2023年3月1日付でレクサスのプレジデントに就任した渡辺剛さんは、高等専門学校(高専)を卒業してトヨタ自動車に入社し、約20年にわたりエンジン畑を歩んだ生粋の技術者だ。高専出身からのプレジデント就任は前例がないとのこと。なんだか、夢のある話だ。2023年2月に開催されたレクサスの電気自動車(バッテリーEV=BEV)「RZ」試乗会で本人に話を聞いた。
今回の人事は予想外?
レクサス新プレジデントの渡辺剛さんは1972年生まれの50歳。群馬工業高等専門学校を卒業して1993年にトヨタ自動車に入社し、東富士研究所(静岡県裾野市)の配属となった。それからの約20年間はエンジンシステムを中心とする先行開発と同システムの量産車への展開に携わり、東富士と本社を行ったり来たりする技術者生活を送ったという。
レクサスに異動となったのは2012年のこと。車両企画として主にFR(フロントエンジン、リア駆動)系のクルマを担当した。「LC」の開発では、次期トヨタ社長の佐藤恒治さん(レクサスの前プレジデント)と一緒にプラットフォームから一連の開発に携わったそうだ。
LCの立ち上げ後、渡辺さんはレクサスの電動化に向け、2017年ごろから電動ユニットの開発や実際の電動モデルの企画、開発などを担当してきた。レクサスの新型BEV「RZ」についてはチーフエンジニアとして、開発の初期段階から見てきたという。
高専卒のチーフエンジニアですら珍しいのに、レクサスのプレジデントにまで昇格してしまった渡辺さん。今回の人事は当人にとっても驚きだったという。
「トヨタ入社以来、チーフエンジニアを目指して頑張ってきましたが、RZでようやく夢がかない、ようやくスタートラインという矢先に新たな役割が与えられました。今回の人事は全く予想していなかったですし、チーフエンジニアとしては『次のクルマをどうしようか』と考え始めていたところだったので、まだとまどっています」
高専卒でレクサスのトップになることについては、どう受け止めているのか。
「高専卒というキャリアは企業に入ると、悪くいえば中途半端なところもあって、先輩たちはなかなか、そういう機会(チーフエンジニアやプレジデントに就任する機会)がなかったとは思いますが、トヨタも変わってきています。学歴や年齢は関係なく、きちんと意志を持ち、役割を果たしていくことが重要であり、そのためにどんな役職が大事かと考えるようになってきました。今回の社長人事(佐藤前レクサスプレジデントのトヨタ社長就任)も新体制も、役割を持った人間がポストについて、物事を進めていくような形になっています。私自身も、そういう期待を受けての新たな役割だと思います」
内示の際、豊田章男トヨタ社長からは「乗ったら笑顔になれるようなクルマをどんどん作って」との言葉をもらったという渡辺さん。これからのレクサスについては「クルマを見てすぐにレクサスとわかる第一印象を持ち、乗ってタイヤが転がり始めた瞬間には『やっぱりレクサスって、こういうクルマだよね』と感じられるようなクルマを作っていきたいと思います。これからのクルマはもちろん、すでにお客様に乗っていただいているクルマについても、改良・進化を重ねていきたいです」と話していた。
レクサスはBEVに本気なのか? ズバリ聞いてみた
今回は渡辺プレジデントと話をする機会があったので、気になることを率直に聞いてみた。レクサスのBEVに対する本気度だ。
海外のプレミアムブランドはBEVのラインアップ拡充を急ピッチで進めており、日本にもドイツ製を筆頭にたくさんのBEVが入ってきている。一方のレクサスはといえば、これまでに商品化したBEVは「UX 300e」(既存のUXというクルマのBEVバージョン)1台で、立ち遅れているように見える。
レクサスはRZを近く発売する予定だが、このクルマでBEV普及に本腰を入れるつもりはあるのだろうか。言い方は悪いのだが、時代の要請や競合の状況を鑑みて、とりあえずBEVを発売しておくという側面はないのだろうか。渡辺さんの回答は以下の通りだ。
「商品に対して、これは本気、こちらは手を抜くといったようなことは一切ありません。開発は常に全力で行っています。レクサスの看板を背負って世に出るクルマなので、レクサスが販売するクルマのレベルに達していなければ、そもそも発売しません。それはUX300eのときでもそうでした。 BEVというものが現状、マジョリティーの商品として立っていける状況にあるかというと、必ずしもそうではありませんが、必要な領域(地域)が出てきているのも事実です。そこに、しっかりと商品を提供できるようになっていなければなりません。2025年あたりまでのフェーズは、市場の状況を見ながら、必要な商品を出していくという形になるかと思います」
失礼ついでに「BEVはビジネス的にどうなのか、赤字覚悟で売るのか」も聞いてみたところ、渡辺さんは「今のクルマと同じ利益率を上げるのは、現状の電池の価格を考えると、すごく難しいです。でも、赤字では成り立ちません」と話していた。
UX300e、RZと開発に携わる中で、渡辺さんはレクサスのEVについて大きな可能性を感じたという。
「BEVのシステムの特徴を考えると、すっきりとした素性、システムの使い方、走りの味付けなど、レクサスの商品にすごく合っているという思いもあります。電動化テクノロジーをクルマにどうやって使っていくか。レクサスが先行して、いろんな観点でシステム開発を進めて、しっかりとラインアップを広げていきたいです」
レクサスでは2026年を目標に、電池やプラットフォーム、クルマの作り方など、すべてをBEV最適で考えた「次世代のBEV」を開発する方針だ。どんなクルマになるのか。
「BEVのパッケージングを考えると、構成部品も含め今のクルマとは違うところがあるので、ゼロスタートで最も効率的なクルマ、最も効率的な生産の仕方を考えて、BEVにフォーカスした最もいいクルマの作り方を追求します。クルマのカテゴリーは、明確には限定していません。BEVの本格普及期に登場することが前提なので、広いレンジに効率的に対応できるようなクルマの構造も考えなければなりません」
渡辺さんは物腰が柔らかく、ついつい聞きにくいことも聞いてみたくなってしまう印象の人だった。レクサスの前プレジデントはトヨタの次期社長。渡辺さんも同じ道をたどれば、それもまた快挙だ。