神奈川県藤沢市の鵠沼高等学校は、コロナ禍の緊急事態宣言を受け、NTT東日本 神奈川西支店とともに生徒一人一台のiPad環境を導入した。同校はどのようにiPadを導入し、そして教育はどう変化したのだろうか。
女子校から男女共学に変わった鵠沼高校
神奈川県藤沢市にある鵠沼高等学校は、90年以上の歴史を持つ全日制普通科高校だ。1925年、平塚に創立された家政女塾がそのルーツであり、戦中・戦後の情勢に伴って辻堂、遊行寺境内、鵠沼と場所を移転しながらも、一貫して女子教育への貢献を続けてきた。
その後、2004年に男女共学となり、現在の校名である鵠沼高等学校へ改称される。
「保護者の皆さまには『鵠沼女子さん』と呼ばれることがありますが、鵠沼高校となって20年あまりがたち、地域にも男女共学としてようやく認知されてきました。先生方の努力と生徒たちの素直さで進学実績も少しずつ向上し、好成績を収める部活動も増えています」(鵠沼高校 井上氏)
2022年度には医学部医学科の大学に進学した生徒がいたり、バドミントン部に加え、ダンス部、女子バスケットボール部、陸上競技部、マーチングバンド部なども全国大会で躍進したりしていると言う。また鵠沼高校が地域の避難場所として指定されており、児童たちを受け入れるなど地域との交流も進めている。
「校風は『共に学び、共に育む、明るく規律ある学園』です。生徒は本当に素直で明るく穏やかで、彼らに対して真摯に向き合う教員も多く、アットホームな雰囲気が常にある学校だと感じています。多くの卒業生が近況報告や部活の指導のために来校してくれるのは、卒業後も訪れたいと思ってもらえているからでしょう」(井上氏)
生徒一人一台環境の構築とWi-Fi環境の整備
鵠沼高校は2017年より本格的にICTの導入を開始。教員へのiPad導入から始まり、2018年に教育プラットフォーム「Classi (クラッシー)」を採用した。
そして2020年には一般教室へのプロジェクターとApple TV導入、2021年度から生徒一人に対し一台のiPad環境を目指し、今年度に全校生徒が一人一台端末を持つように至っている。
「生徒には本当にいろいろなところでタブレットを使ってもらっているなと。例えば『ロイロノート・スクール』というアプリで授業中に意見を出してもらったり、提出物を集めたりするほか、書道の作品を写真に撮って自己分析してもらう使い方。さらには、問題集を写真からPDFにして自主的に何度も解き直す生徒や、『総合的な探究の時間』では自らスケジュール管理し、主体的に自分の端末で調べ物ができるなど、学びの幅が広がっている印象を受けます」(鵠沼高校 渡邊氏)
iPadを導入することで、海外の先生とのオンライン英会話も英語コースの授業に取り入れることが可能になった。また、生徒全員が個人用端末を所有するようになってからは振り返り学習も可能になった。こういった授業を生徒全員に、同時かつスムーズに展開するために、Wi-Fi環境も整備されている。
「NTT東日本さんに『とにかくストレスがないよう協力してください』とお願いしました。授業では数多くの端末が同時に接続します。何台かつながりにくくなることが事前の検証で分かり、相談してすぐに改善していただきました。ですので、Wi-Fiで困ったことはなく、何かあってもNTT東日本さんに連絡すると原因を発見してすぐに対応してくれます」(井上氏)
春休みにもWi-Fi工事が新たに行われ、生徒一人一台環境への対応は万全だ。Wi-Fiの導入がスムーズに進んでいる背景には、インターネット基盤の構築から続くNTT東日本 神奈川西支店と鵠沼高校との長年のやり取りもあるという。
「工事の前には事前調査を行っていますが、複数回の取り付け実績があるので、我々の作業員もアクセスポイントの設置に順応しています。設備が古いからできないということは基本的になくて、鵠沼高校さまから図面のご提供など支援を頂きつつ、コミュニケーションを取りながら進めています」(NTT東日本 平下氏)
学校が生徒にWi-Fiを使わせるためには、MDMを使った機能制限や接続制限、Webサイトフィルタリング、セキュリティ管理が欠かせない。
例えば、「生徒のiPadをWi-Fiにつなげたり、動画サイトを閲覧したりする際、システムからの許可を必要とさせる」といったものだ。刻一刻と技術が進化する中でこういったルールは臨機応変が求められるが、NTT東日本は依頼から最短でその日に対応するそうだ。
「制限のルールに関しては、都度都度という感じで鵠沼高校さまとお話ししております。もともとは私一人でしたが、現在は当社もチームを組んできめ細かく対応しておりますので、この関係性は大事にしていきたいですね」(NTT東日本 小坂氏)
デジタル活用チームによって進んだICT化
同校のICT化を牽引しているのは、渡邊氏を含む若い教員を中心に構成された「デジタル活用チーム」だ。
「大げさな名前で呼んでいただきましたが、情報課でもない私はPCが得意というわけでもなかったので、自分の勉強も踏まえてみんなの力を借りたというのが出発点です。ちょうど私が委員長になる前後にコロナ禍が起こり、本当にいろいろなことが変わっていきましたね」(渡邊氏)
新型コロナウイルスは、やはり鵠沼高校にも大きな影響を与えたという。当初はClassiを活用した生徒への課題の提出と受領、Zoomを使ったオンラインホームルームなどの対応のみだったが、のちにオンライン授業へと発展させていった。
当時はまだiPad導入前だったため、生徒のスマートフォンからの見え方も工夫。そして、Zoomで授業を行うための手順、一挙手一投足を詳細な手順書にまとめ、全職員への普及を進めたそうだ。
「どうやったら学びを継続できるのか本当に悩みました。最初のコロナ禍が始まった4~5月はそれこそホームルームとスライドを吹き込んだ授業動画程度でしたが、翌年9月の自宅学習期間は特別な時間割を組んでオンライン授業を行えるまで発展できました。メンバーである同期のほか、たくさんの教員にも支えられ、みんなで相談しながら試行錯誤できたことが大きかったと思います」(渡邊氏)
現在はさらに活用が促進。例えば部活動では、大きな紙に大きな筆で揮毫する「書道パフォーマンス」を動画に撮って共有する書道部、投球フォームやバッティングフォームを動画で確認するソフトボール部といった具合だ。
「一人一台環境の浸透を踏まえ、iPad使用のルールを変更することも検討しています。現在のiPadの使い方を見て、生徒が自主的に情報端末を利用することで学びに幅が出るようにも感じられるので、少しずつ緩和していきたいと思います。一方では、『スマホを預けるから友達との会話も弾むし、勉強に集中できる』という生徒の声もあります。良いところと悪いところを研究しながら、鵠沼高校らしい使い方を模索していきたいですね」(渡邊氏)
調べたことを体験することが学びを深める
文部科学省が2019年に開始した「GIGAスクール構想」を受け、学校で情報端末の活用が求められるようになり、教育現場は大きく変化した。デメリットが存在するものの、メリットもまた大きいことは疑いようがないだろう。今後は、小・中学校からICTに触れてきた子どもたちが鵠沼高校に入学してくる。
渡邊氏は「身近になったICTの使い方を発展させるとともに、ICT導入以前の鵠沼高校の良さを消してしまうことがないよう、コミュニケーションを取っていきたい」と話す。
ICTの導入は教員側の働き方をも変化させ、教員同士の情報共有は非常にやりやすくなったという。また、学年通信の印刷の手間が減るなど細かな負担も減少したそうだ。同時にペーパーレス化も進み、授業のプリント類も印刷することなくPDFに変換してiPadに送信することが多くなってきている。
「生徒一人一台のiPad導入によって学びの幅は非常に広がり、生徒、先生からアイデアが生まれ、日々活用が進んでいます。これからの学びではインターネットで調べたことが本当かどうか、自分で体験することがすごく大切になるでしょう。可視化だけでなく自分の感覚を通す、デジタルだけではなくアナログな部分を失わないことで学びが深まるのです。これは学校だけではできないことなので、それこそ地域活動や家庭教育と連携しながら、豊かな知識を持った生徒を育てていきたいと思います」(井上氏)。