「側室」の次は「女城主」。大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)は戦国時代の様々な女性の生き方を見つめていく。
「女城主」といえば、2017年の大河ドラマは『おんな城主 直虎』だった。直虎(柴咲コウ)は数奇な運命により女性ながら遠江・井伊家の城主となる。そして、やがて徳川四天王のひとりとなる井伊直政(菅田将暉)の後見人を務めた。詳細な資料の少ない直虎の波乱万丈な生涯を森下佳子氏が想像の翼を大きく広げて書き人気を博した。
直虎が女城主として頑張っていた時代とほぼ同じ頃にもうひとり女城主・田鶴(関水渚)が存在した。田鶴は今川家の家臣・鵜殿長照(野間口徹)の妹で、飯尾連龍(渡部豪太)の妻。今川家に対する忠誠心に並々ならぬものがある。織田につき今川に反旗を翻した家康(松本潤)と夫が密かに通じているという情報を今川氏真(溝端淳平)に密告し、夫を殺してしまう。
田鶴には思い詰めた人間の怖さがある。振り返れば、今川に捕まっていた瀬名を家康が奪還しようとしたときも、その情報を得て、氏真に報告し、作戦の妨害を行った。そのせいで瀬名は両親(氏純・渡部篤郎、巴・真矢ミキ)を失ってしまった。
田鶴の怖さは、決して自分が悪いことをしているつもりのないことである。むしろ、善だと信じているから余計に怖い。彼女にとっては今川の元で皆が団結して生きることが理想で、今川を離れていく人を許せない。
第1回で瀬名と家康が竹林のなかでおままごとのようなことをしているときも2人の仲を裂こうと躍起になっているようだった。家康は義元(野村萬斎)に目をかけられているとはいえ、今川の人質に過ぎず、そんな人物と今川の親戚筋の瀬名が結ばれることを許せなかったのだろう。
田鶴の強い執着心を、関水渚がぞくりとする表情で見せる。彼女は古沢良太作品、映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(20年)で重要な役を演じていた。身寄りがなく、主人公のダー子(長澤まさみ)の子猫ちゃん(信用詐欺の協力者)として生きてきたコックリ(関水)は、とある国の“プリンセス”になりすますという大仕事を任される。身寄りのない娘がプリンセスになるという、女の子が大好きな王道の夢物語のヒロインを関水はこのうえもなくピュアに演じていた。あれから4年、古沢氏は関水に、どんなことがあっても城を守り切ろうとする、ある意味ピュアだが、猛毒のような心を持った役を託し、関水はその責務に見事に応え、鮮烈な印象を残した。
田鶴のおもしろみは、単純に今川第一の忠実な人物ということではなく、ひょっとして、今川というよりも瀬名が好きだったのではないかとも思えるところだ。幼馴染みの瀬名とずっと一緒に仲良く過ごすことが田鶴の望みであり、家康はライバルだったのではないか。執拗に家康に対抗意識を燃やしていたのは嫉妬からではないか。
ちなみに、前回登場したお葉(北香那)は、男性を愛せず女性を愛する人物だった。お葉は最初のうちは自分の感情が自分でもわからずもやもやしていたが、徐々に自分の気持ちが明確になっていく。そして家康が理解ある人物だったから自分の思いに正直に生きることができるようになる。一方、田鶴は自分の気持ちがはっきりわからないまま、世のルールに従って男性に嫁いだのではないだろうか、なんて考えるのも一興かと。とはいえ、たぶん瀬名への感情は、強い友情だろうとは思うけれど。
いずれにしても、『どうする家康』では、戦国時代という大きな渦に巻き込まれていく人達のなかに潜む未分化な感情とか欲望――自分の本当に求めているものを明確にして、その思いのままに生きていくことができないもどかしさと、それを超えて思いのままに生きていく可能性の芽に水をやり育てるように描き出そうとしているように感じるのだ。
それにしても、直虎の遠江(静岡県)とわりに近い三河(愛知県)の引馬城にもうひとり女城主がいたことを思うと不思議な気持ちになる。大河で扱う前は直虎よりも田鶴のほうが有名だったはず。ついでに言うと、朝ドラ『半分、青い。』の舞台となった岐阜恵那市にも女城主が存在している。戦国時代は男たちがてっぺんを目指して戦っていた男たちの時代というイメージしかないが、記録がないだけで、本当はもっと女性たちが活躍していたかもしれないと考えると、まだまだ掘る泉はある。田鶴が今川に忠義を尽くし家康に対抗していたとき、直虎は今川と対立していた。誰かにとっては大切な人が別の誰かにとっては忌まわしい存在となる。それが戦である。
第10回の回想シーンで今川屋敷の中庭に、家康、氏真、瀬名、お田鶴、義元、氏純、巴が集い、風花のような雪を愛でる場面は儚く、涙を誘った。ここでの雪は駿府という土地らしく、静岡などに見られる風花だと考えたい。
欲しいものは、あの楽しい日々、ただそれだけ。でもそれは手のひらですぐに溶けてしまうような雪のようで……。瀬名が田鶴の好きな椿に積もった雪をそっとはらおうとする仕草が、田鶴の頭をなでてあげているようでキュンとなった。
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