地域の農業を再生するため、Uターン就農
尾道しまなみファームは、向島(むかいしま)という瀬戸内海に浮かぶ島にある。瀬戸内海の温暖な気候と良好な日当たりを生かし、約50アールの柑橘畑を営み、レモンやミカン、イチジクやジャバラといった珍しい品種も栽培している。また、自社農園や近隣農家、向島以外の瀬戸内海の島々で取れたフルーツを使ったスイーツや商品を販売する尾道観音山フルーツパーラーも経営している。自社で開発した「しまなみ青みかんサイダー」は、従来廃棄していた摘果(間引いた実)の青ミカンを使った商品で、銀座にある広島のセレクトショップ「ひろしまブランドショップTAU」で販売されているほど人気を博している。
村上さんが農業を始めたのは2018年のこと。もともと大阪で働いていたが、Uターンで向島に戻り、実家の農地を相続したことがきっかけだ。子どもの頃から、「農業は儲からないからやめておけ」と母親に諭されていたという村上さんだが、高齢化と後継者不足で廃れていく地元の農業を再生させるために就農を決意した。
村上さんが考えた地域再生の柱は2本。1つ目の柱は、放棄され荒廃した畑地を再生し、質の良い柑橘を栽培すること。2つ目の柱は、地元の柑橘やイチゴ、イチジクなどのフルーツを使うパーラーを経営し、多くの観光客を地元に呼び込むことだ。「パーラーであげた収益を農業に投資し、さらに規模拡大していくことを考えています」(村上さん)
こうした経営により、少しずつ耕作放棄地を柑橘畑として再生することに成功しているという。この1年で新たに植え付けを行った柑橘の本数は250本ほど。村上さんは「高齢を理由に引退する農家ばかりですから、これからも耕作面積を増やしていきたいと考えています」と語った。
自家製肥料を使用するこだわりの柑橘栽培
村上さんは作物の付加価値を高めるために、地域で生じた柑橘ゴミを再利用し、市販の酵素肥料に追加して肥料を手作りしている。尾道しまなみファームでは、約50アールの柑橘畑全てにこの自家製肥料を使っている。「化学肥料は一切使わず、有機物で出来た自家製肥料を使って栽培するのがこだわりです」と村上さんは語る。
「化学肥料を継続して使っていると、いずれ土の成分が偏って荒れてしまったり、センチュウが出やすくなったりしてしまうんです。鶏ふんや柑橘で作った酵素肥料を使うのは、良い環境の畑を長く守っていきたいから。それに、有機栽培という差別化にもなる。より価値の高い高品質な柑橘を作るために必要なことなんです」
気になる自家製肥料の成分だが、村上さんによると、市販の酵素肥料をベースとして、地元企業である尾道造酢株式会社から出た橙(だいだい)の皮と鶏ふんをブレンドしたものだという。使用している橙の皮は、地域で栽培されている果樹のもので、特別に尾道造酢より提供されているという。ベースの酵素肥料も、漢方薬を作る際に出た残りかすや穀類から作られている。
自家製肥料のもとをビニールなどで被覆し、水をまいて3カ月ほど嫌気性発酵を促す。すると肥料に含まれる酵素が低温でゆっくり反応するためエネルギーが逃げにくく、高品質な肥料が出来上がるという。ただし、肥料メーカーによっては、酵素肥料単体での使用を推奨している。そのため、村上さんも「手を加える場合は、肥料の成分などを十分確認の上、自己責任で行ってほしい」と注意を促している。
なお村上さんは、自家製肥料のほか市販の液肥も単体で使っている。この液肥も薬草や穀物などさまざまな有機質を発酵させたもので、普通の液肥と同じように使用している。
酵素肥料を使う農家を増やしたい
フルーツパーラーでは、見た目が悪く、市場や農協では値段のつかない地場産の作物を使っている。表皮が傷ついていても、パフェの材料として使う分には全く問題ない。さらに地場のものを使うことで、向島産柑橘という一体感と商品価値を高めている。現在、この自家製肥料を用いて栽培しているのは村上さんだけだが、今後、地元資源を再利用した肥料を使う地元農家を増やし、地域のブランド力やパーラーの価値をさらに上げていきたいと考えている。
「それぞれの家で鶏ふんや牛ふん、ミカンやレモンなどさまざまな柑橘の皮を独自でブレンドしてもらい、オリジナルの肥料を作ることができたら面白いと思います」(村上さん)
使用する際は、化成肥料と比べて窒素成分が若干少ないため、化成肥料を施肥するときと比べ、1.3倍ほどの量を与えるよう意識することがコツだそうだ。「この肥料はペレット状の化成肥料と比べて散布するのが大変なので、必要量をしっかり施肥するよう注意が必要です」(村上さん)
農業再生は、向島活性化のため
向島の柑橘栽培は、最盛期には5000トンもの収穫量があった。だが今では100トンを下回り、離農者も少なくない。村上さんはこれまでにも、耕作放棄地を畑に再生するほか、地元企業や農家、メディアを巻き込んだ企画を行い、地場産の作物を使った商品を販売する場所を作るなどさまざまな取り組みを行ってきた。
村上さんは「向島の農業はまだまだ再生途中」であると言い、次のように続けた。
「向島の畑は景色も良く、観光農園としても活用できると思っています。ただ畑を再生するだけではなく、活気を取り戻し、島の経済活性化につながる農業をしていきたいですね」
地元の柑橘皮を再利用した肥料によるレモン畑やミカン畑の再生はまだ始まったばかりだ。耕作放棄地の再生を行い、景色を生かした観光農園や6次産業化によって観光客を呼び寄せる。多くの地域に共通する課題に対して独自の方法で取り組む向島。今後の展開から目が離せない。