GNNは、深層学習の対象物を、多くの頂点とその間を辺とする「グラフ」としてモデル化する。先行研究のGNNモデルでは、1つ1つの原子をグラフのノード(頂点)、隣接する原子同士の関係をエッジ(辺)として捉え、シミュレーションの結果得られる原子の時間経過後の移動距離を学習させたという。そこで研究チームは今回、グラフのノードにおける原子の移動距離に加え、グラフのエッジ上での隣接する原子間距離の変化も学習するよう、根本的な改良を加えたGNNモデルを開発することにしたとする。同研究チームはこの新たなモデルをBOTANと命名された。

  • GNNの概念。GNNは、対象物をノードやエッジなどの要素からなる「グラフ」として捉えたデータを扱うためのニューラルネットワークの一種。GNNは、グラフ上の要素の特徴量を学習して変化の推定などを行う

    GNNの概念。GNNは、対象物をノードやエッジなどの要素からなる「グラフ」として捉えたデータを扱うためのニューラルネットワークの一種。GNNは、グラフ上の要素の特徴量を学習して変化の推定などを行う(出所:東大Webサイト)

先行研究で開発されたモデルとBOTANとの予測の正確さの比較を行ったところ、先行研究と比べてBOTANは遥かに正確にシミュレーション結果を予測できていることが確認された。具体的には、先行研究よりも20~50%ほど予測誤差が小さく(平均自乗誤差による評価)、短時間から長時間まで安定して高い精度で予測できることが示されたとする。

  • シミュレーション結果とGNNによる予測の比較。左からガラスの原子の運動のシミュレーション結果、先行研究による予測、BOTANによる予測の図。各原子が最初の位置(白丸)から、より大きく動いている部分がより赤く表示されている

    シミュレーション結果とGNNによる予測の比較。左からガラスの原子の運動のシミュレーション結果、先行研究による予測、BOTANによる予測の図。各原子が最初の位置(白丸)から、より大きく動いている部分がより赤く表示されている(出所:東大Webサイト)

今回の研究では、新たに原子間の距離の変化が採用されたが、これはガラスの原子の熱運動でできる歪みの分布を直接的に反映する量だという。これにより、先行研究では採用できなかった近くの原子の動きとの関係(協同性)までGNNが理解することで、これまでにない精度で原子の運動を予測することが可能になったとする。

ガラスの状態を取る金属やセラミックスは、ハードディスクの基盤や燃料電池の電極などとして用いられており、高機能材料として必須の存在だ。今回開発されたBOTANは、原子の長時間の運動を特徴づけられることから、ガラスを利用した材料の強さ・伸びやすさなどといった力学的性質の予測に直結するという。さらには、逆に望まれた性質を実現する材料の構造を推定するための手法として利用できる可能性もあるとしている。

またデータ科学の視点からは、物理的性質に注目した形でのモデル開発が、深層学習の性能を飛躍的に向上させる鍵であることが、今回の研究により示されたという。

物理現象の研究では基本法則が確立されている部分が多く、データ科学の手法の適用はあまり進んでいないというが、今回、多数の要素が相互作用する物理系のモデリングに、データ科学の最新手法であるGNNが有効であることが示されたことで、さらにさまざまな物理現象に適用されていくことが期待できるとした。