『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の家康のことを、第9回で、武田の間者であった千代(古川琴音)が「私がこれまで見た将のなかでも最も肝の小さいお方かと」「ただし、そのことを己自身が誰よりもよくわかっておられる」と報告し、武田信玄(阿部寛)は「面白いな」と興味を持つ。才能は織田信長に及ばず、肝が小さい。でもその自覚を持っている。

  • 『どうする家康』本多正信役の松山ケンイチ

決して自分を過信していない人物だから、他者の話に耳を傾けるのだ。第9回では、鳥居忠吉(イッセー尾形)に「主君たるものは家臣を信じるしかない」あるいは「謀反の疑いが少しでもある者を、ことごとく殺すこと」と説かれる。

謀反を起こした夏目広次(甲本雅裕)を家臣たちの声を聞いてお咎めなしにして、本多正信(松山ケンイチ)は命を助け追放に処す。いつも困った顔と声であたふたしているように見えながら、家康はなんだかんだでみんなの言い分をちゃんと聞いているのである。これはなかなか難しいことで、世の中、これ! と決めてしまったほうがわかりやすい。たとえ、良くないことでも決めて実行したほうが勝ち。

直近の大河ドラマをたとえに出すと、源頼朝や北条義時は、疑い深き者や今後の自分たちのやり方を邪魔する不安のある者をあらかじめ潰していく選択を行った者たちである。『鎌倉殿の13人』では、義時のやっていることは良いことではないながら、すべては息子を守るためという解釈にして、これまで悪役的に思われていた人物の評価を変えた。歴史を使った物語としては非常にテクニカルで面白い。が、登場人物の行いは褒められることであろうか。

一方、『どうする家康』の家康は、これではダメだ、この人、どうしたらリーダーらしくなれるのだろう、と考えを促される。

いまのところは家康を守って無残に死んでいく者たちも多い。戦争の場面は相変わらず、容赦なく、人が殺されていく。敵も味方も関係なく、どちらも残酷だ。正信は家康に「殿は、阿弥陀仏にすがる者たちの心をご存知ない。毎日たらふく飯を食い、おのれの妻と子を助けるために戦をするようなお方には……。日々の米一粒のために殺し合い、奪い合う者たちの気持ちはおわかりにならぬのでしょう」となかなかきついことを突きつける。庶民は、飯も食べることがままならず、おのれの妻と子を守ることすらできない。食べ物や家族という最低限を守ることすら贅沢な状況をこのまま見過ごしていいものか。

家康を堂々と批判した正信を演じる松山ケンイチに説得力があった。主役もできるが、主人公に相対する人物を演じさせてもすごく光るのは、出世作『デスノート』(06年)のLから変わっていない。

このとき主人公・夜神月を演じたのは藤原竜也で、蜷川幸雄さんに大事に育てられた天才に、デビュー5年目の新人ながら存在感で食われることはなかった。Lは頭脳派の探偵で、デスノートを使って自分に都合悪い人物を亡き者にしていく夜神を追い詰めていく。もちろん、原作漫画のインパクトある風貌と、すばらしい物語あってではあるが、それを見事に立体化した松山の手腕。あまりの人気で『L change the WorLd』というLのスピンオフ映画まで制作されたほどだった。

若くして天才的に技工派だった松山が、最近は「見せる技術に頼るのではなく、心の中に自然と生まれてきたものをそのまま出せるようにしたいと思っています。ちょっと“素人化”したいっていう気持ちがあるんです」と語っている。(松山ケンイチ「この作品の家族の形にすごく影響を受けそう」~『hana-1970、コザが燃えた日-』インタビュー 2020年12月 イープラスSPICEインタビューより)

一周して、違うところに挑んでいるようで、放送中の金曜ドラマ(TBS系)で演じる実直な刑事の気負わない感じは自然な印象を受ける。一方、『どうする家康』は得意の技巧で、屈折した策士・正信のインパクトを出しつつ、実はナイーブという部分を飾らずに演じていた。

正信の少年時代、仲良くしていた農家の娘・玉が戦の乱取りで敵に連れ去られて、再会したときにはただただ仏にすがりながらあの世にいってしまったことを目の当たりにして、世の中を斜めに見るようになっている。第9回のこの流れは惜しいかな、かなり駆け足で描かれたものの、松山の力で、状況はよくわからなくても感情が十分過ぎるほど伝わってきた。

正信から批判されても、家康は彼を処分せず、追放するだけという懐の大きさを見せる。自分の弱さをごまかすために他者を亡き者にすることを選ばない。広い目で見れば、戦で多くの民を殺してはいるのだが、そんな世の中を「汚れた世の中」と捉え、浄土に変えようという大それた試みに挑もうとするのである。

『どうする家康』の面白さは、三河の家康と一向宗との闘いに、武田が介入していることだ。三河を狙う勢力がいて、千代を使って2者の対立を煽り、混乱を極めた。世の中を牛耳ろうとする巨大な力から、誰もが普通に食べること、大切な人が奪われていく。ささやかな生活を守ることができるにはどうしたらいいのか、考えを促す物語は、今の時代だからこそ生まれたのではないか。

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