■書くことを生業としていても、アナログ筆記具は滅多に使わない
“書く”とはもともと、手で握ったペンや筆など筆記道具の先を紙などの筆記材料にこすりつけ、インクなどの物理的な痕跡で文字を一つずつ記していく、至ってアナログな行為を指す言葉だったはずだ。
だが現代では、筆記道具や筆記材料を使わず、デジタル媒体にデータとして言葉や文章を能動的に入力・記録することも、“書く”と表現するようになっている。
学校を卒業後ずっと編集者として仕事をしてきた僕だが、今は実質、仕事内容の9割以上が文章を書くことである。
そして現代人である僕が仕事で何かを“書く”場合、当然ではあるが、使うのはもっぱら電子機器類であり、筆記道具はほとんど必要としない。
それでも筆記道具にそれなりのこだわりがあり、長年愛用しているアイテムがある。
今回はそんな僕がペンケースの中に常に入れている、3本のペンを紹介しよう。
■1本目『Apple Pencil』(第二世代)
のっけから従来の“筆記道具”の範疇から外れるのだが、現在の僕がもっとも頻繁に使うペン類なので、最初に紹介しなければならない。
編集者兼ライター・コラムニストである僕は仕事柄、ゲラに目を通して修正点などを書き記す校正作業をすることが多い。
以前は確認用のPDFをいちいちプリントアウトし、赤ボールペンで紙に朱入れをしていたのだが、最近はiPad上で校正作業を完結させるようにしている。
PDFをGoodNotesやMetaMoji Noteなどのアプリで呼び出し、『Apple Pencil』で修正点を書き入れるのだ。
『Apple Pencil』のペン先はサードパーティのものに交換していて、細かい文字や校正記号を書くのに適した金属製の極細タイプにしている。
これだと純正のペン先よりも書き込みたいポイントへ正確にタッチしやすいし、細かい文字をきれいに書くこともできる。
iPadアプリと『Apple Pencil』を使えば、文字の太さや色を好きに選んで書き込むことができるし、書き直しやコピペも自由自在。
校正は捗りまくるので、もうボールペンを使ったアナログな作業に戻ることはできないだろう。
■2本目 プラチナ『プレスマン』
最近は、アナログなノートや手帳の類もほとんど使わなくなった。
打ち合わせ時のメモなどは、iPadカバーを兼ねている『Smart Keyboard Folio』を使い、iPadのメモアプリに入力するようにしている。
だが、打ち合わせ内容によっては、プリントアウトしたレジュメを渡されることがあり、その場合は紙面に手書きでメモをする方がいい。
そんなときにペンケースから取り出すのが、『プレスマン』である。
1978年発売のロングセラー商品で、新聞・雑誌記者や速記者から長年愛されている『プレスマン』は、現場で時間に追われつつ文字を書き続けるハードな状況を想定して開発されたシャープペンシル。
通常の0.3mmや0.5mmよりもずっと太い、0.9mmの芯を用いるので、僕のような筆圧の強い人が使っても、簡単には芯が折れない。
それに、芯の長さは通常の60mmではなく100mmあるので、切り替えは最小限で済む。
僕はこの『プレスマン』を、編集者になりたてのころからだから、かれこれ30年も使い続けている。
ずっと定番の黒を使っていたが、最近はちょっとおしゃれな印象の白がお気に入りだ。
■3本目 モンブラン『マイスターシュテュック プラチナライン クラシックP145』
そして最後は、泣く子も黙るドイツの高級筆記具ブランド、モンブランの『マイスターシュテュック プラチナライン クラシックP145』。
マイスターシュテュックというのは、モンブランでもっとも有名な、定番筆記具シリーズである。
新品で確か7万円前後もした万年筆で、10年ちょっと前に一大決心をして買った。
僕が持っている筆記具の中ではもっとも高価であり、一生物と思って大切にしている。
仕事ででかけるとき、僕はこの万年筆を必ず持っていくようにしていて、うっかり家に忘れてくるとちょっと気持ちが落ち着かなかったりする。
だが、よく使っているのかといえばそんなこともなく、たまに封書に宛名を書いたり、書類にサインをしたり、メモをしたりする程度。
おかげで、家にある3本のインクは一向に減らない。
ペン先も全然悪くならないので、きっとノーメンテで死ぬまで使うことができるのだろう。
■椎名誠さんが長年愛用する“筆記具”は、20年以上前のワープロ専用機
ここでいきなり話は変わるのだが、椎名誠さんのエッセイ集『失踪願望。コロナふらふら格闘編』(集英社 2022年11月刊)を読んでいたら、20年来の相棒であるワープロ、富士通の「OASYS」が壊れてしまった顛末が書かれていた。
ワープロ「OASYS」とは懐かしい響きだ。
それもそのはず、「OASYS」は遙か20年以上前の2001年に生産を終了しているワープロだ。
椎名さんは愛用機が廃盤になることを知ったとき、四台をまとめて購入。
その後も知り合いから譲ってもらったりしつつ、今までずっと使っていたのだそうだ。
しかしついに手元の「OASYS」がすべて壊れてしまったため、修理に出していた約2カ月間、椎名さんは仕方がなく手書きで原稿用紙を埋めていた。
でも久しぶりの手書きも悪くはなく、書き終わって原稿用紙をトントンと揃えると、仕事をしたなあという気分になってビールがうまい! となったそうだ。
椎名さんはもっと昔のエッセイで、ワープロを導入する前は旅先にも原稿用紙を持っていき、ホテルの部屋やテントの中で執筆していると書いていた。
それを読んだ若かりし頃の僕は強く憧れ、もしいつか自分も書く仕事をするようになったら、旅先に原稿用紙と万年筆を持っていき、ホテルの部屋の窓から海を見ながら、あるいはテントの中で風の音を聞きながら執筆に勤しみ、仕事を終えてビールなど飲んでみたいよなと思っていた。
椎名さんと自分を並べるなどまったくおこがましいが、現在は僕も曲がりなりにも文章でお金を稼いでいて、また仕事で旅をすることも多い。
でも、旅先で書き終えた原稿用紙をトントン、ビールをプハッとすることはない。
旅先で仕事をするとき、使うのは常にiPadと『Smart Keyboard Folio』だからだ。
ソファやベッドに寝転がり、iPhoneにフリップ入力で書くことも多い。
さらに最近はそれすらもせず、ここのところ格段に精度があがった音声入力を使って書くこともある。
iPhoneのマイクに向かって「なんたらかんたらテン、うんたらかんたらマル、改行」などとブツクサ言ってるこの行為も、果たして“書く”とか“執筆”などと呼んでいいのかどうか、ちょっと自信がない。
そして僕は下戸なので、文章を書き終わって“保存”のアイコンをポチッとしたあと飲むのはビールではなく、ドクターペッパーやカルピスウォーターである。
馬鹿な頭をフル回転させて何かを書いた後は、やっぱり脳が糖質を欲するようで、ダイエット的に禁忌としている甘い飲み物を、そのときだけ解禁することにしているのだ。
まあいずれにしても、思い描いていた理想とは大きな隔たりがある現実という話だ。
■宝の持ち腐れと言われようとも、愛するモンブランの万年筆はいつも持ち歩く
僕の文章には脱線が多いのだが、いい加減「お前は何を言いたいのか」というツッコミが入りそうなので、本題に戻そう。
と言いつつもまだ椎名誠さんのことを書くのだが、椎名さんはかつて、手書きからワープロへと移行する苦悩もエッセイに書いていた。
ワープロへの不信感が強く、なかなか手書きをやめられなかったようだが、今では手書きから移行したワープロが手放せなくなっているというのが面白い。
翻り、僕の“書く”という作業には、椎名さんに見られるような道具に対するこだわりが存在しない。
何しろ、寝転がりながらiPhoneへの音声入力で良しとしているのだから。
だから僕にとってアナログの筆記具というのは、もはや仕事道具というより趣味性の高いアクセサリーのようなものなのだ。
どうせアクセサリーなのだから、いっそすごく良いものが一つ欲しいと思い、10年近く前に思い切って入手したのが、モンブランの万年筆だったのである。
文章を書く者、あるいは書物を編集する者としての矜持というかアイデンティティというか、なんかそんなものを、この万年筆に込めたいのかもしれない。
まったく、宝の持ち腐れもいいとこなのだけど。
文・写真/佐藤誠二朗