デジタル技術とデータを活用した県民目線の行政サービスの創出、業務プロセス、組織文化・風土を変革する行政DXを推進するため、三重県庁は情報基盤で構成させるDX推進基盤の整備を進めている。
マルチベンダーの特性を活かしたシステム構築を実現するため、県と連携しながらサポートを展開しているのがNTTビジネスソリューションズとNTT西日本三重支店だ。
本取り組みの背景や行政DXの実態などを、三重県デジタル改革推進課副課長・岡本悟氏やNTT西日本三重支店で県を担当してきた津田裕己氏らに聞いた。
「三重県デジタル社会推進局」設立の背景
コロナ禍での給付金対応等で明らかとなった行政分野のデジタル化の遅れ。県民・事業者の利便性向上と、ニーズに応じた支援が的確に行える環境整備が急務となっている。
メールやグループウェア等の庁内システム(オンプレミス)と、「三層の対策(三層分離)」のために講じているインターネット接続環境について、県では改善要望がコロナ前から非常に多く、長年の課題になっていたという。
「メールやグループウェアなどのシステムは、オンプレミスという自前で開発したり、パッケージを買ったりしている製品でカスタマイズがしにくく、メールなどの容量もすぐオーバーフローしてしまうなどの問題がありました」(岡本氏)
総務省からの要請で、2018年3月から県の業務端末によるネット接続は、仮想デスクトップ(画面転送)を経由する"仮想化"という形式に切り替り、現在に至っている。論理的にネットワークを分離するための仕組みだが、これも職員には負担だったようだ。
「ネット検索するにも、メールからURLリンクを開くにも、ワンクッション置くので手間がかかって業務負荷となる上、アクセスが集中する時間帯は通信速度も遅くなる。柔軟にネットが使えないと、県民からの問い合わせに迅速に対応できず、非常に多くの職員から改善要望が寄せられてきました」
NTT西日本で2002年から県のネットワークをはじめとする基盤、メール、グループウェアなどのシステム導入を進めてきた津田氏のもとにも、相談自体は多く寄せられていたという。
「NTTビジネスソリューションズは自治体情報セキュリティクラウド、NTT西日本は行政ネットワーク(県情報ネットワーク)と、県の重要なインフラ・システム等の整備運用に20年以上関わってきました。ただ、パートナー様・お客様としてさまざま自治体がいらっしゃいますが、三層分離は国の方針なので、やはり率先して具体的な改善策を講じる決断まで踏み切れる自治体は、なかなかいらっしゃいませんでした」(津田氏)
こうした環境下でのコロナ対応で、行政のデジタル化の遅れが指摘されてきたのは周知の通り。デジタル対応が難しい環境は、自治体職員のテレワークの阻害要因にもなった。
これらの課題解決に向け、県は令和3年度に外部からCDO(最高デジタル責任者)を招聘し、三重県デジタル社会推進局を設立。行政DXの前提条件としてデジタル人材の確保・育成と"DX推進基盤の整備"を位置づけ、段階的に行政DXを推進する方針を掲げる。
「県民ニーズも多様化するなか、わかりやすく使いやすい行政サービスを提供するためにも、デジタル技術を活用した電子申請や庁内でのデータ共有は必須。DXの最終的なゴールはデータ活用等に基づく行政サービスの向上ですが、まずは職員のデジタル環境を変えなければ、DXは進まない。庁内議論を経て議会にもご理解いただき、2021年から大規模な予算をつけていただきました」(岡本氏)
コミュニケーション基盤とセキュリティ基盤でテレワークを実現
県が掲げるDX推進基盤は、「コミュニケーション基盤」「セキュリティ基盤」、データドリブン(データを前提とした客観的な経営判断)の実現に向けた「データ活用基盤」の3つのサブ基盤で構成されている。
コミュニケーション基盤ではコミュニケーションの活性化を目指し、クラウドシフトによってコミュニケーション環境を刷新。メール・グループウェアといった庁内システムには、県の既存システムと親和性の高いMicrosoft社のOffice365を採用。さらにビジネスチャット「Slack」などを新たに採用する。「Slack」の全庁導入は自治体初の試みだ。
また、「三層対策」を見直し、現行のαモデルから職員の業務端末からインターネットへ直接接続できる環境(β’モデル)へ移行することとした。
柔軟で多様な働き方の実現や業務効率化に向けたクラウドサービスの利用に不可欠となるのが情報セキュリティの強化だ。県ではセキュリティクラウドで実績のあるPaloalto社のSASE製品(PrismaAccess)の導入と合わせ、親和性の高いファイヤーウォールを新設。端末認証機能やサービス利用監視の徹底など、高度なセキュリティ対策を実現する。
この環境整備の背景にあるのが、従来のデータセンター中心の「境界型防御」に代わり、クラウド時代のセキュリティモデルとして主流になりつつある「ゼロトラスト」の考え方だ。三重県庁のデジタル改革推進課・長井新氏が解説する。
「従来の『境界型セキュリティ』はファイヤーウォールを境に内側と外側に分け、境界の内側に守るべき情報資産を置き、内側からアクセスするというのがサイバーセキュリティのモデルでした。ネット上にデータがあるクラウドへシフトすると、守るべき情報資産が内側にも外側にもあるという状態で、境界の内側からも外側からもアクセスされることになります。そのため、内側、外側の区別をせず、情報へアクセスするユーザーや端末などを常に検証する仕組みでデータを守る、というのが『ゼロトラスト』の考え方です」
自治体ではもちろん民間でもまだまだ普及途上にある先進的なモデルのようだが、県ではNTTビジネスソリューションズ等と県メンバーで構成する検討会議をサブ基盤ごとに設置。毎週定例会を開催するとともに、Slackに設置したチャンネル内で情報共有や意見交換を重ねてきたという。
「現行のシステムに対し、どうメスを入れていくか。我々も既存ベンダーの立場と知見からアドバイスさせていただきました。やはり国に対する説明責任があるので、我々も一緒に三重県さんの理論武装をお手伝いさせていただいてきたというかたちです。そこは初めての試み、新しい取り組みだからこそ与えられたミッションでした」(津田氏)
県では引き続き境界型も運用しつつ、この夏頃からゼロトラスト型に対応させた業務端末を一部導入していく計画。たとえ外出先で端末を置き忘れたとしても、セキュリティ上は問題のないかたちで対策を機能させていくとのことだ。
「不正アクセスなどの脅威は境界の外にあるという考えに基づく『境界型』は、内部の意図的な不正や意図せぬウイルス感染などの脅威に弱いのも特徴です。ゼロトラストの要素をどこまで取り入れて、厳密に運用するべきか。試験運用での検証を踏まえ、利便性とセキュリティのバランスがとれた設計をNTT西日本グループと進めています」(長井氏)
人口減と人手不足を見据えた行政DXを目指す
県ではNTTビジネスソリューションズとともに、全職員への説明会を実施してきたが、職員の反応もポジティブな受け止めが大半のようだ。
「とはいえ業務システムが大きく変わるので、導入直後は多少の混乱もあるかもしれませんが、各課にフォロー役のデジタル担当職員も配置しています。これらツールを有効活用したコミュニケーションの活性化に向けて、わかりやすい成功事例を職員の皆さんに示すことが重要だと考えています」(岡本氏)
当面はデジタル化やクラウドサービスの活用による職員の業務効率化・生産性向上を図ることになるようだが、その先にあるのは課題解決や新サービス創出をする効率的・効果的なデータ活用の推進だ。
事業・システムで保有するデータの横断的な連携・分析等を可能にするため、ガバメントクラウド先行事業(市町村の基幹業務システム)のクラウドとして認定されているGoogle Cloudで「データ活用基盤」を構築。2026年度以降の本格運用を想定して段階的にデータ活用につなげる。
「DXの鍵はデータドリブンの定着化です。昨年7月にデータを洗い出す棚卸と、データ連携によって解決できそうな課題やニーズの調査を実施し、本年度から移住促進と豚コレラ感染対策の実証実験を行うことになりました」(岡本氏)
今後の人口減少による労働力不足を見据え、自治体として必要な行政サービスの提供を継続していくには、DXによる既存の制度・業務を大きく見直す必要があると岡本氏は指摘する。
「少ない職員で多様化する県民のニーズに対応していくためには、デジタルの力を使わなければ成り立ちません。その危機感が自治体にあるかというと、三重県庁も含めてまだまだなのかなと。ツールが変わる先にある考えや働き方を全職員へ浸透させていきたいと思っています」
組織のあり方や文化、風土などの変革をもたらす行政DX。三重県という土地でこれほど先進的な取り組みが進行していることも興味深いが、すでに人口減などの問題に直面している地方自治体こそDXの恩恵も大きいのかもしれない。
「他支店からも引き合いがあるモデル」
「三層の対策」の見直しなどにあたり、庁内の調整を担当してきた三重県デジタル改革推進課の情報基盤班班長の杉山幸嗣氏は、NTT西日本グループとのパートナーシップについて次のように語った。
「NTT西日本グループはDX推進基盤の考え方を深く理解されて知見を持たれているだけでなく、庁内の課題認識やネットワーク環境もよくご理解されており、パートナーとして非常に安心感もあって頼りにさせていただいています。非常に大規模かつ高難易度の取り組みにも関わらず、実導入に向けた整備はスムーズに進んでいる印象です」
新たな技術による環境の変化に取り残されて時代遅れになることがないよう、常に変化の流れに合わせた積極的な提案にも期待を寄せる。
DXの推進などによる地域活性化をめざすNTT西日本グループは、令和5年の本格導入後も県と伴走しながら長期的に支援を続けていくという。
「我々としても今回は初の試みが多く、三重県さんと二人三脚で取り組むなかで初めて目の当たりにする事象や対策案を出していったという感覚です。20年近くお付き合いさせていただいているパートナー関係がベースにあるからこそ、切磋琢磨しながらこれほど先進的な取り組みを進めてこられたと感じています」(津田氏)
今回のDX推進基盤の整備や運用で特に効果が大きいと認められる取り組みについては、他自治体への横展開が進むよう、県とともに積極的な広報活動をしていきたい考えも示した。
「データ活用基盤は"都市OS"というキーワードで注目される分野における大きな取り組みですが、とくに今回のコミュニケーション基盤とセキュリティ基盤の考え方は、すでに他支店からも引き合いがあるモデル。それぞれ単体ではこれまでも事例がありましたが、クラウドシフトに伴う境界型セキュリティからの脱却は自治体初で、三重県庁さんが先駆者となることで、他の自治体さんも革新的な取り組みを進めやすくなる。そんな相乗効果を生み出しながら、行政DXの大きな一歩としたいです」(津田氏)