続いて、hBNコーティングによって仕事関数が減少する理由を解明するため、第一原理計算を用いた電子密度の計算が行われた。その結果、グラフェン/LaB6界面には内向き(固体内部方向)の双極子モーメントが生じるのに対し、hBN/LaB6界面では外向き(固体表面方向)の双極子モーメントが生じることが判明。外向きの双極子モーメントは電子を固体外に押し出そうとする力が働くため、これによって仕事関数が減少することが明らかにされたのである。

今回明らかにされたモデルに基づくと、理想的な清浄LaB6表面の仕事関数は、グラフェンコーティングでは2.2eVから3.44eVに増加する一方、hBNコーティングによって2.2eVから1.9eVまで低下することが確認された。

また、このメカニズムは表面が少しだけ酸化されている実際のLaB6にも適用できることがわかったという。理想的なLaB6表面と違い、現実のLaB6表面は大気中の酸素の影響でわずかに酸化されているが、そのような状況でもhBNコーティングにより発生した双極子モーメントによる仕事関数の減少が確かめられたとした。

今回の研究により、LaB6表面にhBNをコーティングすることで仕事関数を低下させられること、同コーティングは酸化されたLaB6にも有効であることが明らかにされた。その一方で、酸化されていない清浄LaB6表面にhBNをコーティングする具体的な方法の開発を目指して、今後さらに研究を進める必要があるとした。

  • グラフェンコーティングおよびhBNコーティングによる仕事関数変調メカニズムの模式図。LaB6とコーティング材がコーティングによって接触すると、両者のフェルミ準位(EF)が等しくなる。この時、LaB6にグラフェンをコーティングした場合(a・b)は、LaB6本来の仕事関数WLaB6よりもグラフェンコーティング後の仕事関数Wの方が大きくなる。一方でhBNコーティングの場合(d・e)、WLaB6よりもhBNコーティング後の仕事関数Wの方が低くなる。第一原理計算による電荷の再分配の様子を(c)と(f)に示している

    グラフェンコーティングおよびhBNコーティングによる仕事関数変調メカニズムの模式図。LaB6とコーティング材がコーティングによって接触すると、両者のフェルミ準位(EF)が等しくなる。この時、LaB6にグラフェンをコーティングした場合(a・b)は、LaB6本来の仕事関数WLaB6よりもグラフェンコーティング後の仕事関数Wの方が大きくなる。一方でhBNコーティングの場合(d・e)、WLaB6よりもhBNコーティング後の仕事関数Wの方が低くなる。第一原理計算による電荷の再分配の様子を(c)と(f)に示している(出所:東北大プレスリリースPDF)

LaB6の仕事関数が2.2eVから1.9eVに低下した場合、動作温度(1500℃)において、電子放出量は約7倍に増加することが予想されるという。もしくは、仕事関数2.2eVのLaB6電子源と同量の電子を放出しようとした場合、動作温度を1260℃まで低減できるとする。

このように、今回の研究成果はLaB6電子源からの電子放出量増加や電子源の長寿命化につながり、電子放出量の増加は明るい電子顕微鏡や高効率な電子線描画装置の開発、放射光施設の運転経費削減などにつながることが期待されるという。また、物質材料研究を側面からサポートし、より優れた材料開発に貢献していくことも期待されるとしている。