台湾新幹線を運行する台湾高鉄(台湾高速鉄路公司)は3月15日の取締役会で、今後導入する新型車両について、日立製作所と東芝を中心とする日本企業連合から調達すると決定し、発表した。台湾の中央通訊社のニュースメディア「フォーカス台湾」や日本の共同通信社台湾支局などが速報で伝えた。台湾高鉄は、「より多くの輸送力をもたらし、乗客にはさらに良質な輸送サービスを提供する」とコメントした。
この新型車両について、読売新聞は「JR東海の最新型車両『N700S』12編成(1編成12両)を導入する」と報じた。その後、JR東海が3月24日に発表した2023年度重点施策の中で、「N700Sをベースとした新型車両導入に伴う技術支援に向けて取り組む」と明記されている。そのままの姿か、それとも独自仕様か、気になる。
現在、台湾高鉄はJR東海の700系をベースとした独自仕様の700T型を運行している。1編成あたり12両で、2004~2005年にかけて30編成を製造。2012~2015年にも4編成製造された。初期に製造された車両は、来年で20年も運行していることになる。
東海道新幹線の車両は近年、15年程度で置換えとなるため、700T型も新型車両と置換えかと思われたが、フォーカス台湾の報道では、「高鉄は週末や連休などの利用状況や将来の需要、車両の整備と運用などをふまえ」としており、増備の意味合いが強いようだ。
台湾新幹線は南部で屏東方面、宜蘭方面の延伸構想があり、開通時の車両増備も視野に入れていると思われる。また、「車両の整備と運用」とは、日本で700系の運用が終了(一部車両を除く)しており、故障時に部品が調達しにくいという事情もあるかもしれない。700T型の最高営業速度は300km/h、ベースとなった700系の最高営業速度は285km/hだったため、500系の走行機器を採用している。その500系もデビューから四半世紀以上経過している。700T型を増備するより、N700Sベースの新型車両としたほうが整備しやすく、長く使えるという判断だろう。
JR東海が開発したN700Sは床下機器を小型化したため、改造なしで短い編成に対応できる。東海道新幹線の16両編成だけでなく、他の地域の新幹線や海外の新幹線にも導入しやすくした。西九州新幹線は6両編成化したN700Sを採用し、新形式を設計するよりコストを削減できた。台湾新幹線の12両編成は東海道・山陽新幹線の外で販売する2例目となる。
■700T型に「700系の長い鼻」は要らなかった
ところで、「N700Sを導入」と報道されたが、正確には「N700Sをベースとした台湾仕様」となる可能性が高い。現在の700T型も700系のままではないからだ。700系の先頭車は、その形状から「カモノハシ」と呼ばれていたが、700T型は先頭車のノーズが短くなって顔つきが変わった。先頭車の運転台付近に乗務員用の扉がない点も700系と異なる。コスト削減に加え、鉄道運行に対する考え方の違いも理由に挙げられる。N700Sをベースとした新型車両も、もしかしたらノーズが短くなり、乗務員扉がないかもしれない。本来のN700Sとは違う顔になる可能性がある。
その説明をする前に、現在活躍中の700T型の経緯を知っておきたい。台湾新幹線はフランスとドイツの企業による欧州連合と、日本企業連合が競合し、欧州連合が受注した。一旦はそれで収まったが、台湾側から再び日本企業連合に車両導入の打診がある。当時の報道では、「車両導入について日本政府も関わって巻き返した」とあるが、少し事情が違う。きっかけは台湾側からの要請だった。
当時、JR東海の副社長で、700T型をはじめ台湾高鉄のシステム導入に関わった田中宏昌氏の著書『南の島の新幹線 鉄道エンジニアの台湾技術協力奮戦記』(ウェッジ)によると、欧州連合と台湾側の正式契約は1998(平成10)年7月だったという。しかし、その直前の6月にドイツの高速鉄道ICEが脱線事故を起こし、死者101名、負傷者105名という大惨事となった。原因は車輪が割れたからだ。
事故を起こしたICEの車輪は一体成形ではなく、自動車のタイヤのような構造だった。ホイールの外側に、タイヤにあたる鉄輪を取り付ける。この方式は摩耗した部分だけを交換すればいいので、車輪をまるごと交換するより低コストになる。日本の鉄道では蒸気機関車にも採用されている。欧州連合のシステムはこれ以外の部分でも低コストで、競合に勝利したわけだ。
台湾新幹線の車両は、機関車2両が客車を挟む方式で、客車がフランス製、機関車がドイツ製だった。しかし台湾政府はICEの事故や、その他の欧州の新幹線事故を精査し、列車単位で一括設計ではないところも含めて安全性を疑問視した。そこで日本の方式も聞いてみようということになった。なにしろ新幹線は40年間(当時)、一度も列車事故による死者を出していない。これは日本企業連合の最大のメリットといえる。
台湾新幹線はホームの長さが300mで、25m級の客車12両分にあたる。1列車あたりの希望乗客数は800名。欧州連合はこれを客車12両・機関車2両で考えていた。それでも600名を少し超える程度だったため、2階建て客車も検討したという。一方、700系の場合は12両(グリーン車1両を含む)で定員989名になる。普通車の5列シートは窮屈だと欧州連合は批判したが、台湾新幹線は短時間の乗車だし、むしろ前後の座席間隔は広くできる。
ただし、日本の新幹線システムは線路や信号、保安システムまですべて整って安全性を維持してきた。台湾新幹線は線路設備が欧州連合の設計のままだ。たとえば欧州連合は機関車だけがかなり重く、衝突事故に備えて頑丈にできている。これに対し、新幹線車両は少しの異常でも「まず停める」しくみのため、車体を軽量化できる。
台湾側は、「すべてを日本式にはできない。欧州と日本のベストミックスによる新方式を作る」と主張する。これは台湾新幹線プロジェクトの幹部に欧州連合側がいたからだった。それでもJR東海の社長や国土交通省も交えて粘り強い交渉が行われ、結果として700系をベースとした700T型の導入にあたり、全体の7割を新幹線に準じた方式に変更してもらった。
このことが、台湾側の幹部から「日本方式に作り替えようとしている」という不快感になり、日本の報道では「日本が政府も参加して巻き返しを図った」となった。しかし、田中宏昌氏は著書の中で、「日本側に台湾から過分な利益を得るつもりはなく、すべては安全安心な高速鉄道をプレゼントするためだった」と説明している。阪神淡路大震災で台湾から巨額の援助があった。日台関係は利益だけで結びついているわけではない。
700T型は700系をベースにした車両だが、「カモノハシ」と呼ばれる特徴的な顔つきではなく、ややずんぐりした顔になった。これも台湾新幹線が欧州規格で作られたからである。長い鼻はトンネル突入時の空気圧の影響を低くするため。しかし台湾新幹線のトンネルは欧州規格で大きく、空気圧の影響は低い。だから「鼻」を短くして、さらなる低コスト化を追求している。
■N700Sベースでも乗務員扉はなくなる?
700T型の先頭車には、乗務員用の窓と扉がない。これも台湾側と日本側の安全に対する考え方の違いが関係している。700系だけでなく、日本の新幹線車両は乗務員用の扉がある。車掌が発車時や到着時に乗務員扉の窓から顔を出し、片手を非常停止ボタンに添えて異常時に備える。異常時に運転士が窓から後方、側方を確認できる。万が一の事故の場合、乗客を安全な車内に残し、乗務員が外に出て安全を確認する。
こうした配慮は、台湾では在来線特急車両も含めて整っていない。台湾の要望はまるで旅客機のような扱いで、そのまま700T型に反映された。運転室にも無駄な計器やスイッチが多く、運転士の負担が増える。新幹線の常識で見ると、むしろ不安になるほどだったという。
報道では、台湾新幹線がN700Sベースの車両を導入するにあたり、価格が高すぎて入札に失敗したとある。N700Sを台湾仕様にするために余分な費用がかかるからだ。これはつまり、「N700Sをそのまま待っていく、少々の手直しだけではダメ」という意味になる。
台湾高鉄が日本の安全に対する考え方を評価すれば、台湾版N700Sに乗務員扉が残るかもしれない。現在の運行手順を変えたくなければ、乗務員扉は要らない。扉はコストアップの要因になる。さて、どちらになるだろう。
2度目の入札に失敗した後、台湾高鉄は日本以外の企業にも入札を要請するという態度を取ったようだ。これは線路設備に欧州連合規格が残っているからだ。たとえば、分岐器は重い機関車が100km/h以上の高速で分岐側に入れるようになっている。この分岐器も構造が複雑で故障が多く、日本式にしたいところだったが、すべて交換するには1年以上も運休区間が生じるため、いまさら取り替えられない。
それでも台湾側の交渉のタネにはなった。「いまからでも欧州の列車に交替できる」と日本側に匂わせたのだろう。しかし、保安関係のほとんどで新幹線システムを採用している。欧州企業は世界標準規格には強みがあるものの、個性の強い路線は苦手だ。
結局、台湾高鉄にとって日本の新幹線車両導入が最も賢い選択になるはず。JR東海はこれを見越して、N700Sを短編成化に対応する設計にしたかもしれない。日本企業連合は大幅に提供価格を下げ、3度目の入札でN700Sを受注した。企業努力の結果として受注を勝ち取ったともいえるし、見方を変えれば、これは日本連合の大幅な譲歩、700T型を提供した責任と奉仕の表れともいえる。
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