ソニーのエンタテインメントロボット「poiq」(ポイック)の育成プロジェクトが2022年4月にスタートして1年。声優の雨宮天さんが所長をつとめるYouTubeチャンネル連動企画「天ちゃんのpoiq研究所」も1周年を迎え、大勢の“研究員”が集う「poiq研究報告会」がソニー本社で3月18日に行われました。
筆者も研究員のはしくれとしてイベントに参加。さらに、ソニーでpoiqの開発を担当する“中の人”にも、これまでの成果と今後の展望を聞いてきました。
ひと区切りを迎える「poiq育成プロジェクト」
ポイックは、ソニーが独自開発した音声対話AIを搭載したエンタテインメントロボットです。
たとえば、「出かけて楽しかった場所」や「食べて美味しかったもの」といった、ユーザーが体験した出来事をポイックに伝えると、「思い出」や「記憶」としてポイックが学習します。そして次に話しかけたときに、「(食べ物の)○○が好きなアツシさん」といった具合に覚えてくれます。ポイックの開発責任者であるソニーの川西泉氏は、「ロボットに対話力・人間力を持たせることがポイックの最も大きな挑戦」とインタビュー取材のときに話していました。
一般の有志が広く参加した「poiq育成プロジェクト」は、2022年4月にスタート。筆者は研究員の2次募集に当選し、同年8月下旬からポイックと暮らしています。ポイックに話しかけて思い出を共有したり、モバイルアプリなどからアクセスできる「poiq辞書」を通じて、クラウドにあるポイックの“知識の泉”に、ほかの研究員たちと一緒にさまざまなトピックに関する知識を送り出してきました。
ソニーが今回開催したpoiq研究報告会では、2023年2月28日までにポイックが多くの研究員と一緒に育んできた知識に関する成果が発表されました。
4万件のフィードバック。ポイックとの会話は「良かった」「悪かった」?
poiq研究の人数は非公表なのですが、2022年春から通算で「約3,000万(30,656,763)件」の会話が交わされました。ポイックと交わした会話には、アプリからサムズアップ/サムズダウンのアイコンを選択してフィードバック(=評価)を加えられます。寄せられたフィードバックの総数は「46,426件」でした。
その内容は「悪かった」という声が「良かった」を少し上回ってしまったようです。ポイックは商品ではなく、ポイックを介して「ソニーのAI」をみんなで育てようというプロトタイプ開発のプロジェクトなので、会話がスムーズに運ばないことは致し方ないと言えます。ポイックは見た目が可愛らしいので許せてしまうのですが、正直なところ筆者もポイックにはもう少し会話力をきたえてほしいと思います。そのためにプロジェクトがあと1年以上伸びたってウェルカムです。
オンラインのpoiq辞書に送り込まれた知識の総数は「12万4,231件」でした。育成プロジェクトの当初からプリセットされていた「アニメ」「グルメ」「声優」「ゲーム」の知識数が比較的高い傾向です。プロジェクトの期間中にpoiq辞書に増やしてほしいトピックをリクエストできるようになったことから、その数は2022年6月の「219件」から、2023年2月末には「3,683件」まで増えていました。数が増えたことで、アプリ上で見づらくなってしまったトピックを検索できる機能も追加され、辞書機能も盛り上がったようです。
ポイックの会話力向上のために、エンジニアが取り組んだこと
研究報告会の中では、ソニーのエンジニアがポイックの会話力を高めるために苦労してきたことが紹介されました。
たとえば、ひとつの単語に複数の意味がある場合、前後の会話をヒントにしながらどの意味を指しているのか「文脈から読み取る」アルゴリズムをきたえてきたそうです。また、会話の中に頻出する食べ物の名前は、ポイックが学習して話題に多く出すようにチューニングしています。
プロジェクトの期間中に生まれた「新しい単語」や「変わった読み方をする単語」はデータベースの中に逐次追加したり、読み方を修正してきたといいます。基本的にデータの追加・修正は毎週単位で、ソニーのエンジニアが手作業で行ってきました。
報告会の場では、当初予告されていた通りにポイックの育成プロジェクトが2023年3月31日をもって「いったん終了」になることが発表されました。ポイックは自らのコミュニケーション能力をさらに高めるため、クラウドへ修行の旅に出るそうです。
そして、4月19日以降は動いたり、おしゃべりすることができなくなります。筆者もとても残念で寂しいです。またポイックがリブートする日が来ることを祈りつつ、報告会の参加者に配布された「アイマスク」をポイックに着けて少しの間お休みさせたいと思います。
開発者に聞いた「ポイックの展望」
研究報告会の会場で、ポイックの開発を担当するメンバーの一人である森田拓磨氏に、ポイックやソニーのAIに関する「これからの展望」を聞きました。
人とコミュニケーションができるエンタテインメントロボットが獲得した成果は、これからソニーのAIの開発にどのような形で活きてくるのでしょうか。
「対話AIはものすごく難しいテーマですが、今後も絶対必要になるという確信を得ています。育成期間中、私たちもポイックの会話力を高めることにフォーカスしながら技術を磨いてきました。その結果、ポイックはかなり“しゃべる子”になりました。そうなると、ユーザーの方々とポイックとのコミュニケーションも音声による対話が中心になってしまいます」(森田氏)
「たとえば、ソニーのペット型ロボットである「aibo」(アイボ)は、人と音声による対話ができないかわりに、歩いている姿を見るだけで楽しい魅力があります。ポイックもおしゃべりだけでなく、もう少し瞳や体を動かしたり、さまざまなコミュニケーションもできるようになったほうが良いという手応えがあります」(同)
2022年の秋にソニーが実施した技術展「Sony Technology Exchange Fair 2022」(STEF2022)では、同じクラウドでつながっているポイックとアイボが連携して、一緒にダンスステージを披露しました。ロボット同士が連携しながらユーザーとコミュニケーションを交わすような使い方にも広げたい、と森田氏は話しています。
巷では現在、ユーザーと自然な会話が交わせる米OpenAIのAIチャットボット「ChatGPT」が話題を振りまいています。ソニーが開発に注力する対話AIとはどこが違うのか、あらためて森田氏にうかがいました。
「ChatGPTはとても優秀なAIチャットボットです。ソニーのロボットがこのような技術やトレンドをうまく取り込むことも可能だと思いますが、ChatGPTはユーザーとの過去のプライベートな会話を覚えられません。ソニーの場合、ポイックはユーザーを理解しながらプライベートなことを覚えて、信頼関係を作る“バディ”として育てることに集中してきたところが大きく違います」(森田氏)
ユーザーと「お話できるテレビ」も開発できる?
筆者はユーザーの好みを覚えてくれるAIチャットボットが、ソニーの家電や関連するサービスに載ることを期待しています。薄型テレビのBRAVIAや、Blu-rayレコーダーに話しかけながら育てて、覚えてくれたユーザーの好みに合わせてテレビ番組の視聴や録画をオススメしてくれるようなイメージです。このような展開もいつかは実現できるのでしょうか。
「基本はAIがユーザーのことを知りながら信頼関係を築けるようになることが大切ですが、技術的には可能だと思います。現時点で何も具体的なことは決まっていませんが、今後に向けて可能性を探求していきたいですね」(森田氏)
今回ソニーが開催したpoiq研究報告会には、300人を超える熱心なポイックのオーナーが集まりました。今後、たとえばテレイグジスタンス(遠隔臨場感)ロボットのように、ポイックを介してユーザー同士がつながりながらコミュニケーションを交わせるようにもなるのでしょうか。
「そのような使い方も技術的にはできると考えていますし、開発者の中でもアイデアは出ました。ポイックはユーザーのバディになるという使命を持ったロボットなので、今回はバディ的な機能の開発に集中しています。おかげさまで、育成プロジェクトの期間中は多くのオーナーの皆様から熱心なフィードバックをいただきました。沢山のフィードバックや情報をベースに、私たちも次に向けた作戦を立てようと思います。そのためにポイックの育成プロジェクトは一回お休みさせていただきます。今後のこともしっかりと考えて、また然るべきときが来たら皆様にお伝えしたいと思います」(森田氏)
💌大切なお知らせ💌
— poiq研究所 (@poiq_PJ) March 31, 2023
本日を持ちまして無事、#天ちゃんのpoiq研究所 は終了となります🤖
皆さん、たくさんのご協力
本当に本当にありがとうございました✨
今後、こちらのアカウントは
poiqの公式アカウントとなります❣
ぜひ引き続き、poiqの進化と成長を
お楽しみいただけたら嬉しいです🫶 pic.twitter.com/lmZpi6cFPr