東京国立近代美術館が開館70年を迎えたのを記念して、“展示品すべてが重要文化財”という史上初の展覧会「重要文化財の秘密」が始まりました。「『問題作』が『傑作』となるまで」という刺激的なキャッチコピーから、たんなる名品展ではないんだぞ、というただならぬ気迫が伺えます。

今でこそ「傑作」と呼ばれている作品も、発表された当初は「問題作」でもあった。そうした作品がどのような評価の変遷を経て重要文化財に指定されるに至ったのかという美術史の秘密に迫る……というのが本展のコンセプト。“問題作”といってもスキャンダラスな意味ではなく、「当時あまりにも新しい表現だったからみんなをビックリさせてしまったけれども、少し時代をおいて見た時に、新しい時代を切り拓いた作品だと認められた、そんなポジティブな意味」だと、東京国立近代美術館 副館長の大谷省吾さんは企画の意図を語ります。

  • 萬鉄五郎「裸体美人」1912(明治45)年 東京国立近代美術館蔵 展示期間:通期/東京美術学校の卒業制作で19人中16番目という低評価だったが、「個性的な芸術家たちを輩出した大正時代の劈頭(へきとう)を飾る」記念碑的作品として2000年に重要文化財に指定された。ゴッホの影響を示す早い時期の作品

「明治以降の近代美術は、作品が作られてからあまり時間が経っておらず、歴史の評価のふるいにかけられるには時間が足りませんし、明治になってどっと入ってきた西洋美術の影響を抜きには語れません。それまでの日本の伝統美術と複雑にからみ合っている近代美術を、西洋的な価値観で評価するのか、日本の伝統的な価値観で評価するのか。重要文化財の指定の歴史を振り返ると、そんな難しい局面がありました」(大谷さん)

そもそも「重要文化財」とはなんでしょう? おさらいすると、「重要文化財は1950年に公布された文化財保護法に基づき、日本に所在する建造物、美術工芸品、考古資料などの有形文化財のうち、製作優秀で我が国の文化史上貴重なもの等について文部科学大臣が定めたもの」。そのうち、特に優れたものが「国宝」に指定されます。

  • 高橋由一「鮭」1877(明治10)年頃 東京藝術大学蔵 展示期間:通期/西洋から学んだ油絵で、従来の技法材料では困難だった本物そっくりの描写が可能になったことへの素直な感動が表されている。明治100年を目前に控えた1967年に、油絵として最初の重要文化財のひとつに指定された

「重要文化財と聞いて、どんな印象が浮かぶでしょうか。国宝だと“見ておかなきゃ!”と思うでしょうし、去年の秋に東京国立博物館で開催された『国宝展』は、大変な反響でした。それに比べると、重要文化財はどうでしょうか。ちょっとインパクトに欠ける? いまひとつピンとこない? しかも『国宝展』に出展された国宝は89点、本展の重要文化財は51点ということで、数の上でも見劣りすると感じられるかもしれません。でも、美術に関わりのある人にしたら、これがいかに無茶なことかと驚くような数字なんです」(大谷さん)

  • 新海竹太郎「ゆあみ」1907(明治40)年 東京国立近代美術館蔵 展示期間:通期/胸から太ももにかけて、濡れた手ぬぐいが肌にはりついているように表され、裸体表現での風紀取締りを避ける工夫がされている。本展ではブロンズではなく、貴重な石膏を展示

確かに、「明治以降の絵画・彫刻・工芸で重要文化財に指定された51点が集結した」と聞いただけではあまりピンときませんが、明治時代以降の絵画・彫刻・工芸での重要文化財指定は68件で、そのなかで国宝に指定されたものはまだゼロだと聞くと、「全68件のうちの51点が集結」という数字のスゴさが伝わるのではないでしょうか。

  • 原田直次郎「騎龍観音」1890(明治23)年 護國寺(東京国立近代美術館寄託) 展示期間:通期/ドイツで油彩画を学び、西洋の伝統的な宗教画の技法で仏教的主題に挑んだ。伝統的な仏画と異なるリアリティのある生々しい観音像が見る人を戸惑わせ、議論を呼んだそう

さらにいうと、重要文化財は保護の観点から年間の貸出日数が60日と規定されているうえ、近代美術の重要文化財は“ほぼ国宝に準ずる特別なもの”として扱われている。それほどの名品となれば毎年なにかしらの回顧展もあり、主だった作品はそちらにいくため、所蔵している各美術館もそう滅多に貸し出すわけにもいかない。本展は、そんな高いハードルをいくつも乗り越えて全国から集めた51点を見ることができる、またとない機会なのです。

  • 横山大観「生々流転」1923(大正12)年 東京国立近代美術館蔵 展示期間:通期/山奥の一滴の水が渓流となり、大河となり海へと注ぎ、嵐とともに龍となって天へ還るという壮大な水の輪廻が、全長40メートルにわたり描かれた水墨絵巻。同館でも広げられるスペースが1カ所しかなく、全部が見られるのは数年に一度

また、展示の半ばで登場する「指定年表」にも注目です。この企画にあたり、作品がつくられた順番ではなく重要文化財に指定された順番に並べ直してみて、あらためてさまざまな発見があったそうで、「この70年の間に、コンスタンスに指定が行われていたわけではありません。明治100周年を迎えた1968年前後に指定が集中し、その後の80~90年代には近代美術が指定されていない空白地帯があります。この時期に日本各地で新たな美術館がたくさん開館し、近代美術の新しい研究が進みました。それ以降、どんどん指定が増えています」(大谷さん)

  • 初代宮川香山「褐釉蟹貼付台付鉢」1881(明治14)年 東京国立近代美術館蔵 展示期間:通期/なぜか壺の上に渡り蟹! 当時は“装飾過多”とされていた欧米向けの輸出工芸が、今や“超絶技巧”として評価されている

時代とともに評価の軸が広がり、多様化が進んで、重要文化財の指定のモノサシは現在進行形で変化しています。発表当時はなぜ問題作だったのか、どのような評価の変遷で重要文化財に指定されたのか。第一級の作品たちを通して、ぜひ日本の近代美術の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。

■information
東京国立近代美術館 70周年記念展「重要文化財の秘密」
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
期間:3月17日~5月14日(9:30~17:00 ※金土は20:00まで)/予約優先チケット(日時指定制)を推奨/月曜休※ただし3/27・5/1・5/8は開館/会期中に展示替えあり
観覧料:一般1,800円、大学生1,200円、高校生700円