藤井聡太竜王の活躍が新たな次元に入ってきた。年度勝率6年連続8割超え。そして、6つのタイトルと4つの一般棋戦優勝という実績をひっさげて名人戦に挑む。名人を取れば七冠になり、その先には前人未到の八冠制覇という夢が広がる。夢は果てしないが、その前に令和4年度の藤井の活躍を整理してみたい。藤井にとって、令和4年度とは一体どういう年だったのか―― (本記事は、『将棋世界』2023年6月号特集「“六冠プラス4”として七冠を目指す。それって、どういうこと?」から一部を抜粋したものです)

  • 藤井の年度成績は53勝11敗。8割2分8厘という勝率は確かにすごいが、本当のすごさはその数字とは別にある

藤井は1敗しかしていない

令和4年度に活躍した棋士を顕彰する第50回将棋大賞の最優秀棋士賞には、もちろん藤井が選ばれた。令和4年度の藤井は、竜王、王位、叡王、王将、棋聖を防衛。棋王を奪取し、史上最年少六冠を達成。最多勝利、勝率1位の記録も評価された。

 藤井の年度成績は53勝11敗。8割2分8厘という勝率は確かにすごいが、本当のすごさはその数字とは別にある。藤井は表面的には11敗した。だが、実質的には1敗しかしていないと私は思う。なぜか。それは勝敗の内訳を見てみればわかる。令和4年度の藤井の棋戦別成績をご覧いただこう。

◎第7期叡王戦(出口若武六段)
 3勝0敗でタイトル防衛。
◎第93期ヒューリック杯棋聖戦(永瀬拓矢王座)
 3勝1敗でタイトル防衛。
◎第63期王位戦(豊島将之九段)
 4勝1敗でタイトル防衛
◎第70期王座戦=1敗
 決勝トーナメント1回戦で敗退
◎第35期竜王戦(広瀬章人八段)
 4勝2敗でタイトル防衛
◎第43回JT将棋日本シリーズ
 3連勝で優勝
◎第30期銀河戦
 5連勝で優勝
◎第72期ALSOK杯王将戦(羽生善治九段)
 4勝2敗でタイトル防衛
◎第81期順位戦A級
 8勝2敗で挑戦者に
◎第16回朝日杯
 4連勝で優勝
◎第72回NHK杯
 5連勝で優勝
◎第48期棋王戦コナミグループ杯(渡辺明棋王)
 7勝1敗でタイトル挑戦者になり、3勝1敗でタイトル奪取

 11敗のうち7敗は番勝負で喫したもので、タイトル戦自体は全部勝っている。順位戦の2敗も挑戦者になったのだから帳消しになる。棋王戦は挑戦者決定トーナメントの準決勝で敗れたが、敗者復活戦から4連勝して挑戦者になったから、これも帳消しだろう。そうして考えると、実質的には王座戦の挑戦者決定トーナメントの1回戦で大橋貴洸六段に敗れた1敗。これしか、負けはないということになる。53勝1敗。4つのトーナメント棋戦で17連勝。これが、藤井の2022年度の本当の成績である。恐ろしい。

昭和36年度 大山康晴名人との比較

令和4年度の藤井の成績はどのくらいすごいのか。それを考えるために、歴史に残る大棋士の「すごい1年」と比べてみることにする。対象にしたのは、昭和36年度の大山康晴十五世名人の記録である。大山は長く、まんべんなく勝った棋士で、1年だけのピークを取り上げるのは難しいが、大山の棋士人生の中で、タイトルを獲得するようになってから最も高勝率を挙げた昭和36年度の記録を取り上げた。 昭和36年度の大山康晴は27勝7敗(・7941)という成績を挙げ、四冠を保持して(全冠制覇)、3つの棋戦で優勝した。棋戦別の内訳を見るとこうなる。

◎第9回、10回王座戦=2敗
◎第20期名人戦(丸田祐三八段)
 4勝1敗で防衛
◎第2期王位戦(丸田祐三八段)
 4勝1敗で防衛
◎東京新聞杯記念対局=1勝
◎第11回NHK杯=3勝で優勝
◎第12期九段戦(二上達也八段)
 4勝2敗で防衛
◎共同記念対局=1勝
◎早指し王位戦=2勝1敗で優勝
◎東京新聞杯=4勝で優勝
◎第11期王将戦(加藤一二三八段)
 3勝で防衛(続けて香落ち上手勝ち)

  • 右が2022年度の藤井聡太成績(19→20歳)、左が1961年度の大山康晴成績(38歳→39歳)

大山は当時38歳。4つのタイトルを持ち、8割近い勝率を上げたが、対局数はわずかに34局。名人になって全棋戦で勝ちまくると、このくらいしか勝てなかったということなのだ。羽生九段がよく、「大山先生の時代とは棋戦の数も内容も違うので、単なる数字の比較は意味がない」と言っているが、その通りだと思う。

この年のタイトル挑戦者はカッコ内に示したように、名人戦と王位戦が丸田祐三八段。九段戦は二上達也八段。王将戦は加藤一二三八段。若手の加藤を相手に香落ちでも勝っているところが「鬼」である。

鈴木宏彦

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