通常の薄膜成長では、核となる原子を中心にクラスターが形成される「島状成長」や、一層ごとに膜が成長する「膜状成長」が起きる。しかし今回行われた観察の結果、幅が原子数個分のβ-RuCl3量子細線が周期的にならんだ構造が基板表面に形成されていることが確認されたという。またこの量子細線は、幅が原子数個分であるにもかかわらず、その長さは1μm以上にも及ぶことも明らかにされた。
加えて、蒸着時間や基板の温度を変えることで、これらの量子細線の幅と間隔をチューニングできることも判明。さらに同手法では、縞模様だけではなく、X字やY字のジャンクション・リング・渦巻き模様も形成できることがわかった。研究チームによると、これらのパターンはいずれも量子回路・光感応デバイス・原子コイルなどでの応用が考えられるという。
また研究チームは、渦巻き模様を含むいくつかのパターンに注目し、今回の量子細線パターンの形成機構は、非平衡プロセスである可能性が高いことを理論的に解明したとする。このことは、従来考えられていた限界を超える、原子スケールのチューリングパターンによる量子細線形成を示唆するとしている。
さらに、トンネル伝導度の実験と理論的なバンド計算を比較したところ、β-RuCl3の量子細線はモット絶縁体であることも確かめられた。このことから、これまでの実験では実現や測定の難しかった特殊な状態が、この系で生じている可能性があるという。
研究チームは、従来の限界を超える原子数個で構成された量子細線パターン作製技術の実現は、新しい超微細加工技術の可能性を拓くとする。さらに、量子細線パターン自身を回路として使うだけではなく、リソグラフィ用のマスクとし、グラフェンなどのほかの物質を微細加工するなどの応用も考えられるという。
また得られた量子細線では、特異な現象(電荷とスピンが分離した状態である「朝永・ラッティンジャー液体」、トポロジカル量子コンピュータの実現に必要な「マヨラナ粒子」など)が出現している可能性があるといい、今回の成果は、応用だけでなく基礎研究面でも、新奇物理現象を探索する非常に興味深い舞台を提供するとしている。