第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)は、渡辺明名人への挑戦者を決めるプレーオフの藤井聡太竜王―広瀬章人八段戦が3月8日(水)に東京・将棋会館で行われました。対局の結果、角換わりの熱戦を125手で制した藤井竜王が自身初となる名人挑戦を決めました。

水面下の角換わり研究

振り駒で先手番を得た藤井竜王は得意の角換わり腰掛け銀に誘導します。対して後手の広瀬八段は中央に腰掛けた銀をいったん自陣に引き戻す作戦を採用。プロ間で主流となっている対応のひとつで、自陣の隙を消しつつ先手の仕掛けを待つ方針です。間合いのはかり合いが続いたのち、先手の藤井竜王が単騎の桂跳ねを決行して局面は中盤戦に突入しました。

藤井竜王の跳ね出した桂はやがて後手の歩に取られる運命にありますが、代償として後手の桂頭を攻める狙いが生じています。これを嫌った広瀬八段が自陣角を打って桂頭を守ったとき、先手の藤井竜王は一転して自陣の右金を前線に繰り出す方針を打ち出しました。後手に不自由な角を打たせたことに満足して、棒金の要領で2筋を攻める大局観です。

難解な垂れ歩の応酬

局面は同一の実戦例がない展開ながら、広瀬八段は一昨年の公式戦(朝日杯・梶浦宏孝七段戦)で後手を持って類型を経験しています。対する藤井竜王も早いペースで指し手を進めていましたが、中盤の難所を前に本局初となる長考を記録しました(48分)。やがてひねり出した3筋への垂れ歩は、次に打つ角打ちの王手をより厳しくするための下準備です。

局面は「藤井竜王の攻め対広瀬八段の受け」という構図で進展しています。藤井竜王からの垂れ歩の攻めを見た広瀬八段は、90分の長考のすえ先手の飛車の利きを遮る垂れ歩の受けで応戦しました。「大駒は近づけて受けよ」の格言通りを地で行くこの手筋によって盤上右辺での攻防は一段落を迎え、ここから広瀬八段待望の反撃が始まりました。

一手勝ちを読み切る

戦いは夜を迎え、盤面全体を使った攻め合いはさらに激しさを増しています。歩の手筋の連続技で先手の囲いを乱した広瀬八段が遊び駒の自陣角を活用して力を溜めた局面が、本局における最大の山場となりました。手番を得た藤井竜王が桂を打って王手をかけたのに対して広瀬八段は1分の考慮で玉を1筋に逃げましたが、この手が問題。感想戦で後手としては玉を3筋に逃げて戦いを長期化させるのが有力とされました。その後に控える粘りの桂打ちを広瀬八段は軽視したようです。

1筋に逃げることを選んだ広瀬玉に対し、藤井竜王は的確な攻めを用意していました。持ち駒の金を筋悪く敵陣二段目に打ち込んだのがそれで、広瀬八段が攻め駒として期待していた桂を受けに使わざるを得ないのを見越しています。一歩抜け出すことに成功した藤井竜王は、その後も追いすがる広瀬八段の反撃をかわして一手勝ちを読み切りました。

終局時刻は23時45分、自玉の詰みを認めた広瀬八段が駒を投じて熱戦に幕が引かれました。勝った藤井竜王は加藤一二三九段の20歳3か月に次ぐ二番目の若さでの名人挑戦を決めました。局後開かれた記者会見で、藤井竜王は「大舞台にふさわしい将棋を指したい」と抱負を語りました。渡辺名人との間で争われる名人戦は4月5日(水)に東京都文京区の「ホテル椿山荘東京」で開幕します。

  • 谷川浩司十七世名人の持つ最年少名人の記録(21歳2か月)の更新にも注目が集まる(提供:日本将棋連盟)

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水留 啓(将棋情報局)