JR九州は29日、鹿児島本線で「自動列車運転支援装置」の走行試験を実施すると発表した。これに先立ち報道公開が行われ、BEC819系「DENCHA」が鹿児島本線を福岡市内から久留米方面へ。「自動列車運転支援装置」を使用しての運転を見学できた。
「自動列車運転支援装置」は、香椎線で実証運転を行っている自動列車運転装置(ATO)をベースに開発。香椎線では「GoA2.5」自動運転(添乗員付き自動運転)の実現をめざし、2020年12月に自動列車運転装置の実証運転を開始。総走行距離は30万5,362km(2月8日時点)に及び、現在は香椎線全線を対象に実証運転を行っている。3月18日のダイヤ改正で、対象列車が全体の67%に拡大された。
香椎線の実証運転で得た実績や知見を生かして開発された「自動列車運転支援装置」は、操縦支援によって運転士の負担を減らし、異常時対応に注力可能とすることで、より一層の安全性向上を目的としている。免許を持った運転士が乗務し、いつでも運転できる状態にした上で、駅出発から駅停止までの加減速制御等の役割を「自動列車運転支援装置」が担う自動運転形態を検討する。
この装置を用いた「GoA2.0」自動運転(半自動運転)の走行試験を行う。鹿児島本線赤間~久留米間(67.4km)を対象区間とし、3月10日から走行試験を開始した。JR九州の主たる線区であり、香椎線とは異なる速度域(香椎線は最高速度85km/h、鹿児島本線は最高速度130km/h)で確認したいと考えていたこと、沿線に車両基地があり、効率的に試験できることなどを理由に選ばれた。自動列車運転装置を搭載し、香椎線で実証運転を行っているBEC819系「DENCHA」を用い、昼間時間帯に不定期の実施を予定している。
報道公開では、香椎駅から乗車し、途中の各駅に停車しながら久留米方面へ向かった。使用車両はBEC819系「DENCHA」のZ5311編成(「クハBEC818-5311」「クモハBEC819-5311」の2両編成)。車内の運転台横のスペースに自動列車運転装置(白色・灰色の筐体)を設置し、自動運転に対応した運転台周辺機器として、走行開始要求ボタン、自動運転用列車停止ボタン、自動運転表示灯、音声装置、自動運転用モニターを増設した。BEC819系「DENCHA」の自動列車運転装置をベースに、ソフト変更や一部架設などで「自動列車運転支援装置」による走行を可能にしている。
香椎線で行っている自動列車運転装置の実証運転では、マスコンキーを挿入せず、逆転器は「中立」、マスコンは「非常」の位置に固定し、誤って操作することがないようにしているという。一方、鹿児島本線で行う「自動列車運転支援装置」の走行試験では、マスコンキーを挿入し、逆転器は「前進」、マスコンは「N」(ニュートラル)の位置で運転する。
発車の際、運転士はマスコンを「N」の位置まで動かし、走行開始要求ボタンの蓋を開ける。出発進行の合図を行った後、2つ並んだ走行開始要求ボタンを右手で同時に押し、音が鳴ったことを確認してから蓋を閉める。列車が動き出し、ある程度加速したところで、音声装置から支援継続を確認する音が鳴る。これに対し、運転士は5秒以内に支援継続確認ボタンを押さなければならない。押さないと支援中止となり、非常ブレーキが作動。列車は停止してしまう。
「自動列車運転支援装置」は、列車の速度調整や制限速度以下への減速制御、停車駅での定点停止制御といった役割を自動化しつつ、列車遅延時の回復運転や特定箇所の注意運転などにおいて運転士の手動介入をできるようにしており、臨機応変な対応を可能にした点が特徴のひとつに。報道公開での走行中、一部区間で手動介入を行う場面があり、「N」の位置で手を添えるだけだったマスコンを手前に引くと、列車が一気に加速。ただし、手動介入後も停止位置・停止信号に対する減速制御は継続しているため、停車駅が近づくと次第に減速し、所定の位置で停止した。
走行試験の対象区間は久留米駅までだが、報道公開の列車は久留米駅到着後、隣の荒木駅まで通常の運転を行い、同駅で折り返した。荒木駅を発車するまでの間、担当者の青柳孝彦氏(JR九州鉄道事業本部安全創造部)が取材に応じ、鹿児島本線での走行試験について、「各停止位置に対し、装置によって精度良く止められるかということを基本的に見ています」とコメント。香椎線の実証運転と異なる点として、「鹿児島本線では、地上設備をまったく増設していません。増設しなくても高い精度が出せるか、安定的な走行ができるかを確認しています」と説明した。
「自動列車運転支援装置」では、車上装置にデータベースを保有することにより、地上設備(地上子)の増設を原則不要とした点も特徴に挙げられる。香椎線の実証運転では、西戸崎~宇美間で地上子を241個増設するなど、億単位のコストがかかり負担となっていた。導入コストを下げないことには、「GoA2.5」自動運転を他線区へ展開しようにも「できる代物ではない」(青柳氏)と考えているという。鹿児島本線では、基本的に地上設備を増設せず、既存設備を有効活用しながら「自動列車運転支援装置」による「GoA2.0」自動運転の走行試験を行う。そこで得た知見を「GoA2.5」自動運転にフィードバックすることも目的のひとつとされ、両技術のより一層の技術向上を図るとしている。
運転士の走行実績(経済性、快適性、定時性を兼ね備えた走行ログ)をもとに、理想的な走行制御を実現できる点も特徴。走行試験を始める前の段階で、運転士の手動運転による基準運転走行を実施しており、理想的な走り方を走行ログとして記録し、データベース化。「自動列車運転支援装置」による運転も、走行ログから作成した運転パターンの通りに行われる。理想的な運転を実現することにより、消費電力の削減や乗り心地の向上、整備期間の短縮といった効果が見込まれる。
今後の目標として、2023年度末までに「自動列車運転支援装置」を用いた営業列車での実証運転をめざす。青柳氏によれば、今回の取組みは昨年5月以降にスタートしたとのことで、「装置の検討を始めてから1年以内で、67.4km(赤間~久留米間)という長距離での自動運転支援を実現することができました。引き続き、お客様が乗車できる形で2023年度中の実証運転をめざしていますので、それに向けた検証を続けていきたい」と語った。なお、現在は実証運転に向けた試験段階であり、実際に搭載する車両なども含め、その後の展開については白紙とのことだった。