パナソニックの家電には多くの先進的技術が搭載されていますが、技術開発には大学の研究室をはじめ多くの専門家が関わっていることも数多くあります。今回、パナソニックはこれら共創パートナーと「未来の食プロジェクト」を発足しました。

プロジェクトの第一弾として、「常圧凍結乾燥技術」を用いた乾燥食品技術を研究中です。この技術、現行のパナソニック製の家庭向け高機能冷蔵庫でも、少しの改造で再現可能なんだとか(既存製品の改造ではありません)。そこで、未来の冷蔵庫に搭載されるかもしれない「常圧凍結乾燥技術」とはどのような技術なのか、パナソニックの発表会から解説します。常圧凍結乾燥技術で乾燥させた食品も試食してきました。

  • 常圧凍結乾燥技術で作られたドライフルーツ。こんな色鮮やかなドライフルーツが家庭の冷凍庫で作れるようになるかもしれません

  • 研究用の常圧凍結乾燥用の冷凍庫(写真左)と、パナソニックの高機能冷蔵庫WPXシリーズ(写真右)

パナソニック最新冷蔵庫の冷凍技術を発展させ、新技術の研究へ

パナソニックの最新高機能冷蔵庫が備える特徴のひとつが、進化した冷凍技術。業務用レベルの急速冷凍ができる「はやうま冷凍」や、冷凍食材に霜が付くのを抑える「うまもり保存」といった冷凍機能は、産学連携による開発から実現したものです。

こうした専門家との連携を生かし、新しい食の体験価値を創造するというのがパナソニック くらしアプライアンスが提唱する「未来の食プロジェクト」になります。プロジェクト第一弾となる常圧凍結乾燥技術は、「うまもり保存」の開発にも関わった京都大学大学院工学研究科との共同研究です。

  • 常圧凍結乾燥技術について解説する、京都大学大学院 工学研究科 化学工学専攻 分離工学分野の中川究也准教授

食品乾燥には「熱を加えて水分を飛ばす」という印象がありますが、家庭の冷凍庫内でも日々食材は乾燥しています。何カ月も放置していた冷凍庫内の食材がカラカラになっていた……そんな体験をした人も多いのでは?

冷凍庫内の食材乾燥は「昇華」によって発生します。ここでいう昇華とは、冷凍した食材に対して乾燥した空気が当たることで、氷が液体化せず直接水蒸気になる現象のこと。昇華が起こると食材が乾燥し、解凍後にみずみずしさがなくなったりと、食感が変わってしまいます。

家庭用の冷凍庫(冷凍冷蔵庫の冷蔵室)は、通常「いかに昇華を起こさないようにするか」を大きな研究開発テーマとしています。パナソニックの「うまもり保存」という機能は、この研究によって誕生しました。一方、今回の常圧凍結乾燥技術は、昇華を促進させることで効率的に食材を乾燥させ、ドライ食材を作る技術です。

  • 常圧凍結乾燥技術の食品温度と、食品に当てる風の温度のグラフ。冷凍した食材に対して、食材よりも少しだけ(溶けない程度に)高い温度の乾燥冷風を当てると、昇華が進みます。冷風温度の制御が重要です

パナソニックによると、常圧凍結乾燥した食材の保存期間は「乾燥度合いにもよる」そうですが、今回の発表会で試食用に提供された食材は常温で1カ月ほど保存可能。業務用で利用する場合は、真空パッケージなどにすると保存期間はさらに大きく伸びるのではないか……とのことでした。

常圧凍結乾燥技術はフリーズドライと何が違う?

ところで「冷凍して食材を乾燥」というと、一般的に思いつくのはフリーズドライではないでしょうか? フリーズドライ製法とは、冷凍した食材を減圧室で乾燥させる乾燥方法。減圧下では、低い温度でも水が気化するので、効率的に昇華現象を起こせるのです。

ただし、フリーズドライを行うには減圧室のために大きな場所が必要。設置コストも段違いに高くなります。小規模の業務用や家庭で少量を加工するには向いていません。

対して常圧凍結乾燥技術は、「冷凍食材」と「冷風」の温度差による乾燥技術。温度と風の制御ができれば、現在の家庭用冷凍冷蔵庫でも応用できます。将来的には家庭の冷凍冷蔵庫にも機能として載ってくる可能性のある技術なのです。

  • 会場で動いていた常圧凍結乾燥冷凍庫。デモ機は、既存の業務用冷凍庫に温度制御用のパーツを取り付けています。今回の試食品を作るには家庭用の冷凍冷蔵庫では冷凍室のスペースが足りないため、業務用を利用したとのこと。繰り返しになりますが、パナソニックの家庭用冷凍冷蔵庫「WPX」シリーズでも常圧凍結乾燥冷凍庫を実装できるそうです

フリーズドライと常圧凍結乾燥技術、もうひとつの違いは加工した食材の食感。フリーズドライといえば、水で戻す前はカリカリとした軽い食感が特徴的ですよね。一方の常圧凍結乾燥だと、果物ならドライフルーツのようなネットリとした食感が残ります。発表会では実際に常圧凍結乾燥したイチゴとパイナップルの試食が用意され、熱風式食品乾燥器で乾燥させたものと食べ比べもできました。

  • 乾燥させたリンゴの構造比較。フリーズドライは細孔が細かく形成されているのに対し、常圧凍結乾燥は細孔が大きいのがわかります。中川准教授によると、成分が塊で残ることが理由となって、香りや食感の違いができるのではないかとのこと

  • 左から生の果物、中央が加熱乾燥したもの、右が常圧凍結乾燥によるもの。一般的な加熱乾燥とは色がまったく違います

  • 熱を使わないので、色だけではなく栄養素も常圧凍結乾燥のほうがしっかり残るそうです

食べ比べた結果、すぐわかるのは香りの強さ。加熱乾燥したフルーツより香るのはもちろん、生のイチゴよりも常圧凍結乾燥のほうが強い香りに感じました。味は、乾燥したイチゴもパイナップルも、生よりも濃縮された強い味です。加熱乾燥したものは甘みが突出しているように感じましたが、常圧凍結乾燥したものは甘みとともに酸味や独特の果物感までしっかりと残っている印象です。

実際に新乾燥技術を使った料理を試食。その味は?

  • 常圧凍結乾燥させた料理を試食するマイナビニュース +Digitalの林編集長。京都の料理人が調理した味は、乾燥させることで劣化しないのでしょうか?

常圧凍結乾燥は技術研究だけでなく、料理を科学する料理作家「KYOTO SNT LAB.」との共創によって製品開発もしています。KYOTO SNT LAB.とは、京都大学大学院農学研究科食品栄養科学の修士号と龍谷大学大学院農学研究科の博士号を持つ3人の料理人によるチームです。会場では、常圧凍結乾燥してから戻した料理も提供されました。

  • 「一子相伝なかむら」六代目主人の中村元計氏による、カニと椎茸の雑炊。これは常圧凍結乾燥した状態です

  • お湯を注ぐだけで雑炊になります

  • 「一子相伝なかむら」六代目主人の中村元計氏

お湯をかけるだけで完成するカニと椎茸の雑炊は、乾燥したカニとは思えないしっかりした食感。カニは繊維感が残り、椎茸もプリプリとしています。出汁や乾燥した三つ葉の香りもしっかりと感じられました。唯一、ごはんだけはフリーズドライ雑炊のように、やや食感に乏しい印象でしたが、長期保存できるなら十分の仕上がりです。

  • 「京料理 木乃婦」三代目主人の髙橋拓児氏による、お湯をかけるだけで完成するぜんざい。このまま戻さずに食べても美味しかったです。小豆の風味をしっかり味わえます

  • お湯で戻したぜんざい。甘さ控え目で食べやすく、ついつい食べ過ぎてしまうかも……

  • 「京料理 木乃婦」三代目主人の髙橋拓児氏

ぜんざいは小豆の香りがしっかりしているので、甘みを抑えた上品な味付けでとっても美味い! こちらは乾燥状態のままポリポリとかじっても豆の風味がよく、スナックのように美味しく食べられました。

  • 「直心房さいき」主人の才木充氏による鰻の炊き込みごはん。左上が鰻、左下が出汁、右側が椎茸などの具材です

  • お米と水をセットした炊飯器に、常圧凍結乾燥した出汁や具材などの「鰻炊き込みごはんの素」を入れて炊飯します

  • 「直心房さいき」主人の才木充氏

最後は鰻の炊き込みごはん。米と水をセットした炊飯器に、常圧凍結乾燥した出汁と具材を入れて炊飯します。とにかく驚いたのは鰻。一度乾燥したとは思えない食感です。出汁の風味も豊かで、まさに「料亭の味」という印象です。この鰻の炊き込みごはんのみ、パナソニックの家電と食のサブスク「foodable」にて限定発売が予定されています。

3製品いずれも共通していたのが「香りの豊かさ」。髙橋氏は発表会後の取材において「いままでフリーズドライ製品に関わったこともあるけれど、香りが飛んで香料を足すことがありました。常圧凍結乾燥は本当に香りがそのまま残るので、添加物を混ぜずにそのまま料亭の味を提供できるのではないでしょうか」と、新技術の大きなメリットについて語りました。

業務用レベルでもメリットがある常圧凍結乾燥技術ですが、家電ライターとしては家庭用冷凍冷蔵庫への組み込みも気になります。将来、自作の離乳食をドライ化して外出先で戻したり、余った料理を手軽に乾燥させて保存したりと、家庭でも一層のフードロス削減につながるといいですね。