富士通クライアントコンピューティング(以下、FCCL)は、サービス規約/規程において、カスタマーハラスメントに関する条文の追加をはじめとした見直しを実施した。内容は大きく2つ。故障時に新品交換を求めたり、社長の謝罪を要求したりなど、著しく妥当性を欠く要望を求めた場合や、威迫・脅迫・侮辱・誹謗中傷といった社会通念上不相当な行為をした場合に、サービスの提供を断るケースがあるというものだ。
近年、ショップやメーカーに対して顧客(カスタマー)の立場を利用して、度を超えた要求をしたり、長時間文句を言ったり、声を荒らげて罵倒したりする、モンスタークレーマーによるカスタマーハラスメント(カスハラ)が問題になっている。
2022年2月には、厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公開。2022年10月には、任天堂が修理サービスの利用規程を改定し、新たに「カスタマーハラスメントについて」を追加している。任天堂の利用規程では、カスタマーハラスメントがあった場合、修理や交換を断ることがあると明記している。
今回のFCCLにおいても、サービス規約の追加はこのカスハラ対策の流れに沿ったものだ。PC業界では初めての試みとなっている。そこで改定の意図について、FCCLのPRS事業本部の中馬仁一氏と、お客様相談室の熊谷博隆氏にお話を伺った。
不当・悪質なクレームから従業員を守るために
取り組みの背景にあるのは、2019年6月に「労働施策総合推進法」が改正されたこと。職場におけるパワーハラスメント防止のために、必要な措置を講ずることが事業主の義務になった。
加えて2020年には、上記改正を踏まえて「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して、雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)も策定されている。事業主にはカスハラ対策も求められたのだ。
現在のFCCLは、全国の3地域にサポートセンターやお客様相談室を展開し、合わせて毎月数万コールのサポートに対応している。その中の数十件に暴言や脅迫に近いものなど何らかのカスハラが発生しているそうだ。
とはいえ、そうしたモンスターカスタマーでも顧客であることは間違いなく、これまでメーカーの立場ではなかなか強く出ることは難しかった。ユーザーサポートの範囲で対策マニュアルは用意していても踏み込めず、最終的にはモンスターカスタマーに対応するお客様相談室に委ねるしか手がなかったという。
「現在でカスハラと言われるような理不尽なクレームや暴言は、20年くらい前からずっとありました。これらにどう対峙していくかは長く課題でした。これまでのルールとしてはお客様の話は聞く必要がありました。もちろん、何かあったら上席者が電話を替わったり、お客様相談室に引き継ぎをしたりして、折り返し連絡するといった対応をしてきました」(中馬氏)
FCCLは以前から、カスハラに最前線で接するコールセンターの従業員がリラックスできように、しっかりした休憩室を用意したり、看護師が巡回してメンタルケアしたりするなど、内部的なサポートは行ってきたという。しかし従業員を守るという視点では、そうした対応だけでは足りなくなった。今回の規約追加は、カスハラを行う顧客に対してどう接していくのかを明確に定めることによって、従業員を守ることが主眼となっている。
「もちろん、ていねいに対応することは前提として、世の中の動きも変わっています。線引きは難しいのですが、中にはお客様として対応できない方々がいます。そういうお客様に対しても、『お客様は神様です』と従業員に言い続けるのはもう無理な時代です」(中馬氏)
規約の追加でカスハラの抑制と発生時の現場対応を強化
FCCLのユーザー窓口としては、通常のサポート窓口と、「My Cloudプレミアム」に含まれる安心スタンダードコース(月額1,016円・加入月含め2カ月無料)などに対応するPCコンシェルジュ窓口がある。通常のサポート窓口ではフロントラインと呼ばれるコールセンターの従業員が最初の電話を受け、修理案件や技術案件、買い替えといった拡販案件に切り分けて担当に引き継いだり、そのまま案内を行ったりすることもある。ここでまれに、暴言や脅迫、強要といったトラブルが発生するそうだ。
「そういったお客様に対応して疲弊した従業員が、その後も別のお客様に対してきちんとサービスを提供できるかどうか。疲れたり怯えたりした状態で対応しなければならないのは、よくないことです」(中馬氏)
今回のカスハラ対策にはいくつかの目的がある。ひとつは先にも述べたように、不当・悪質なクレームから従業員を守り、最適な就業環境を提供すること。これまでは、暴言を受けたり、同じ要求を繰り返し長時間続けられたりしても、カスタマーサポート側から電話を切ることは難しかった。できる限りの対応をした上で、お客様相談室に引き継ぐしかなかったという。
しかし、カスハラ対策を利用規約に盛り込むことによって、サポートを中断しやすくなった。それが従業員の負担低減にもつながる。カスハラ発生時の具体的な対応については非公開だが、以前と比べて、より現場判断で対応できるルールになっているとのことだ。この辺りは中馬氏の話にもあったように、どこからをカスハラと判断するのかは線引きが難しいところでもある。
もうひとつの目的は、利用規約にカスハラ対策の条項を盛り込むことによって消費者に周知し、カスハラの発生自体を抑止することだ。
「これまでもお客様相談室では『できないことはできません』『電話を切らせていただきます』としっかり対応していたのですが、カスタマーサポートではそれが難しく、上席者やスーパーバイザーなどもいるとはいえ、その権限がなかったりしました。今回、段階的にそういった対応ができるようになりました」(熊谷氏)
サポートの仕組みも改善してカスハラが起きにくい仕組みに
さらに中馬氏は、ユーザーサポートのWebページにもさまざまな工夫を凝らすことで、ちょっとしたことならサポートに電話をしなくてもわかるようにしていると続ける。
「例えばQ&Aに書いてあるようなユーザー登録の方法、みたいなことでも電話がかかってきます。そういうサポートもすべて電話でやっていると、電話がつながりにくくなってイライラさせてしまい、従業員が電話に出た途端に『いつまで待たせるんだ!』とはじまってしまうのです。そこで今はチャットサポートを用意して、電話をしなくても答えに誘導できるようにしています」(中馬氏)
電話対応を行うカスタマーサポートの従業員がすべてに対応するのではなく、チャットサポートに分担することで、電話対応が必要なユーザーにより最適なサポートが提供できる。それは「My Cloud プレミアム」に加入している有償会員や有償サポートを求めているユーザーに対しても、しっかり時間が取れるということでもある。
また、FCCLはLINEによるサポートも実施。LINEやチャットサポートだと、一人の従業員が複数のサポートに並列対応できるという。電話とは異なり、エラー画面のスクリーンショットを送ってもらうこともできるなど、電話にはないメリットがあるのだ。
FCCLがカスハラに関する条項を追加して約2カ月。現状ではまだ、カスハラを理由にしたサポート停止などを実施したケースはないとのこと。
カスタマーサポートでは対応しきれなくなった案件に接するお客様相談室では、これまでにさまざまなカスハラがあったという。熊谷さんは過去に、電話の向こうで数時間ずっと同じ話を延々と続けるユーザーや、暴言を浴びせてくるユーザーに遭遇したこともあるそうだ。金銭的な要求や新品交換の要求、謝罪に来いなど、多くの無理難題も言われてきたという。メーカーはこれまでそういったカスハラへの対応に苦慮していたのだ。
しかし、利用規約に新しい条項が入ったことで、これまでとは対応は変わる。より早い段階で毅然とした対応ができるようになるわけだ。それは結果としてユーザーとのより良い関係を作ることにつながる。
「我々の一番のミッションはお客様の生活を豊かにしていくことです。商品を通じてお客様に付加価値を提供することで、長くお付き合いしていきたいと考えています。そのためにはお客様と直接コンタクトする従業員に気持ちよく仕事をしていただき、お互いにWin-Winになれる関係性を築いていきたいですね」(中馬氏)
今後は、カスハラ対策の明文化や利用規約への記載などは、多くの企業へと広がっていくと予想される。日本のマーケットは伝統的に消費者が有利であり、これまでは程度の差こそあれどカスハラが起きやすい状態だった。しかし本来、サービスする側と受ける側は対等のはずだ。カスハラ対策が広がることで、カスタマーサポートはより働きやすくなり、ムダなコストが削減されることで、一般消費者向けのサービス品質も向上することに期待したい。