兼業農家から専業農家、そして農事組合法人へ
古くから、阿蘇の山々がもたらす豊富な湧水を使った稲作が行われてきた熊本県阿蘇市。中西さんが代表理事を務める「水穂やまだ」は、地元の農家仲間4人で構成される農事組合法人である。高齢化や後継者不足に悩む農家が周辺に増える中で、中西さんは父親から田んぼを受け継いだ。担い手のない農地を近隣から少しずつ預かるうちに、規模が拡大していったという。兼業農家から専業農家になり、2018年には農事組合法人を設立した。
現在は約70ヘクタールの作付面積があり、酒米である山田錦のほかに食米(コシヒカリ、森のくまさん、くまさんの輝き、あさひの夢)や、飼料用のコメ、大豆、サトイモなども作っている。
集落営農から法人化。農事組合法人で営農するメリット
農事組合法人にして感じるメリットについて尋ねると、中西さんは「まずはコスパがいいこと」だと即答した。
一人では大変な投資となるトラクターでも、1台を4人で共有して使い回すことで費用負担を軽減できる。燃料の調達などでもスケールメリットは多い。薄利多売にならざるを得ないコメの生産においては、売り上げをあげることよりもコストをどれだけ抑えられるかを意識しているという。
また、メンバー間で集約できる作業をまとめて行うことで効率化でき、1人当たりの作業負担も軽くなる。時間的にも余裕が生まれるため、一つ一つの作物の品質に目が向けられるというメリットもある。
酒米の生産を始めた経緯と現在地
獺祭の原料となる酒米の生産は、先輩から酒米取引の仕組みを聞いて始めた。獺祭の蔵元である旭酒造とじかに取引をするのではなく、全国から酒米を作る農家を探して契約するプロの仲介人とやり取りする仕組みだ。水穂やまだが獺祭用の山田錦を作るようになって、今年で7年目になる。今回のコンクールで最高賞を獲得したため、次年度は納品数を増やせるかもしれないという。
食米より酒米の方がずっと利益率は高く、今後もより良い酒米作りに取り組みたいと考えているが、食米も引き続き栽培していくそうだ。酒米の契約がずっと続くという確証はなく、また天候の影響による不作などのリスクも鑑みて、リスク分散のため複数の品種やコメ以外の生産も続ける考えだからだ。
山田錦が決して育てやすい品種ではないことも理由の一つだ。コメの中でも背が高く、稲穂が重くなると特に倒れやすい特性がある。実りの時期に台風が来れば、あっという間に倒伏してしまう。また、研ぎの時点で割れてしまったコメは使えないため、収穫できた分がそのまま収益になる訳ではないという難しさもある。
最高賞を取った水穂やまだの山田錦
日本酒の原料に使われるコメは、一般に食用されるコメとは異なる特性が求められる。
良い酒米の特徴としてよく耳にするのが「粒が大きい」という点だが、正確には米の「心白(しんぱく)」が大きいことが重要になる。
心白とは文字通り米の中心にある白く不透明な部分のこと。食米の場合は心白が多すぎると見かけの評価が下がるとされているが、酒米においては逆の評価になる。心白は隙間(すきま)が大きいため吸水性が良く、麹菌の菌糸が入りやすい。強い米麹を育て、アルコール発酵をバランスよく進めるために重要な役割を果たすのが心白なのである。
ただし、これは一般的な酒米の場合だ。「最高を超える山田錦プロジェクト」の評価基準は全く異なる。
獺祭の製造過程では、コメを徹底的に研ぐ。心白が大きすぎたり偏っていたりすると、研ぎの工程の中で割れてしまうのだという。そのため、独自の「獺祭基準」として高精白に耐える酒米を追求しており「心白が小さく中心にあること」が評価される。
今回の「最高を超える山田錦プロジェクト2022」では、90以上の農家からのエントリーがあった。水穂やまだが出品した山田錦は粒がそろっており、心白が小さく中心にあることが評価の決め手になったという。
中西さんは「微生物や土壌堆肥(たいひ)などについて研究しながら、より良い山田錦を作れるようにこれからも努力したい」と語る。品質向上のための設備投資も検討している。品評会連覇に向けた挑戦が、すでに始まっていた。
取材後記
父から、あるいは近隣の農家から受け継いだ大切な田んぼをどうやって守っていくのか。
法人を作って効率化を進め、さらなる生産性の向上を目指しながら、食用だけでなく日本酒用のコメ作りにも挑戦する。農事組合法人「水穂やまだ」の取り組みは、一つのアンサーになるだろう。日本中で人気の「獺祭」に熊本、阿蘇のコメが使われ、さらに最高評価を得たというのは熊本県民としてちょっと誇らしい。今夜は焼酎ではなく、獺祭を飲んでみようと思う。