで農業を学ぶ必要があったのか、疑問に思われるかもしれません。
僕がオランダに留学していたのは2017年から2018年にかけて。その頃はなんとなく「祖母と一緒に暮らしたい」という思いはあったものの、普通の就職の道も模索していました。そんな中、「トビタテ!留学JAPAN」という官民協働の留学プログラムに参加することになり、生産性の高い農業をやっているというオランダに行くことにしたのです。
その留学中の様子は、マイナビ農業でも連載していました。

オランダで学んだこと

オランダは農業先進国と言われていて、国土が九州程度の面積しかないにもかかわらず、農産物輸出額でアメリカに次ぐ2位となっています。
僕は大学生の頃、オランダが生産性の高い農業をやっているということを知りました。将来は祖母が住む田舎で何か仕事をしたいと考えていたこともあり、オランダに留学し農業を勉強することにしました。
インターンさせてもらったオランダの農業法人の農場では、あらゆる作業が機械化されていて、農場というより工場といった方がしっくりときました。

オランダのナスの農場

一般的なオランダの施設園芸では、徹底的にデータの活用がなされています。
生育状況や温度、CO2濃度、日射量などの生産に関わるものはもちろんのこと、作業員の収穫スピードや作業の正確性、各作業員の1秒あたりの収穫量など、そこで働く人の情報も細かくデータで管理してあります。
このように「作ること」の効率を高めた農業には学ぶべき点が非常に多くありました。
一方で、大量のエネルギーが必要なため、エネルギー価格の変動によって、農場の利益が大きく変動するという点や、収穫や箱詰めなどの単純作業は主に東欧からの出稼ぎ労働者に頼らざるを得ないという厳しい点も感じました。

オランダで感じた「合理的な農業」と「情緒的な農業」の違い

当時大学生だった僕から見て、日本の農業は「情緒的」なイメージがありました。日本人は先祖代々の土地を大事にして農業をやっているからです。
しかし、オランダでは土地と農業に対する考え方が日本と違いました。
施設園芸をやるなら西側のエリアで、露地野菜を作るなら北側や南部のエリアで、畜産をやるなら北部から東部のエリアで、というように明確に作物とエリアが決まっていて、この農業をしたいからこのエリアに移住するといった考え方でした。オランダの農家は土地にこだわらず、生産のために土地を変えるのです。

やりたい農作物に適した場所に引っ越しているオランダ農家の姿に違和感を覚えた僕は、「自分は合理的な農業よりも、土地ありきの情緒的な農業をしたいんだな」と悟りました。つまり僕は、祖母が住む場所でできる仕事が農業だから農業を仕事にしたいということであり、もし祖母が違う条件の場所に住んでいたら農業を選ばなかったでしょう。
自分のやりたいことが、「作る」に重きを置いた合理的な農業より、土地や文化など多面的な役割も見た情緒的な農業なんだなと思い、効率的に作ることだけでなく、もう少し農業のいろんなところに目を向けるようになりました。

なぜ、オランダ人は有機農業の野菜を買うのか?

留学中、オランダをはじめヨーロッパでは、有機野菜やアニマルウェルフェアに基づく畜産物の消費量が年々増加していると聞きました。

オランダのスーパーの陳列棚。袋に黄緑色のマークがついたものが有機野菜。このように有機野菜がどのスーパーにも慣行野菜の隣に並んでいる

確かにどのスーパーに行っても、有機認証のマークがついた野菜が慣行野菜の横に同じように並べられていました。
また、肉や卵などの畜産物には1から3までの星がついていました。アニマルウェルフェアの基準に満たない場合は星がつきません。星の数が多いほど飼育基準が厳しく、より動物に負荷をかけない飼育法であることを示します。
認証された農畜産物の商品代は高くなりますが、値段や産地だけでなく栽培方法や飼育方法など、消費者がさまざまな基準で購入できるようにもなっています。
このようにヨーロッパでは、日本よりも有機農業やアニマルウェルフェアの農畜産物に触れる機会が多くありました。

オランダの有機農家の写真。鶏を放し飼いにして、その鶏ふんを畑に利用している

日本で有機野菜と聞くと「安心安全、健康によい」などのイメージがあると思います。日本人は自分のために有機野菜を選択しているようです。
そこで僕はオランダのスーパーで、「なぜ有機野菜を買うのですか?」と現地の消費者に聞いてみました。返ってきた答えは、「社会のため、地球のため」でした。
そのような答えは日本ではあまり聞かないので、驚きました。そして、同時に「そういう考え方ってかっこいいな」と思い、それ以来循環型社会を意識するようになりました。
もし僕が生産者になるなら、ただ農作物を作ることだけに目を向けるのではなく、生産方法や工程といった農産物の背景や、それを作ることで社会がどのように変化するか?という僕たちの未来まで考えた農業をやりたいなと思うようになりました。

最後に、帰国後と、その後の葛藤

オランダに滞在した期間は10カ月程度。その後は、農業があまり発展していない国に行きたいなと思い、パラオに3カ月滞在しました。(パラオの話もどこかでしますね。)
そして帰国後、残り1年の大学生活を過ごして卒業、そのまま農家になりました。オランダ留学がきっかけで、循環型農業について考えるようになった僕は、鶏が地面で自由に動けてストレスの少ない「平飼い」という生産方法で養鶏をスタートしました。さらに、地域で出たおからやクズ野菜など捨てられているものも餌にし、ふんも堆肥(たいひ)として利用することで環境負荷を抑えられると考えました。

こうして僕は、経験もお金も土地も設備も何もないところから農家としてスタートしました。もちろん、希望に満ちてというよりも、不安だらけの就農です。
こんな僕がどうやって新規就農して、どうやって養鶏を学んで、どうやって販売先を見つけて、どうやって法人化して、どうやって人を雇ったかについては今後の記事で紹介していこうと思います。それではまた。