「デジタルツイン」とは、インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること。現実世界と対になるデジタル空間を作ることで、リアルタイムなモニタリングやシミュレーションが可能となり、業務効率化につながる。このほか、デジタル空間でのフィードバックを現実に取り入れることで、トラブルの未然防止にも役立てることができる。

デジタルツインのイメージ(出典:)

こうした先進技術を農業現場に応用しようと研究を進めているのが新潟大学だ。同大農学部では文部科学省の公募事業である「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に採択(令和4年度)。「フィールドを舞台に農業DXをけん引する高度農業人材育成プログラム」を立ち上げ、ICTを活用した土壌分析や天候予測を始めとする農業DX事業とその人材育成に取り組んできた。

今年4月には作物の生育をシミュレーションするアプリケーション「新潟大学デジタル農場」のプロジェクトを公表。これまで研究室の中で蓄積してきた農作物の生育予測などのデータを、誰しもが気軽に利用できるようなアプリケーションに応用することで、農業の省力化や農業技術の継承をサポートすることを目指している。

生産者にとっては、今進めている作業が正しいのかをリアルタイムで確認できるほか、環境要因を変化させることで一歩先の農作物を視覚的に確認でき、品質の改良や肥料の削減など効率的な営農にもつながるという。生育のシミュレーションにより作物の成育を予測できるため、生育不良や、病害虫の発生要因を取り除くことにも役立つだろう。

「新潟大学デジタル農場」の利用イメージ

「(同大)着任依頼、新潟県の教員らしい仕事とは何だろうと自問自答してきました。行き着いた答えが、主要産業である農業の発展に役立つ研究をしていくこと。『新潟大学デジタル農場』はその象徴となるプロジェクトで、農業が抱える課題をITの力で解決していくことを目指しています」。同大農学部教授の長谷川英夫(はせがわ・ひでお)さんは、アプリケーション開発を進めている背景について、こう説明する。同大が農業DX事業を通じて積み重ねてきた土壌分析や天候予測などのデータを結び付け、農業の発展を実現するDX共創拠点とする考えだ。 

アプリケーションのシステム制作を統括する同大農学部特任助教の輿石裕之(こしいし・ひろゆき)さんは、実装には約3年ほどかかるとし、制作までの手順を次のように説明する。

まずプロジェクト初年度に当たる2023年は、学内に点在する研究成果を一元化するとともに、同大付属農場の実験区に複数台のカメラを設置し、作物の3Dモデルを生成して正確な植生の情報を取得する。ここまでを第一ステップと位置づけている。「どんな環境要因で病害虫が発生しやすいかなど、データやノウハウは数多くあります。そうした断片的な情報を集め、植生モデルとして扱うことができるか精査します」(輿石さん)

第二ステップでは、3Dモデルの状態が環境に応じて変化するシミュレーションの研究開発を行う。土壌環境や気象条件のほか、「葉の色や茎の太さ」といった、これまで勘と経験に依存してきた条件をも数値化し、シミュレーションのベースとなる数理モデルを構築していくという。その後の第三ステップで、学生からプロ農家まで、幅広い世代にとって使いやすいアプリケーションへと仕上げていくという。

アプリケーションはPCやタブレット等幅広い端末で活用できるよう、サーバーに集約した植生モデルなどをブラウザ経由で確認できるようにする想定だ。

一方、農業に携わるすべての人が手軽に利用できるアプリケーションにするには一足飛びではなしえない。より細密なフェノタイピング技術の確立、シミュレーションを意識した新たな数理モデルの構築、複雑な植生の正確な3Dモデリングなど、クリアすべき課題は多い。そこで同大学では4月末まで、クラウドファンディングサイト「READY FOR(レディーフォー)」で研究資金の寄付を募っている。目標金額は545万円。募った資金は、3Dモデルを構築するためのカメラ導入費用やデータを分析するソフトウェア制作費などに充てる。

「勘や経験に依存して進められてきたこれまでの農業。決して悪いことではありませんが、新規参入のしやすさや属人化の観点では少し課題になりえるところがあります。これからの農業はデータを中心に圃場や植物の状態を正確に読み取ることによって、ここで得た情報をもとに次の一手を打つことが大切です」と長谷川さん。

輿石さんも「プロジェクトを通じて、皆さまの新たな挑戦をバックアップしたいと考えています。農家さんをとりまく環境が厳しさを増す中、受け身になることなく、日本農業そのものが活発になっていくことに役立つと嬉しいですね。また、このツールが学生の方々らにとって農業を身近に感じ、興味を持つきっかけにもなればと考えています」と展望した。