「仕事の頑張り時」と「出産時期」。どっちを優先しようかと、考えている人も少なくないのではないでしょうか。ただできれば、どちらもという選択肢を選びたいところですよね。今回は、"キャリアも出産も"両立させる「卵子凍結」という選択肢について紹介したいと思います。
「卵子凍結」というワードは耳にしたことはあっても、イメージがわかない人もいるはずです。そこで今回は卵子凍結のギモンを、年間約5000件もの体外受精を実施している浅田レディースクリニック理事長 浅田義正先生に話を聞いてきました。
■卵子凍結ってどんなもの?
卵子凍結とは、その名の通り受精前の卵子を凍結し保存することです。ホルモン剤で卵子を育てる"卵巣刺激"、卵巣から卵子を取り出す"採卵"、凍結しマイナス196度の液体窒素タンクで保存する"凍結保存"のステップを経て、卵子凍結をしていきます。その後、子どもが欲しいタイミングで凍結保存していた卵子を使って体外受精を行い、妊娠を試みるのです。
先生によると、もともと卵子凍結は、卵巣機能を失うリスクが伴う"がん患者さん"を対象として、「医学的適応」と言われる卵子凍結を行うことが多かったそうです。ですが近年、女性の社会進出などを背景に晩婚化が進行。がんを患った人ではなく健康な女性が、将来の妊娠にそなえて若いうちに卵子凍結しておく「社会的適応」の認知度も高まってきています。
この卵子凍結の区別に関して浅田先生は、「がん患者だけでなく世の中には、重症の子宮内膜症など婦人科疾患に悩んでいる人、再生不良性貧血や自己免疫疾患を有する人がいます。そのような人も、将来を見据えて卵子凍結をしてもいいと思うのです。がんかどうかで"医学的適応"か"社会的適応"かの線引きをするのではなく、"計画的な卵子凍結"として考えてもいいのでは」と自身の見解も伝えてくれました。
■卵子を保存するメリット・デメリットって?
では、卵子凍結にはどんなメリットがあるのでしょうか。浅田先生いわく一番は「卵子の老化を防げること」だと言います。
「卵子のもとである"原始卵胞"は女性が生まれる前にお母さんのおなかの中で一度だけ作られ、それ以降増えることはありません。塩や砂糖のかたまりが少しずつ外側から溶けていくように、卵子も年齢とともに少しずつ減少・老化していくのです。卵子としての機能、特に受精後の機能障害が、加齢とともに少しずつ増えていき、その後の細胞分裂や染色体分離などがうまく進まなかったりするため、結果的に妊娠しづらくなるのです」。
年齢とともに妊娠率というものは徐々に低下し、35歳ごろからは顕著にその低下が見られるそうです。卵子凍結は加齢によっておこる、卵子の老化を防ぎ、凍結時年齢の妊娠率のまま維持することができるのです。
一方で、知っておくべきデメリットについても尋ねると、採卵時の出血や、卵巣刺激によって排卵後に卵巣が腫れて大きくなるとともに、おなかに水がたまったり、重症の場合には血栓症を引き起こしたりする疾患卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などのリスクを指摘。まれなことであるとしつつも、念頭においておくべきリスクとのことです。
続けて、"採卵に痛みが伴うこともデメリットでは?"と聞いたところ、「それについては誤解されている部分があります。静脈麻酔をかければ、痛みの伴わないかたちで採卵することができます。ただ、病院によっては、無麻酔・局所麻酔で採卵を行うことも。そうすると、痛みを感じることがありますね」と説明。
この違いは「医師の考え方や、病院が持っている設備、人材による」とのこと。病院によってどのような違いがあるのかは、事前に確認しておくことが重要でしょう。
■時期はいつがベスト?
卵子凍結はいつすればいいのでしょうか。
「卵子は年々老化するため卵子凍結はより若い方が良いですが、遅くとも35歳くらいまでには凍結した方が良いでしょう。また、1人の赤ちゃんを出産するためには30~34歳の場合、卵子は12個ほど必要になってきます」。
では凍結した卵子はいつごろまでに体内に戻すべきなのでしょうか。ギモンをぶつけてみました。
「大前提として凍結後、保存した卵子自体が古くなることはありません。ただ、保存した卵子を体内に戻して妊娠・出産をする必要があります。妊娠中は血液の量が通常よりも1.5倍になり、その分だけ心臓にも腎臓にも大きな負担がかかるわけです。年齢を重ねれば重ねるほど、妊娠・出産に体が耐えることができなくなってきます。そのため、45歳ぐらいまでに卵子を戻した方がいいでしょう」。
■費用はいくらぐらい?
現在、卵子凍結は自費診療となるため、施設によって費用は大きく異なるそうです。卵子凍結を行うには、検査・卵巣刺激・採卵・未受精卵の卵子凍結費用、それに加えて、保存料もかかってきます(浅田レディースクリニックの場合は、38万円~)。特に採卵費用は高額のため、きちんとした刺激をして、一度の採卵でたくさんの卵子を採ることができるクリニックを探した方がいいとのこと。
また、公的な助成金や保険適用については、同クリニックが把握している限り、がん患者さん(妊よう性温存)を対象とした"医学的適応"以外には公的なサポートはないというのが現状だそうです。しかし、東京都では2023年度に健康な女性の"将来の妊娠出産にそなえる"ための卵子凍結保存支援として、調査への協力を前提に、費用面での負担が軽減される予定です(23年度は200人の利用を想定)。
これでも十分とは決して言えない状況ですが、社会が女性のキャリアと産みどきについて少しずつ注目し始めているようです。
■女性の選択肢を広げる卵子凍結
続いて、卵子凍結をする女性にはどんな方がいるのか尋ねてみました。すると、「女性アスリートも多いですね」との回答が。最近では、ソチ五輪で日本女子スノーボード界初のメダルを獲得した竹内智香選手も卵子凍結したことを公表。
体の変化が成績に直結する女性アスリートは、選手としての活躍時期と妊娠・出産の適齢期という壁に挟まれ悩む人も少なくありません。そこで、卵子凍結を選択し、アスリートとしてのキャリアを歩みつつ、後に妊娠・出産をする人もいるようです。
しかしながら、これは決してアスリートに限ったものではなく、女性の社会進出が進んだ昨今、キャリアと産みどきについてジレンマを感じる人も多くいるはず。そんな女性たちにむけて、浅田先生は卵子凍結をこう表現します。
「卵子凍結はキャリアと妊よう性の保存です。自分の子どもを産める可能性を残しておけること、そして、キャリア形成において大事な時期を逃さず、人生設計をある程度自分で組むことができる手段と言えるでしょう」。
もちろん、卵子凍結が将来の妊娠・出産を100%保証してくれるものではありません。ですが、卵子凍結によって女性の選択肢が広がったり、心の余裕につながることがあるでしょう。
最後に浅田先生は、「今の時代、キャリアか出産かの二者択一ではありません。仕事も出産も、どちらも追い求めたらいいんです」と、伝えてくれました。