養蜂作業記録のダッシュボード

今回お話を伺うのは、辻養蜂場を営む辻諒太(つじ・りょうた)さん。辻養蜂場は、2015年に開業してから一貫して、ミツバチを育てるところから蜂蜜を作っている。福岡県の嘉穂(かほ)地区の野山で採蜜し、48度以下の熱処理で風味や酵素をそのまま残した100%ピュアな蜂蜜だ。

辻さんとFOODBOX株式会社は養蜂作業記録のダッシュボード※を共同で制作した。

※データを収集し、分析・加工して簡潔にまとめ、指標や集計値、表、グラフなどで一覧できるようにした操作画面

辻さんは、スマートフォンあるいはパソコンを持っていれば、無料で簡単にフォームを作成できるツール「Googleフォーム」を使用して、養蜂の記録をつけている。

入力フォーム

この他にも、貯蜜量や作業内容などたくさんの項目が記録可能だ。

今回制作したのは、Googleフォームで記録したものを反映し、見える化したダッシュボードだ。

※データはサンプル

作業場所別の最新の群数および未交群数や、箱内の平均枚数の推移などが一目で分かるようになった。

FOODBOX株式会社と辻さんが制作したダッシュボードはURLをクリックするだけですぐに使用できる。スマートフォンやパソコンさえ持っていれば、すぐに導入できるというわけだ。

Googleフォームを使った作業記録による変化

辻さんは、養蜂場の経営を始めてから最初の3年間は、手書きで記録をつけていた。手書きの頃と比べて、Googleフォームでの記録はどういったメリットがあるのだろうか。

確認したい情報がすぐに引き出せる

手書きの日誌では、日付ごとにまとめて作業内容や記録をつけていた。そのため、欲しい情報を探し出す手がかりは、日付しかなかった。

作業場所は15カ所あり、それぞれで行う作業の内容、注意すべき点も異なる。
これまでは、1カ所の作業場だけを抽出して調べたくてもできなかったが、Googleフォームで記録するようになってからは、検索すればすぐに見たい情報をチェックできるようになった。

※データはサンプル

作業場所をしぼって表示することが可能/キャプション>

記録の数値にブレが無くなった

一度入力フォーマットを作成すれば、毎回同じフォーマットで記録できる。項目の記録し忘れや、感覚だけで記録することが減った。例えば、ハチの数の増減は、毎回同じ基準の7段階評価で記録をつけるため、以前より正確な推移をだせるようになった。

ダッシュボードを利用するメリット

これまでは記憶や感覚を頼りにしてきた。「だいたいこのタイミングでこの作業をすれば良いだろう」という経験による曖昧な予測だったが、数値の推移がはっきりと見えるようになったため、確信が持てるようになった。

例えば、ハチの巣箱の設置数の調整が挙げられる。置いてある巣箱の数は、現場ごとに違う。養蜂場の周りにある蜜源量を予想したうえで、だいたい一箱当たりでどのくらいの量がとれるかを想定し、巣箱を設置していく。

年数を重ねると、実際に収穫した一箱当たりの収量が記録として積み上がる。他の作業場と比較してこの作業場は一箱当たりの収量が高い、ということが分かれば、「収量を上げるためにもっと巣箱を置こう」という対処ができる。

反対に、ここは毎年他の蜂場よりも平均収量が少ないと分かれば、「今置いてある巣箱が多すぎるのかもしれない。蜜源量とのバランスからみると数を〇〇群くらい減らした方が収量が増えるかもしれないな」といった考察が数字を見ながらできるようになった。

「新しいことを始める、あるいは防御策を考えるときの判断材料が、増えたなと思います。今までふわっとしていたものがハッキリしだしました」と辻さんは話す。

メリットのある農業のツールをつくるまで

辻さんがFOODBOX株式会社と養蜂記録ダッシュボードを制作する際に気を付けたことは、「現場目線」。専業養蜂家の感覚がハッキリ見えるものにしなければならないと考え、プロが使いやすいものであることを意識した。アグリノートやアグリオンなど一通り使ってみたりするなど、農業界の他のツールも参考にしている。

だが、現場目線の使いやすいツールであっても、使用されるまでの道のりは長い。導入までのハードルは、スマートフォンやパソコンなどのデバイスを使った操作に慣れていない、従業員同士で情報が共有しやすくなることに対して情報漏洩への不安を感じる、といったことなどが挙げられる。

近年は養蜂業界でもHACCPに基づいた品質管理が求められ、使用した農薬や、作業内容を記録することが義務付けられるようになった。手書きメインで対応するのは難しくなってきているといえる。いずれは、デジタルでの記録をやらなければならない日がくるだろう。

今後の可能性

辻さんは、「ダッシュボードなどの個人での記録の集約だけでなく県単位の情報を収集する仕組みも必要」と話す。その前提のうえで、養蜂記録ダッシュボードなどの情報を活用する仕組みづくりを通して、どんなことを実現させたいか聞いた。    

趣味、専業に関わらず多くの養蜂家に使ってもらえるようにアプリ化する

現在はそれぞれの養蜂家に合わせてダッシュボードを作成しているが、Googleが仕様変更するタイミングでは、グラフがうまく表示されなくなることもあり、その都度対応をしなければならない。また表示方法や記録方法などにも限界がある。もっと柔軟で、もっと各々の農家にあったツールを作り出したい。

専用のアプリを作成することで、これらの問題も解決し、多くの養蜂家に気軽に使ってもらいやすくなる。さらに専門的でより細かな記録もできるようになる。例えば、ナンバリング機能を設ければ、蜂箱ごとにマーキングや設置場所の履歴をたどることが可能となる。

より最適なミツバチの飼育方法を追求する

ミツバチへの給餌(きゅうじ)や手入れのタイミングなどは養蜂家ごとに流派があり、それぞれ飼育方法などは違ってくる。また、地域の蜜源や気温などの環境での違いも大きく、どの飼育方法が最適かどうかの判断は長年の経験が無ければ難しかった。

ダッシュボードを活用し、統一された指標での記録を重ねることで「この時期になると蜂が増えて餌の消費が早くなるから多めに給餌しよう」や「こんな作業を行うと蜂が良くなった」などの飼育方法の良し悪しが分かりやすくなり、飼育の改善をおこないやすくなる。

さらに近年、養蜂家を悩ませているのがミツバチへギイタダニという蜂につく寄生虫だ。ダッシュボードを使えばこれらの最適な防除方法を確立することの一助となるかもしれない。

表の年か裏の年か予測

養蜂農家同士の会話では、採蜜量が少ない年を裏の年、採蜜量が多かった年を表の年と呼ぶことがある。しかし、「今年は裏の年だったな。よく花は咲いていたけど、天候は悪かったからだろうな」というように、根拠がはっきりしていないため、フワッとした予測しかできていないのが現状だ。日々の作業記録であるダッシュボード以外にも、年全体の記録を取り続けて、採蜜量や花の咲き具合などの数値をすべて5段階評価にすれば、そのデータをもとに、いつ表の年がくるのか、あるいは裏の年がくるのか予測できる可能性がある。

養蜂の貢献度を知る

養蜂家は蜂蜜だけではなく、ミツバチの生産もしている。野菜や果物を栽培している農家に販売したり、貸し出したりするなど、他の品目の農業にも貢献している。

県内でつくったミツバチはどのくらいの群数なのか、ミツバチを園芸農家に出荷した群数はどのくらいなのかまとめた数字が出ると、県内の農家、農業界へのミツバチの貢献度合いが分かるので、根拠を持って養蜂を続けられるための環境作りの支援を要望できるようになる。

各個人の知られたくない情報は守りつつ、県全体の養蜂家のデータを集められれば、対策を考える材料をそろえることができる。業界にとって、大きなメリットだ。

「ツールを使って、見える化できるというのがメインではないと思っています。その先にある作業や飼育方法の改善であったり、蜂蜜の品質管理の部分をきちんとできるようにというのが1番の目的だと思います。なにかやろう! と思った時に、蓄積されたデータがあるのとないのでは、スタート地点が大幅に変わってくるので、こつこつとためています」と辻さんは、未来に向かって進んでいた。