牛と食品製造副産物の関係とは?
国際情勢や円安の影響による飼料価格の高騰、増加し続ける燃料費。近年の酪農をめぐる厳しい情勢は、酪農牧場を経営する私にとって、経営の価値観を変えるきっかけになりました。外的要因、中でも海外での出来事に左右されにくい経営基盤を作ることが、未来に続く農場づくりの根幹だと気づかされたのです。
単なる経費削減にとどまらず、「持続できる仕組みになっている」、そういう観点から、飼料に食品製造副産物を活用することは今まで以上に重要になっていくことでしょう。ちなみに食品製造副産物とは、豆腐を作る際に出るオカラなど、食品を製造する過程で出る副産物のことです。
本来草食動物である牛は、草だけを食べていれば生きていくことはできます。しかしそれでは消費者に販売する分の畜産物を十分に確保することはできません。そこで穀類などの栄養価の高い濃厚飼料を与えます。
牛の主食である粗飼料(牧草や青刈り作物など)の2021年度の国内自給率は76%であるのに対して、濃厚飼料の自給率は13%しかありません。
日本の濃厚飼料の自給率の低さにはさまざまな要因がありますが、一つには気候の問題があるようです。輸入飼料のうち大きな割合を占めるトウモロコシは湿害に弱く、湿気の多い日本での栽培に向いていません。大陸性の乾燥した気候で、広大な大地を有している北米などに、どうしても生産効率で負けてしまうのです。
自給率の低さはそのまま有事における脆弱(ぜいじゃく)性の高さとも言えます。世界の人口は、あと35年もすると100億人を超えるとも言われています。未来を生きる子供たちのことを考えれば、長期的な視点で農業が持続する仕組みを考えないといけない。そういう思いでこの記事を書いています。
食品製造副産物で作るオカラサイレージ
私が経営する朝霧メイプルファームでは450頭の牛を飼養していますが、そのうち搾乳をする400頭に対してオカラと醤油粕(しょうゆかす)、そして配合飼料を混ぜて発酵させた「オカラサイレージ」を与えています。1日に換算すると、1頭当たりの給与量はオカラが13キロで、醤油粕は1.8キロほど。どちらも人間が食べる食品を作る際に発生することが避けられない食品製造副産物です。
オカラは豆腐を製造する過程で生まれます。豆腐は大豆の加工品ですが、豆腐を製造するとき、使用した豆(乾燥)の1.3倍の重さのオカラ(水分含む)が出来上がるそうです。日本では豆腐製品を作るのに年間約50万トンの大豆が使われるそうですから、発生するオカラの量は約65万トン。とても人間だけでは消費しきれませんね。醤油粕も同じような理由で発生する大豆の粕です。
オカラサイレージの製造工程
朝霧メイプルファームで牛に給与しているオカラサイレージの作り方を紹介します。
攪拌・充填・密閉
オカラサイレージづくりは、攪拌(かくはん)から始まります。
カッティングミキサーという巨大な餌を混ぜる機械にオカラ59%、トウモロコシなどを含む配合飼料33%、醤油粕8%の割合で入れています。
次に充填(じゅうてん)。その混ぜたものをコンベアで運び、保存用のトランスバッグという袋に詰め、密閉します。
ポイントはしっかり密閉すること! 良い発酵を促すためには嫌気状態、つまり空気が無い状態にすることが重要です。昔は袋の口をひもを使って手で縛っていたのですが、今では結束バンドを使い専用器具で締めるようにしています。これによって、力の弱い人でも皆同じように密閉することができるようになりました。
発酵
ここがオカラサイレージの最重要ポイント! とはいえ、特別なことはしません。ただそこに置いておくだけです。
密閉し、乳酸発酵を促します。メイプルファームの場合、100日近く寝かせておきます。これは経験則なのですが、発酵期間が長いほど牛の調子が良くなっているような気がします。実際に発酵日数と、疾病率の相関関係なども調べたことがあるのですが、科学的根拠があるわけではないので、ここでは割愛します。「科学的な根拠がなくても、現場での感覚的になんとなくいい」。そういうこともたまには重要だと思っています。
なぜ発酵させるのか
もちろん例外もありますが、一般的にオカラを発酵させずに直接牛に給与することはありません。発酵させることには2つのメリットがあります。給与量の安定化と、消化性の向上です。
給与量の安定化
オカラは毎日同じ量が入ってくるわけではありません。豆腐工場の生産量に合わせて、日々増減します。一方、牛の頭数は日々大きく変わることはありません。豆腐工場から来たものを直接与えるとすると、1頭当たりの給与量が月曜日は10キロ、火曜日は12キロ、休日はなし、という感じで、毎日バラバラの給与量になってしまいます。
牛の第1の胃であるルーメンは非常に繊細にできているので、毎日の変化に弱いです。できるだけ安定した量の飼料を与える必要があります。
発酵したオカラサイレージは保存がきくため、1週間、ないし1カ月の平均製造量を、そのまま牛に与えればいいので、日々の給与量の変動がなくなります。
具体的には、少しだけ在庫が増えていくような給与量にし、いよいよあふれそうになったら、少しだけ給与量を増やして在庫を減らしていく。そのような飼養管理ができます。
消化性の向上
オカラにはタンパク質やミネラルなど、豊富な栄養素が含まれています。そしてそんな栄養素の一つである炭水化物に含まれるでんぷんが、発酵に大きく関わります。
詳しくは割愛しますが、酵素や乳酸菌による反応により、でんぷんから乳酸が生成されます。オカラを発酵させずに直接でんぷんが胃に入るよりも、乳酸のほうが繊細な牛の胃には負担が少ない、というメリットがあります。
またこの「酸」がでんぷんそのものを溶解し、消化しやすくする、というメリットもあります。
これらはあくまで理論上の仮説ですが、一般論として理解してください。
ちなみに豆腐を100日も放置したら間違いなく腐るのに、発酵オカラが腐らないのはこの乳酸によるところが大きいのです。酸が有害な細菌の増殖を抑えています。
食品製造副産物を飼料に利用することの経済的メリット
最も大きい影響が経済的メリットです。食品製造副産物の飼料への活用は、飼料の高騰対策として非常に有効です。
副産物を利用すると、それだけ飼料のコストが下がります。
コストメリットは、「仕入れ値」と「製造コスト」で変わります。
大まかな数字ですが、朝霧メイプルファームの場合、本来与えなければならない輸入配合飼料を1日当たり5キロほど減らすことができます。
置き換えによるコストメリットは、およそ1頭あたり100円です。400頭の牛にオカラサイレージを与えているのでコストメリットは1日あたり4万円になります。
ただし昨今の物価高で副産物自体も値上がりしており、あくまで参考程度にお考え下さい。
食品製造副産物を扱うために必要なこと
まさにいいことばかりの副産物ですが、すべての酪農家が利用できるかというと、そうではありません。「製造設備」と「在庫を保管するための場所」。最低でもこの2つの条件を整えることが必要になります。
前述したように、食品製造副産物はその給与方法を誤ると、かえって牛の体調を悪くしかねません。安定して健康に牛を飼うためには、ある程度の規模と設備が必要です。
もちろん優秀な個人酪農家が、技術とセンスで上手に副産物を利用している例はいくつか知っていますが、多くはありません。
個人酪農家が大多数を占める酪農業界において、食品製造副産物を有効活用するために必要なのは、やはり地域の集約的なTMRセンター(餌の調製・供給管理をする施設)だと思います。
小さな酪農地帯でも、皆が一体となり、TMRセンターを作ることで、工場などから大量に出る食品製造副産物を効率よく製造し、再分配することができます。
今後の酪農の姿
私は、すべての食品製造副産物を飼料に活用し廃棄をゼロにしていくことが必須だと思います。
近くに畜産農家がいないために貴重な食品製造副産物を廃棄してしまう。そんなもったいない状況は改善すべきです。なぜならそれは海外から輸入するよりも輸送コストはかからず、かつ自給率を上げる効果があるからです。
今補助金のあり方にはさまざまな議論がありますが、私は自給粗飼料の生産性向上への補助、そして食品製造副産物を畜産農家がすべて使い切るための補助があるといいと思っています。
例えばTMR(混合飼料)原料の輸送費の補助や、食品製造副産物をトランスバッグに充填するための機械への補助などはどうでしょうか。食品製造副産物は輸送中に腐敗してしまう可能性があり、それを防ぐためにはすぐに密閉してあげる必要があります。腐敗しないように乾燥器などの補助でもいいかもしれません。
畜産業だけに限らず、食品製造業、そして行政が一体となって知恵を絞っていく。
そうして国内の畜産の自給率を高め、外的要因に強い農業を作っていけたらいいと思っています。
朝霧メイプルファームでも、現在では行っていませんが、食品製造副産物を余るほど受け入れ、それを地域の酪農家に販売することで酪農地盤を守れたらいいと考えています。