札幌市交通事業振興公社が保有する240形243号車を昔の塗装に戻そうと、北海道鉄道観光資源研究会が主体となり、クラウドファンディング(CF)が行われている。寄付は6月30日まで。目標を達成できれば夏から作業に入り、来年春の引退まで旧塗装で走るという。

  • 電車事業所内で公開された札幌市電の240形243号車。「札幌スタイル」と呼ばれる前面の丸いフォルムが特徴(筆者撮影)

札幌市は政令指定都市で唯一、公営の地下鉄と路面電車が共存している。路面電車は大通・すすきの付近を中心に、札幌市の市街地および観光地へのアクセスを担う。環状運転を実施しており、市民にとって重要な公共交通機関のひとつでもある。

札幌市電では、2021年までM101号車が旧標準色の塗装で活躍していたが、老朽化により引退した。現在、旧型車両は緑色・白色の塗装で走る車両と、地元企業等の広告をラッピングした車両が活躍中。さらに、白色・黒色のカラーリングが印象的な低床タイプの新車「ポラリス」や「シリウス」も走る。沿線住民から観光客まで幅広い層が利用しており、レトロとモダンの融合を感じさせる路線と言えるだろう。

今回のクラウドファンディングは、緑色・白色のカラーで走る旧型車両のうち、2024年春に引退予定の240形243号車で旧標準色を再現。昭和中期から平成初期頃まで見られた往時のカラーリングに戻し、市民の足として最後の活躍をしてもらい、送り出そうという企画になっている。

  • イラストレーター鈴木周作氏による完成イメージ図(プロジェクト担当者より提供)

240形は1960(昭和35)年に8両製造され、現在も5両が稼働している。クラウドファンディングの対象となる243号車は、車体・台車などすべて北海道で製造された、生粋の「道産子車両」。登場時は先頭部分のバンパーに他の240形との差異があったが、1980年頃の車体更新で他の車両と統一された。1994(平成6)年、再び更新工事を実施し、塗装を変更したほか、運転席の換気口と方向幕の一体化、前照灯の2灯化、内装のリニューアルが行われ、現在に至る。

ちなみに、塗装変更の経緯を札幌市交通事業振興公社の担当者に確認したところ、1993年4月に制定された「STマーク」のグリーンを札幌市交通局(上下分離前の札幌市電を運営。現在も車両・施設を保有)の公式カラーとしたことを受け、車体色をこれに合わせるべく、翌年から順次塗り替えたとのことだった。

  • 243号車の車体側面。集電装置はビューゲルだったが、昭和後期にZ形パンタグラフに変更された(筆者撮影)

  • 台車に「NTN」という刻印がある(筆者撮影)

  • 1994年施行の更新工事で変更された方向幕部分。換気口と方向幕が一体となったデザイン(筆者撮影)

現在、243号車は休車扱いとなっており、クラウドファンディングの成否にかかわらず、7月末まで本線上を走行することはない。

クラウドファンディングの代表を務める街歩き研究家の和田哲氏は、幼少時より市電沿線で育った。2021年にM101号車が引退し、かつての札幌市電を象徴した旧標準色の車両がなくなったことで、「沿線住民として寂しさを感じた」と話す。「こどもの頃から親しんだ旧標準色の車両を、なんとしても復活させたい」と考えていたとき、243号車が来年春に引退することを知り、プロジェクトの実行を決めた。

旧標準色の塗装は塗料の配合が難しく、現在保存されている市電の車両でも完全に再現した事例はない。和田氏らは札幌市交通事業振興公社とも相談し、できること・できないことを明確にしつつ、慎重に準備を進めてきた。「自分は243号車よりちょっとだけ先輩」と笑う北海道鉄道観光資源研究会の永山茂氏も、「地域に思い出と元気を与えたい」と話していた。

  • (写真左から)北海道鉄道観光資源研究会代表の永山茂氏と、クラウドファンディング代表で街歩き研究家の和田哲氏。243号車の前で談笑する場面も(筆者撮影)

引退予定の車両を塗装する場合、基本的に廃車後の保存が決まっているケースが多いという。引退後の予定が決まっていない車両に、今回のような取組みを行う事例は珍しい。それでも和田氏は、「市民の記憶にかつての塗装を焼き付けたい」と語った。

札幌市電の旧標準色は昭和中期の登場当初、帯がなかった。その後、札幌市電のワンマン化が進むと、車両によって乗車方法が異なる状況になったため、ワンマンカーであることを示す赤い帯が追加された。後に全車両をワンマン化した際、白帯に改められた。

今回のプロジェクトで目標金額を達成した場合、2023年9月頃までに243号車をライトグリーンとデザートクリームの2色に白帯を付した塗装に変更する。目標を上回り、セカンドゴールに到達した場合、リバイバルカラー期間中に白帯を赤帯に塗り替えるという。ただし、あくまで塗装のみの変更であり、内装はもちろん、方向幕など塗装以外の外観も変更を加えることはないとのことだった。

  • 243号車の内装(筆者撮影)

  • 吊り革をはじめ、使用品も年季が入っている(筆者撮影)

クラウドファンディングは「READYFOR」のサイト内にて、「札幌市電リバイバルカラーPJ | 引退車両を往年の色で送り出したい」と題し、寄付を募っている。寄付額は3,000円から可能。目標金額は550万円で、セカンドゴールは600万円。支援するコースごとにリターンも用意しており、たとえば1万円を寄付した場合、札幌市電を描いた水彩色鉛筆画が人気のイラストレーター鈴木周作氏による絵はがきを入手できる。その他にも、お披露目時の貸切車両に乗車する権利や記念乗車券など、支援者のニーズに応じたさまざまなリターンを用意している。

筆者は取材地に向かう際も札幌市電を利用した。乗車した車両は243号車と同形の240形241号車。車窓から見える札幌の街は年月とともに変化を続けているが、車両が発する音や揺れは変わらない。その後の取材で和田氏が語った「路面電車は市民にとって最も身近な交通機関のひとつ」という言葉が、帰宅後、より説得力を持って頭の中で響いているのを感じた。

執筆時点で、クラウドファンディングへの支援総額は目標の2割程度となっている。今後どのような推移を見せるか、注目したい。