シルヴェスター・スタローンが主演する『スペシャリスト』『暗殺者』の【吹替補完版】が、3月21日(火・祝)、4月21日(金)にWOWOWにて放送される 。かつて地上波のTVで放送された日本語吹替版を基に、当時放送時間の制約によってカットされたシーンの追加収録を出来る限り当時の声優で行い、「完全ノーカット」で放送するWOWOWの人気企画。スタローンの吹き替えを担当しているのは、長年、俳優として、歌手として、声優として、第一線で活躍し続けている御年80歳のレジェンド、さささきいさお。収録後のささきを直撃し、スタローンの吹き替えの思い出や、『スペシャリスト』『暗殺者』の見どころについて、語ってもらった。

  • さささきいさお

――『スペシャリスト』『暗殺者』は1994年と95年の作品で、テレビ放送からも20~25年近く経つと思うのですが、まったく変わらないお声でアテレコされていて、感激しました。いつまでも若さを保たれていますが、喉のケアはどうされているんでしょうか?

普段は喉のケアはあんまりやってないんですが、だいたい収録の3日前くらいから歌と発声の練習をやらないとダメですね。やっぱり、使っていないとどんどん声は出なくなっちゃうから。それこそスタローンの吹替をやるときは、近所の人たちと酒を飲んで騒いで喉を広げてからやったもんですよ(笑)。僕は『勝利への脱出』(81)からもう40年近くスタローンの声をやっていますけど、まさかこんなに一人の役者の吹替を長くやると思わなかった。自分では全盛期より低音の響きが少なくなったような気がするんだけど、人間の身体というのは不思議なもので、やっているうちに限界値が高くなるみたいで、最近また低音も結構出るようになってきたんじゃないかな。僕のなかでは「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌が基準。この歌で一番低いGが出ていれば、「あ、スタローンも大丈夫!」って安心できるんです。でもね、歌うときと話すときとでは、声帯の使う場所がちょっと違うみたいで。昔、「宇宙戦艦ヤマト」が大ヒットしていたときに、ラジオのディスクジョッキーとしてしゃべっているときは声が出なかったのに、レコーディングで歌ったらちゃんと声が出た。あれは不思議な経験でしたね。

何を言っているのか分からないセリフが結構多くて(笑)

――洋画の吹替にあたり、ささきさんが心掛けていることは?

アテレコの場合はあくまで演じている役者が主体だと思うので、まずは画を見て、どういう表情で、何をしゃべっているのかを一番大事にしています。その上で、どうしても「日本語だとこっちの方がしっくりくるなぁ」と思うときは、僕の方から「こういう風に変えても良いですか?」ってディレクターに提案することもありますけど、今回の翻訳者の平田(勝茂)さんは僕のクセをよくご存じで、それに合わせて口語体でセリフを書いてくれるから、すごくやりやすいんですよ。「ランボー」シリーズもずっと平田さんだったし、やっぱり信頼感が違いますね。

昔、あるディレクターに「僕は滑舌がそれほど良くないのに、なんで使ってくれるの?」って聞いたら「本物のアメリカンがしゃべっているような雰囲気に聞こえるから、ささきさんがいいんですよ」って言われたことがあって、「なるほどね」って思ったの。僕はもともとロカビリー歌手出身で洋楽育ち。それがきっかけで洋画の吹替もやり始めたから、洋モノの雰囲気が自然と出せるみたいなんですよ。それぐらい洋画の吹替っていうのは独特のものなんです。でも今どきの若い声優さんたちは、子どもの時から日常的にそういったものに触れているからやっぱり上手いよね。タレント性があって、しゃべりも上手いし、画がなくてもキャラクターの声で丁々発止のやりとりでも何でも出来ちゃう。そういうのを見ていると、つくづく僕らの頃とは時代が変わったなと思う。昔は洋画の吹替とアニメの声優は棲み分けされていたものだけど、いまは山寺宏一みたいに両方できる器用な人もいるしね。

――吹替をされていて、もっとも苦労されることはどんなことですか?

それこそ「日曜洋画劇場」で『ロッキー』も何本かやったけど、特に『ロッキー』の場合は収録後に「お疲れ様!」すら言えなくなるんです。ドラゴ役の大塚明夫と最後はわめきちらしますから(笑)。「ワー」って大声を出して騒いだ直後にボリュームを下げようとしてもコントロールがきかなくなっちゃうし、乱闘シーンをやった後はどうしても声が出なくなってしまうので、なるべく喉に負担がかからないように、収録順を入れ替えてくれるディレクターもいます。スタローンには、何を言っているのか分からないセリフが結構多くてね(笑)。

――時代によって、スタローンの声をどのように演じ分けていらっしゃるんですか?

若い頃はスタローン自身も作品によって声や演じ方を変えたりしながら工夫していたみたいなんだけど、やっぱりスタローンには二枚目の「ウォー」っていう野太い低い声が合うんじゃないかなぁと僕は思っていて。日本には僕のほかにもスタローンの声を担当されている方が何人かいらっしゃるから、他の方はどんな風にやってるのかなって気になって時々観たりもするんだけど、やっぱり低い声で躍動感を出すのはすごく難しいんだよね。どうしてもワーッてやってるうちに声が高くなっちゃうんですけど、それだとスタローンに合わなくなっちゃうから、また声のトーンを落とすでしょ。そうすると今度は躍動しないんです。

それこそシリーズ第1作の『ランボー』(82)のときは、あまり作り込まずに素直にやったんだけど、『ランボー/怒りの脱出』(85)とか『ランボー3/怒りのアフガン』(88)の頃は、スタローンの全盛期というか。身体も声もすごくて、吹替をやっていても気持ちよかったですね。でも、『ランボー 最後の戦場』(08)あたりくらいから、スタローンもだんだん無理をし始めて(笑)。アクションは変わらずすごいんだけど、異常に低い声を出すから僕の方も苦労したんです。『ランボー ラスト・ブラッド』(19)と『ランボー ラスト・ブラッド 特別編』(22)の吹替を録り終えたときは、「あぁ、これでスタローンはもうやらなくていいんだ!」ってホッとした(笑)。もちろん、スタローン本人の方が肉体を駆使するわけだからもっと大変なんだけど、僕も『ラスト・ブラッド』あたりは正直ちょっとキツかったですね。やるからにはできるだけ本人に近づきたいと思って、戦ってしまうので。でも、昔と比べたら最近はずいぶん収録がラクになったけどね。

――昔はどんな状況で収録されていたんですか?

僕らがやっていた頃は、DVDを事前に送ってもらうことなんてできなかったから、一回みんなで集まってリハーサルをひと通りやったら、その2日後にはもう本番だった。それでも結構ちゃんと合っちゃうんだから、みんな天才的に上手かったよね。「今のところだけもう一回いきます!」みたいなことはできないし、15分のロールで最後にNGを出したら、また最初から全部やり直しだから本当にシンドかったよ(笑)。どういうわけだか、ロールの終盤になると喉が痒くなってきて、スタジオの隅の方で必死に咳をこらえてる人なんかもいたりしてね(笑)。緊張したものですよ。でも、ある時から徐々にデジタル化されて俄然ラクになった。同じセリフは使い回せるし、音程も自由に変えられる。とはいえ、やっぱりある程度はアナログの人間臭さみたいなものが残っていた方がいいんだろうと思います。

――ささきさんの思う『スペシャリスト』と『暗殺者』の作品の吹替補完版の見どころは?

それこそテレビの地上波で吹き替えていた当時は、オリジナル(ノーカット版)を僕の方で観ていたわけじゃないから、特に疑問に感じなかったけど、今回改めて補完版を収録しながら「あれ? こんなシーンあったの?」と驚いたところも結構ありました(笑)。地上波放送だとコマーシャルが入るから、どの作品も実質1時間半くらいで収めなきゃいけないわけで、「だったらここは切るしかないか」と思いながら、泣く泣く切ってたんだろう思うけどね。この2作品はスタローンでも毛色がまったく違うよね。『スペシャリスト』には大人の男女のクールな部分とホットな部分が交互に出てきて、仕事はスパッと切れるみたいな感じがするけど、逆に『暗殺者』の方はジュリアン・ムーアにちょっとホワっとした芝居をさせていて、 彼女の子供っぽいところが救いになっている。その絶妙なバランスがいいですよね。

――『スペシャリスト』には、スタローンとシャロン・ストーンのベッドシーンもありますね。

あれはもう、肉体の見せ合いっこみたいなところもあるよね(笑)。それでいて、お互いの色っぽさと真剣さを織り交ぜているところもあって。ああいうシーンのアテレコは特にテレビの場合は加減が難しくてね。あまりやりすぎていやらしくなっちゃいけないから(笑)。アクションシーンなんかだと、どうしてもオリジナルより息やセリフをたくさん入れちゃって、僕の方がスタローンよりオーバーだなぁとか思うこともあるんだけど(笑)。洋画好きなファンが「ささき版には翻訳独特の息の多さが~」みたいな感想を書き込んだりしてね。

――確かに、ささきさんのお芝居は息遣いが印象的です。

うちの孫が、「グランパの真似するね」って言いながら「ハッハッハッ」って、スタローンの息遣いをやるんだよ(笑)。あれには僕も笑っちゃったよね。それがスタローンの特徴だと思っているみたいで。「これでもちゃんとセリフをしゃべってるんだよ」って(笑)。

――ちなみに、ささきさんご自身は普段、映画を吹替版でご覧になるんですか?

いや、僕はなるべく字幕で観ます(笑)。アテレコをやっている人はそういう人が多いみたいですよ。ミュージカルとかアニメは吹替版の方が観やすいんだけど、洋画の場合はどうしても演じている役者のイメージが強いから、吹替で観ているうちに「なんかこの声、イメージと違うんだよなぁ……」とか思い始めると、最後まで引きずっちゃうんですよ(笑)。

――では改めて【吹替補完版】の放送を楽しみにしている方々にメッセージをお願いします!

僕としては「どこで繋いでいるのか全然わからなかった!」と思ってもらえれば嬉しいですけどね。まぁ、ディレクターがちゃんとオッケーを出してくれたから、大丈夫でしょう(笑)。家で腰を掛けてテレビを観ている時には出せなくても、いざスタジオで立って身体を動かすと、画面のなかに引き込まれてスタローンの独特のニュアンスが出せちゃったりするものなんですよ。あまりそれに期待しすぎると、上手くいかない時もあるんだけどね(笑)。