原木栽培のシイタケとは
「下城きのこ園」の代表・下城亮輔(しもじょう・りょうすけ)さんは、祖父の代から続くシイタケ農家に生まれた。高校卒業後に父のもとで修行し、3代目となった。年間2万本ほどの植菌を行うシイタケ農園は熊本県内有数の規模で、繁忙期には総勢7人で作業している。
シイタケを育てる方法には原木(げんぼく)栽培と菌床(きんしょう)栽培があるが、主流は圧倒的に菌床栽培だ。農林林水産省のデータでは、2020(令和2)年の国内生産の生シイタケのうち、原木栽培のものは7.7%とされている。
クヌギの原木を適切な大きさに切り、シイタケの菌を打ち付けて栽培する。原木の準備から収穫までは1年半ほどかかるため、およそ2年ほどのスパンで考える必要がある。一方の菌床栽培では3ヶ月から半年ほどで収穫でき、年間を通じて栽培・出荷が可能だ。
そんな中でも下城きのこ園では菌床栽培を一切行っていない。過去には暑さや大雨による被害、病気に悩まされたこともあるが、シイタケ栽培に適したクヌギの木が豊富な環境を生かし、原木栽培のみに取り組んでいる。
「グリーンコープ」や「Oisix」と契約することで安定的な出荷ができているほか、地元の
南小国町総合物産館 「きよらカァサ」でも販売する。またE Cサイトからも注文を受け付けている。
シイタケはほとんどの品種が春と秋に収穫期を迎えるが、下城さんは夏に採れる品種も栽培している。原木栽培のシイタケが少ない時期にも出荷できるのは、下城きのこ園の強みのひとつだ。
原木栽培は手間がかかり収穫までの期間も長いが、下城きのこ園のように自伐型で栽培すれば利益率が高くなるという。原木となるクヌギは自ら所有する山林で調達するほか、地元の牧野(ぼくや)組合から入手することもある。代々続くシイタケ農家としての豊富な経験やノウハウを持っていること、クヌギの木が身近なところから手に入ることが大きなカギになっている。
需要が急激に増えるようなことはないが、原木シイタケの供給そのものが減っている中で、ニーズはなくならないと下城さんは話す。
しいたけ嫌いがもっと嫌いになるしいたけ
ブランディングはそれほど強く意識していないと語る下城さんだが、下城きのこ園の公式サイトを開くと「しいたけ嫌いがもっと嫌いになるしいたけ」というキャッチフレーズが目に飛び込んでくる。
「嫌いな人でも食べられる◯◯」という言い回しは珍しくないが「嫌いな人がもっと嫌いになる」の方がインパクトが大きいのでは、と下城さん自ら考案した表現だという。
もちろん単に話題性やインパクトを狙っただけではない。根底にあるのは、肉厚で香りが強く野生味のある、シイタケらしいシイタケを作りたいという思いだ。
実際に下城きのこ園で採れたての原木シイタケを食べてみると、木の香りや出汁のような旨味を感じるため菌床栽培のものより食べやすいと感じる人もいるという。興味本位で食べてみて、すっかりファンになってしまった例もある。
シイタケが好き・嫌いの二択だけで考えるのではなく、そもそも本物の原木シイタケの味を知らない、関心がないという人も多い。そんな人たちから興味を持ってもらうためにも、印象的なキャッチフレーズは効果的だ。
また、おいしいシイタケを作っても、菌床栽培に比べて価格が高くなりがちな原木シイタケは、店頭などで選ばれる際にちょっとしたハードルがあるとも言える。
原木シイタケならではの魅力や希少価値があることをアピールする工夫をしている。原木栽培であることを商品パッケージやPOPに書き、ストーリーを伝えられるようなホームページを作った。価値や魅力をしっかりと伝えることで、納得して手に取ってもらえたらと考えている。
シイタケ×キウイという組み合わせ
原木シイタケを作り続ける一方で、キウイの栽培を始めて10年以上になる。下城さんは「シイタケとキウイという組み合わせは、中山間地域の限られた土地を有効活用するための工夫」と話す。
シイタケの原木は日陰を好むため、林の中やハウスの中などに設置される。並んだ原木の上部にはある程度の空間ができるため、その空いている部分を使って栽培できる作物を模索する中で、キウイを作ってみることにしたという。無農薬で栽培するキウイは10月から12月頃に収穫し、物産館のほかE Cサイトでも販売している。下城きのこ園のInstagramではシイタケだけでなくキウイについても投稿しており、どちらにも反響がある。
キウイを買ってくれた顧客が次の機会にシイタケを注文してくれることもあり、この一風変わった組み合わせが間口を広げている。
原木シイタケを広くインスパイアしていきたい
これからの展望について尋ねたところ、「規模を拡大するという経営的な目標のほかに、原木シイタケの啓蒙をしたいという思いがある」という答えが返ってきた。
すでに地元の子供たちが学習の一環として下城きのこ園を訪れているが、下城さんはその輪をさらに広げていきたいと語る。
栽培の現場を見学し、収穫したてのシイタケを焼いて食べる経験を通して、地域に伝わる伝統的な農業を知り、食育にもつながる機会を作りたいと考えている。中学生や高校生ならば、さらに踏み込んだ職業体験のような展開もできる。原木に触れ、実際に農作業を行ったり、販売促進の方法やレシピを考えてもらったりするなど、学びの幅は広がっていく。
また子供たちだけでなく、農業に関わりのない大人にもシイタケについて知ってもらう機会を作るという目標もある。現在でも行っている見学ツアー客の受け入れを継続し、ファンを増やしたいと考えている。
一般的に原木栽培のシイタケは菌床栽培のものに比べ高価になる。その理由やこだわりを消費者へ伝えることも、原木シイタケ農家の大切な仕事なのかもしれない。
編集後記
「しいたけ嫌いがもっと嫌いになるしいたけ」というキャッチフレーズの「下城きのこ園」。代表の下城亮輔さんは、9歳から0歳までの5人の子を持つ父親でもある。子供たちはなんと全員シイタケが嫌いだが「ちゃんとコンセプト通りのシイタケが作れているということかなと思っています!」と語る笑顔が印象的だった。シイタケ嫌いの人も、ぜひ下城きのこ園の原木シイタケを食べてみてほしい。原木シイタケならではの魅力にハマるかもしれないし、下城さんの狙いどおりもっと嫌いになるかもしれないけれど。
取材協力:下城きのこ園