「村」という閉ざされた世界を舞台に、そこで生きる人々のリアルな姿を圧倒的な映像美と世界観で描き、現代日本が抱える闇をあぶり出した衝撃的なサスペンス・エンタテインメント映画『ヴィレッジ』が公開となった。
神秘的な「薪能」の儀式が続く、幻想的な集落・霞門村に暮らす片山優(横浜流星)は、かつて父親が起こした事件の汚名を背負いながら、村の山に建設された巨大なゴミの最終処分場で働いていた。しかしある時、幼なじみの中井美咲(黒木華)が東京から戻ったことで、その人生が変わり始める。
監督を務めたのは、『新聞記者』『ヤクザと家族 The Family』『余命10年』、さらに待機作『最後まで行く』と、30代半ばにして、日本映画界を刺激し、けん引し、走り続ける存在になった藤井道人氏。
6度目のタッグとなる横浜流星を主演に迎え、当初より「今まで見たことがない横浜流星を」と口にしていた藤井監督に話を聞いた。今回、脚本づくりの段階から関わっていたという横浜だが、出来上がった脚本には「怒っているようで、泣いているようで、怯えているような顔をしている」と書かれていたことも。そこには本作のテーマならではの理由があった。
■主演・横浜流星が脚本の段階から関わる
――「村」という舞台があり、そこに人物を配置していったかと思いますが、最初にゴールを決めて物語を組み立てていったのでしょうか。
今回は、優(横浜流星)の人生のバックショットをずっと撮っている感覚で脚本を書いていました。彼の背中です。彼の行く先に待ち受けるものは光なのか、闇なのか、ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか。決まらぬままに書き始めました。これは結局、優がしてきた選択の話。優はすごく受動的に見えますが、実はこの村を受け入れているということ自体、彼のアクションになっているんです。
――美咲からも、「どうして出なかったの?」と聞かれていました。
なので、基本的には村を捨てた人や外から来た人、村に帰ってきた人、いろんな人たちと会話、対話をすることで、どういった摩擦が起きて、どんな心情の変化が起きて……と書きながら、翌日に読み返し「これだとドキュメンタリーだな。エンターテインメントとしてどう描こう」と考え、会話の順番を変えたりして、何十回も書き直していきました。
――優を見つめていくなかで、横浜さんの存在は決定的なものだったと思います。今回、横浜さんも、脚本づくりの段階から密に関わられていたと伺っています。横浜さんだからこそ、こうした影響があった、この優になったと思い返す部分があれば教えてください。
流星は、すごく信じて待ってくれる人間なんです。脚本を読んで、「ここおかしくない?」とか「もっとこうしたい」とか、一切言いません。「いいね、待ってるよ」としか言わない。「監督がやりたいことをやって欲しい。僕はそれを信じて演じるから」と。そのうえで、すごく迷ったり、ビジュアルで相談したいことがあれば一緒に考えてくれる。でも基本的には信じて待つというスタイルでいてくれたから、この結果が生まれたのだと思います。すごく難しい役だったと思うんですよ。脚本には、「怒っているようで、泣いているようで、怯えているような顔をしている」と書いてあったりして。どんな顔だよ! っていう(苦笑)
――脚本のト書きには、そうした“表情”は書きこまないのが一般的なのでは?
今回は、面(おもて)がテーマなんです。面というのは、斜めから見ると泣いているように見えて、上から見ると笑っているように見えたりと、すごく余白がある。それと同じことを優の表情でもやりたかった。最初からそれを狙いたかったので、笑っているけれど怯えているとか、本当の彼はどう思っているのか分からせたくない狙いがあったんです。なので、脚本の段階からそう書いていましたし、流星はめちゃくちゃいい表情をたくさん見せてくれました。
■自分たちが冷静な感情で優を見守らないと、観客には届かない
――こうした心の奥に入り込んでいく作品では、俳優さん自身の心身もきつくなるイメージがあります。特に今回はロケ撮影ですし。その辺は大丈夫だったのでしょうか?
流星が、ある別の作品で、すごく自分を追い込んで、「日常でもオンオフがつかない」と話していたことがあるんです。今回は、そういうのはやめようと。優は俺であり、流星でもある。ふたりが冷静な感情で優を見守ってあげないと、逆に観客には届かないかもしれない。だから、「役に入り込みすぎないで欲しい」と。そういった話は事前にしました。だから、すごく冷静にふたりでモニターを見て繰り返して作っていきました。
――監督は現場で芝居の演出をかなりされるのでしょうか。
メイキング(映像を含む「700日のヴィレッジ」)を見ていただくと分かりますが、映画を撮れる瞬間というのは一度しかないので、しつこくしつこく納得のいくまで撮ります。俳優部の演出がメインです。もちろん芝居だけがよくても、芝居を適正なレンズの距離感で撮る必要があります。それがワイドレンズなのか、望遠レンズなのかで表現の幅が変わるし、感情の伝え方が変わります。レンズの距離感とライティング、美術の在り方、色、なぜその衣装なのか、なぜそのヘアメイクなのか、なぜその芝居なのか。すべて監督の目線です。正解は分かりませんが、書いてあることは、100の力でやりたいと思っています。
――いまこの時代にこの作品を放つ意味、時代感と、エンタメ性といったことは意識していますか?
常に頭にあります。映画っていいものだから残るというわけではないんです。特に今は配信もあるので、木くずのように消えていってしまう映画も多い。しっかり残すことのハードルがさらに上がってきている。TikTokもInstagramもありますしね。そうした中で、この映画を残していくためには何が必要なんだろうといったことは、河村さん(※)から教わったことでもあります。宣伝の大切さなんかもそうです。
(※)河村光庸プロデューサー:昨年亡くなった日本映画の変革者といえる映画プロデューサー。映画配給会社スターサンズを立ち上げ、藤井監督の『新聞記者』『ヤクザと家族 The Family』や、話題作『愛しのアイリーン』『MOTHER マザー』『パンケーキを毒見する』などを世に放った。
――やはり河村さんとの出会いは藤井監督にとって大きなものですね。
自分をインディーズから引っ張り上げてくれたのは河村さんですし、河村さんのリズム、思いというものを、一番理解して彼の隣にいた自負があるので、彼の思いは継承していきたいと思っています。
■ラストシーン、横浜流星はこの映画を象徴する表情をしてくれた
――最後に改めて、横浜さんについてお聞かせください。今回、「見たことのない横浜さんの姿を撮りたい」とコメントされていました。そして、ラストシーンの撮影時には監督自身、震えたと。その時のことをもう少し教えてください。
口が悪いですけど、映画を観ていて、たまに「これ、ラスト5分だけ観ればよかったんじゃん」みたいな映画って、あったりすると思うんです。今回の映画でラストが一番良かったと思えたとして、2時間観ないとあの顔の意味はわかりません。いや、2時間観ても分からない人もいると思うし、分からないことも間違いじゃない。なぜあの表情だったんだろうと、持ち帰ってずっと自分なりに考えていただけたら。すごく難しい感情だと思うので。
――演出自体は?
演出は明確にしています。それを覚えてもいます。でもそれを言葉にするのはダサいですし、10年くらい経ったら言えるかもしれませんけど。とにかく流星はそれを見事に体現してくれました。カエルが鳴くあぜ道の真ん中に立って。この映画を象徴しているような表情を最後にしてくれた。あのオールアップを河村さんと一緒に見られたのは、すごい思い入れとして残っています。
――監督渾身のシーンを、見事に返してくれた。
バチっと。おおー! っと来ましたね。すごく感動したことを覚えてるんですけど、スタッフが、「でも監督、『すげーよかった。もう1回!』って言ってましたよ」って言うんです(笑)。あれ、俺、もう1回撮ったんだ、みたいな。あまり記憶にないんですけど。3回くらい撮ったらしいです。
――(笑)。監督という生き物を感じました。ありがとうございました。
■藤井道人
1986年8月14日生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。2010年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。2014年に伊坂幸太郎原作の『オー! ファーザー』で長編デビュー。以降『青の帰り道』(18年)、『デイアンドナイト』(19年)などを発表し、『新聞記者』(19年)で日本アカデミー賞最優秀賞3部門を含む、6部門の受賞をはじめ、多くの映画賞を受賞した。ほか映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20年)、『ヤクザと家族 The Family』(21年)、『余命10年』(22年)、テレビドラマ『アバランチ』(21年)、配信ドラマ『新聞記者』(22年)など。韓国映画をリメイクした『最後まで行く』(5月19日公開)の公開を控える。
(C)2023「ヴィレッジ」製作委員会