そして今回の解析では、全部で75個の胃がんドライバー遺伝子が発見された(一部既知のものも含む)。何らかの治療法が知られているドライバー遺伝子を1つ以上持っている症例は全体の約24.6%に認められ、すでに胃がんに対して臨床で使用可能な治療薬がある症例は全体の約9.6%だったという。治療標的としては、免疫チェックポイント分子のゲノム異常、複数のキナーゼ融合遺伝子が同定され、新たな治療標的として有望と考えられるとした。

  • (上)アルコール関連の変異シグネチャーが多い胃がんのゲノム解析結果。(下)今回の研究で発見された新たな胃がんドライバー遺伝子。(a)びまん型胃がんで有意に異常が多い新規ドライバー遺伝子(PIGR並びにSOX9)。(b)特徴的なホットスポット変異を示す新規ドライバー遺伝子(TRIM49)。(c)「ARHGAP5」では489番目のアミノ酸に変異が集中しており、この変異とEGFR遺伝子増幅が共存していた

    (上)アルコール関連の変異シグネチャーが多い胃がんのゲノム解析結果。(下)今回の研究で発見された新たな胃がんドライバー遺伝子。(a)びまん型胃がんで有意に異常が多い新規ドライバー遺伝子(PIGR並びにSOX9)。(b)特徴的なホットスポット変異を示す新規ドライバー遺伝子(TRIM49)。(c)「ARHGAP5」では489番目のアミノ酸に変異が集中しており、この変異とEGFR遺伝子増幅が共存していた(出所:国がんWebサイト)

続いて、最近注目を集めるRNAスプライシング異常について、今回の大規模なゲノムデータと発現データを組み合わせることで、網羅的な解析が行われた。その結果、胃がんにおけるスプライシング異常はがん抑制遺伝子「TP53」と「CDH1」に最も高頻度に起こっていることが判明。それに加え、びまん型胃がんにおけるCDH1のスプライシング異常が特定の部位に集中していることが見出され、びまん型胃がんの発症においてCDH1変異は「ドミナントネガティブ(優性阻害)」として作用する可能性が明らかにされた。

免疫細胞はがん抗原を認識し、サイトカインの「インターフェロンガンマ」(IFN-γ)を放出し、がん細胞を攻撃する。IFN-γの刺激は、がん細胞上の受容体とその下流シグナル分子によって伝達される。高度変異胃がんでは、がん抗原提示に関わる分子、あるいはIFN-γ経路分子における機能喪失型変異やゲノム異常が70%以上の症例で認められた。こうした症例では、免疫チェックポイント阻害剤の効果が低い可能性が考えられるという。

  • (上から1段目と2段目)胃がんにおけるスプライシング異常の全体像。(上から3段目と4段目)高度変異胃がんにおける免疫関連遺伝子異常の頻度。(3段目)がん抗原の提示(HLA)やがん免疫反応(IFNG/JAK)に重要な遺伝子の異常が高度変異胃がんの約70%の症例で見られた(水色:コピー数欠失、オレンジ:フレームシフト変異、紫:ミスセンス変異、緑:ナンセンス変異、赤:スプライシング異常)。(4段目)胃がん細胞における免疫応答。抗原提示とIFN-γとその受容体の構造模式

    (上から1段目と2段目)胃がんにおけるスプライシング異常の全体像。(上から3段目と4段目)高度変異胃がんにおける免疫関連遺伝子異常の頻度。(3段目)がん抗原の提示(HLA)やがん免疫反応(IFNG/JAK)に重要な遺伝子の異常が高度変異胃がんの約70%の症例で見られた(水色:コピー数欠失、オレンジ:フレームシフト変異、紫:ミスセンス変異、緑:ナンセンス変異、赤:スプライシング異常)。(4段目)胃がん細胞における免疫応答。抗原提示とIFN-γとその受容体の構造模式(出所:国がんWebサイト)

さらに、発現解析データを用いて腫瘍内における免疫細胞の量や活性化についての評価が行われた。その結果、「HER2遺伝子増幅」などドライバー遺伝子の低免疫活性状態と相関し、一方で「PIK3CA変異」やクロマチン制御分子異常が高免疫活性化状態と相関することが解明された。全部で16個のドライバー異常が免疫状態と相関しており、これらは胃がんに対する免疫治療における新たなゲノムバイオマーカーとなる可能性があるという。

  • 免疫活性と胃がんドライバー遺伝子の関連。免疫活性が低い症例では「HER2」、「KRAS」、「TP53」といったドライバー遺伝子の異常が多く、一方で免疫活性が高い症例では「PIK3CA」やクロマチン制御分子の異常が多かった

    免疫活性と胃がんドライバー遺伝子の関連。免疫活性が低い症例では「HER2」、「KRAS」、「TP53」といったドライバー遺伝子の異常が多く、一方で免疫活性が高い症例では「PIK3CA」やクロマチン制御分子の異常が多かった(出所:国がんWebサイト)

研究チームは今回の研究によって、これまで発症要因が不明だった予後不良なびまん型胃がんについて、飲酒およびアルコール代謝関連酵素の遺伝子多型が重要な危険因子であることが解明されたとする。そして今後、飲酒に関連するゲノム異常がどのように発生するのかを詳細に検討することで、びまん型胃がんの予防につなげていくことが期待されるという。

また、びまん型胃がんを含め、日本人胃がんにおける治療標的となるドライバー遺伝子や免疫療法の予測因子となりうるゲノムバイオマーカーの全体像が解明されたとし、これらのデータが今後、日本人における胃がん治療法開発や予後改善に貢献することが期待されるとしている。