中学受験をする子どもが増え、「なるべく早く先取り学習をさせたほうがいいのでは?」と就学前から英語教室に通わせたり、プリント学習やタブレット学習をスタートさせたりするご家庭も少なくないようです。
いわゆる「早期教育」は本当に子どものためになるのでしょうか?
早期教育に熱を上げる親がハマる罠を、臨床心理士の杉野珠理さんと、精神科医の荒田智史さんに解説していただきました。
■リスク1 認知能力ばかりにとらわれる
英語やピアノなどの習いごとを早くからやっておけば、外国語を含む言語能力、楽器の演奏技術、運動能力、礼儀作法など、記憶力、注意力、情報処理能力が早くから高まります。IQ(知能指数)が高くなることもあります。
これらの能力は、「認知能力」と呼ばれます。認知能力を高めるトレーニングをなるべく早く、そしてなるべく多くやっておくことで、他の子どもよりもアドバンテージを取ることができると考える親心はよくわかります。
問題は、認知能力ばかりを重んじてしまうと、相対的に「非認知能力」を軽んじてしまうことです。これが1つ目のリスクです。
非認知能力とは、幼児期に育むべき能力として、最近注目されています。
非認知能力は、1.共感性、2.セルフコントロール、3.自発性の主に3つの能力に分類されます。
1.の共感性は、他者とうまくつき合う能力で、仲よくなるためのお笑いセンス(ユーモア)や、コミュニケーション能力にも通じます。
2.のセルフコントロールは、自分の感情を管理する能力で、我慢強さであり、些細なことをあまり気にしない鈍感力とも言い換えられます。
3.の自発性は、目標を達成する能力で、好奇心から疑問を持ったり、相手に自分の気持ちや考えを伝えたりして、自分の力で問題を解決しようとすることでもあります。
英才教育を多くやらせすぎたり、早くにやらせすぎたりすると、どうしても「〇〇はだめ!」「〇〇して!」「早くして!」としつけが厳しくなってしまいます。
すると、子ども同士が自由に遊んで心を通わせたり(共感性)、ぶつかり慣れたり(セルフコントロール)、自ら何かを楽しんでする(自発性)経験がますます減ってしまうでしょう。
子どもの時間とエネルギーは限られています。その時間とエネルギーを、認知能力のためばかりに使ってしまうと、その分、非認知能力のために使えなくなってしまうのです。
■リスク2 心が折れやすくなる
2つ目のリスクは、非認知能力が育まれずに心が折れやすくなることです。
一般的に厳しいしつけは、セルフコントロールを育むために必要であると考えられています。しかし、これは大きな誤解です。
実際の研究では、親が子どもの行動をコントロールしすぎると、逆に子どもは自分で自分の行動をコントロールしなくなることがわかっています。
そのわけは、しつけが一方的な命令の場合、恐怖刺激によって言われた通りに行動する条件反射(外発的動機づけ)は形成されても、思考停止によって自分で自分の行動を決める自発性(内発的動機づけ)は形成されなくなるからです。これでは、受け身の指示待ち人間になってしまいます。
■リスク3 その後に認知能力が伸び悩む
認知能力は、ピアノを弾くことのように、いったん身につけてもやり続けていないとだんだん失われてしまいます。
非認知能力が十分に育まれていなければ、その後にやり続けたいという気持ち(自発性)が芽生えず、けっきょくその認知能力が維持できなくなってしまうということです。
3つ目のリスクは、その後に認知能力が伸び悩むことです。
つまり、学ぶとは、「ただ学ぶ」(認知能力)のではなく、「学ぶ楽しさ」(非認知能力)も一緒に学ぶ必要があるということです。
本人が自発的に学び続けていかなければ、そのうち認知能力は伸び悩みます。子どもの成績が落ちたら、親は焦ります。「がんばりが足りない」と、ますます本人の自由(非認知能力を育む機会)を奪うでしょう。
これは、「教育虐待」と呼ばれます。親御さんの教育熱がどんどんヒートアップして、教育虐待レベルに至った場合、子どもの自尊心や性格に影響を及ぼす可能性が考えられます。不登校やひきこもりなどのさまざまなメンタルヘルスの問題が出てくるリスクが高まるということです。
実際、教育虐待による思春期以降の問題行動(ひきこもりなど)の事例は数多く指摘されています。以上が、英才教育で親がハマる「罠」なのです。
認知能力と非認知能力は、両方を高めていくのが理想です。ただし、特に幼児期においては、認知能力より非認知能力の方が、その能力を伸ばすためにはよいタイミングだと考えられています(敏感期)。非認知能力をまずよく育んだ上で、認知能力を自ら高めることをうながすことが大切なのです。
※本記事は書籍『臨床心理士と精神科医の夫婦が子育てで大事なこと全部まとめてみました』 をベースに構成しています。
文/杉野珠理、荒田智史