住宅街のど真ん中で養蜂
拓郎さんと妻かんなさんを中心に、埼玉県草加市で年間70品目の野菜を栽培しながら、レストランと販売店を営むチャヴィペルト。拓郎さんは地元で代々続く農家の5代目です。レストランを開店したのは20年ほど前のこと。約2000㎡の畑で作った野菜は、このレストランで使用するほか、地元のレストラン、産直通販、学校給食など、多様な方法で販売しています。
畑を見せて頂くと、脇にミツバチの巣箱が。ミツバチを利用してできるだけ自然に近いかたちで野菜の栽培をおこない、採取したハチミツやミツロウなども販売しているそう。このミツバチの管理のために化学物質を排除した栽培をすることになり、その後の有機JAS認証取得につながったといいます。
現在は住宅街の一角にあるチャヴィペルトですが、もとは周辺も畑だったと話す拓郎さん。
「絶対的な収量が取れない2反という農地で、いかに自分たちが住む環境を汚染せずに売上を作れるかを考えて、以前から有機JAS認証に関心を持っていたんです。ところが当時は隣地との境界が分かりづらかったため認証取得は難しかった。周囲がどんどん宅地化されうちの畑が隔離されたことで、取得できるようになりました」
認証取得にメリットはある?
有機JAS認証と聞くと「申請手続きが面倒」「費用がかかる」のイメージを持っている生産者も多いです。これらの不安要素を覆すメリットはあるのでしょうか。
「うちは認証を取ってから単価を20~30%上げました。実際に売れてますよ」と拓郎さん。これだけ単価アップできた背景には、自社で店舗を持っていることと、スタッフがお客様と接してニーズを把握していることにあるといいます。
まず、チャヴィペルトでは収穫した野菜をすぐに隣接する店頭に並べ、2日間しか販売しません。そのためお客様から“チャヴィの野菜は新鮮で良い”と信頼を得ています。さらにスタッフがお客様の好みや市場価格を把握しており、単価を上げても売れるかどうかを判断しています。
「卸も流通を挟んでいないので、単価を上げてもスーパーで販売されているものとほぼ変わらない値段になる場合もあります。お客様からしたら『新鮮なオーガニックなのに安い』となる。お客様が食生活に取り入れやすいようにハードルを下げるのが僕らの役割だと考えています」
ちなみに収穫後3日目の野菜は、かんなさんがレストランで調理加工をして惣菜として販売しています。「いざとなったら妻がおいしい惣菜にしてくれる。色々とチャレンジできるのも、その安心感があるからです」
<h2>スタッフ教育が楽になった! 意外な副産物
JAS認証に沿う生産管理が、そのままマニュアルに
一方、有機JAS認証取得は、単に品質向上やブランディングのためではないといいます。
「JAS認証の一番のメリットと捉えているのが、認証で必要な生産工程の管理などが、スタッフの教育マニュアルになることです。例えば、認証では使える資材の選択肢が狭まるんです。すると、やることが決まり、やらなくていい仕事は除外されます」
そのため、農業の知識がないスタッフに教えることも明確になると拓郎さんは話します。
曖昧さがなくなり明確に指示できる
さらに、知識のあるスタッフに対して、やり方を伝える際にも有効だと拓郎さん。
「例えば『昔、農家をやっていました』という高齢者に手伝ってもらうと、ご自身が慣れてきた方法を勧められたりするんです。ですが、JASにのっとっていると『うちはJASという国のルールでやっているんです』とはっきり言えて、曖昧なところがなくなるんです」
さらに、障害者雇用のときにも役立っているのだそう。
「障害を持っていると、曖昧な指示が整理できなかったりします。JASのルールに沿えば曖昧なところが減りますし、きちんと指示ができます。仕事の難しさを下げながら、質を上げることができますね」
都市農業で陥りがちな「栽培契約」の落とし穴
店側の負担を減らすために
農家が自ら値付けをして販売する場合、地元の飲食店や高級レストランなどとの栽培契約は一つの方法でしょう。特に、少量多品種の小規模農家にはセオリーだったともいえます。それが、このコロナ禍に飲食店は図らずも休業となり、やり方を見直すことにした農家もあるかもしれません。
これについて拓郎さんは次のように話しました。
「うちはありがたいことに、逆にコロナ禍に忙しいくらいだったんです。それはコロナ前から『お店のために何ができるか』を考えて動いていたからだと思っています」
有機JAS認証も実はその一つだと拓郎さん。
「『自称のオーガニック』には長い説明が必要です。レストランのスタッフにしてみれば、説明を覚える労力がかかります。『有機JAS認証』は説明が一言で済む。そういう見えづらいお店側の労力を減らすために、僕らができることを考えてきました」
飲食店ごとのストライクゾーンを把握する
拓郎さんがレストランと付き合う際に心がけていることは、「どうしたら自分の野菜が相手のブランディングの一つになるか」ということ。
「農家の中には『高く買ってほしい』『有名店に扱われることで箔(はく)を付けたい』ということに気を取られて、相手のことを考えられていない人もいると思います。うちのスタッフは、直接野菜を届けに行く時に盛り付けられた皿を見たりしながら、そのお店のストライクゾーンを捉えるようにしています」
例えば野菜の大きさについて。
「『不ぞろいで使いづらい』と言われがちですが、各店のストライクゾーンを知れば、大きく作れたら大きめの野菜が合うレストランに、小さく作れたら小皿料理のお店に、というように売ることができます。すると、パズルのピースがはまるように売れていきましたし、栽培するスタッフも『規格サイズを作らなければいけない』というプレッシャーから解放されました」
都市農業で成功するために必要なこと
最後に都市農業で成功するポイントについて、拓郎さんに聞きました。
「お客様のブランディング・ツールとして使ってもらうために、真剣にお客様のことを考えることでしょうか。特に飲食店との取引では、初めのうちは一緒に物を作り上げていく感覚が、僕は一番大切だと思います」
もちろん、こうしたお客様目線での考え方は、チャヴィペルトの一般向け販売にもあります。
「うちだと“オーガニックのライフスタイル提案”ではなく、“オーガニックもあるライフスタイル提案”。野菜を10回買ううちの1回に選ばれればいいですし、そこから頻度を上げていってもらえるならうれしい。そうやってファンになってもらえることが一番良いのかなと思っています」
都市農業では周辺に飲食店や一般消費者も多く「売ろう」という姿勢が強く前に出すぎることもあるでしょう。ですが「選ばれて買われるのだ」という視点が欠かせないのだとチャヴィペルトの事例は教えてくれます。
<取材協力>
<編集協力>三坂 輝