トヨタ自動車の新型「プリウス」は従来のモデルと一線を画すデザインが売りだが、中でも目を引くのは「Aピラー」の角度だ。フロントガラスのサイドにある柱のことだが、普通のクルマに比べてプリウスのAピラーは角度が鋭角すぎる(寝すぎている)ように思える。どうしてこのようなデザインになったのか、開発陣に聞いてみた。
先代「プリウス」の屋根をぶった斬って考えた?
5世代目となる新型プリウスが「カッコいい!」といわれている最も大きな要素は、普通の乗用車のものとしては“寝すぎ“とも思えるAピラーの角度だろう。その傾斜角の強さは数値としては公表されていないものの、ほかのトヨタ車の中でも、いやいや数あるスーパーカーを含めてもトップクラスにあるのは間違いない。どのような経緯を経て実現したのか。トヨタデザイン部の廣川学グループ長に聞いた話を基に解説していきたい。
まず、Aピラーを寝かしすぎるとフロントの乗降性が悪くなるのは間違いない。乗り降りする際、Aピラーが低い位置にあると、頭をぶつけないよう気を付けて低い姿勢を取る必要があるからだ。
トヨタにはAピラーと乗降性に関する社内的な数字の指標があって、「セダンだとこれくらい」といった感じの目安があるのだそうだが、数字だけではイメージしづらいので、新型プリウスでは開発初期段階において、トヨタ車だけでなく競合他社のクルマも集め、乗降性を比べてみたそうだ。それでも不満だったのか、プリウス開発陣はなんと先代プリウスのAピラーを改造し、角度と高さを確かめることができる実車改造車を作ったという。
具体的には先代のAピラーを切って、そこに別に加工した部品を取り付け、車両の前側半分だけを再現。その部材としては、簡易的な検証ということもあって樹脂を使い、3Dプリンターで制作したそうだ。Aピラーの角度を1mm単位で調整できる可動式のものだったという。
このAピラー実験車両ではデザイナーをはじめ、設計者や営業担当などさまざまな部署の人が入れ替わり立ち替わり乗り比べ、どこまで角度を寝かせられるかをギリギリまで検証。もちろんドライバーの身長には大小があるし、新型プリウスは北米でも売るクルマなので、身長の高い人の意見も参考にしながら、最後は180cm超のドライバーでも「スムースではないがNGではない」という絶妙なポイントに落ち着かせ、踏ん切りをつけたという。実際に乗ってみたが、170cmの筆者くらいであれば全く問題なく乗り降りできた。
Aピラーを寝かせればフロントガラスも寝てしまうので、運転席からの視界に影響が出そうなものだ。そのあたりについて聞いてみると、新型プリウスでは前方の路面や左右の視界を確保するため、アウターミラーの位置を少し後ろに下げ、ミラーとフロントガラスの間に台形ガラスを入れて、そこから斜め前方が見えるようにしてある。さらに、顔に近いところにくる太いピラーが気にならないように黒の樹脂パーツをはめ込み、細く見えるような工夫もなされているそうだ。下の写真は前方の低い位置から撮ったのだが、Aピラーの根元にドライバーの顔が写っている。つまり、ドライバーからも間違いなくこちらが見えているのだ。
シルエットを大幅に変更! 燃費に影響は?
もうひとつ、新型プリウスで大きく変わったところといえば、横から見たときのシルエットだ。プリウスは2世代目から「モノフォルムシルエット」を踏襲してきており、サイドから見ると3角形になるデザインが特徴だった。特に4代目の時には、燃費のために空力を最優先するという意味で、三角形のピークの位置を車体の中央より前方に持ってきていた。整流された空気を綺麗に流すためには、ピークから後ろの角度をゆるやかにし、長さをできるだけ確保した方がいいからだ。
一方、新型は「とにかくプロポーションをよくしたい」という考えで開発が進んだクルマだ。デザインスケッチではAピラーの角度を思いっきり寝かせたため、三角形のピークの位置がこれまでよりも後ろ側に下がってしまった。その結果、空気抵抗係数を示すCd値では、先代よりも少し悪化するという結果になってしまっている。
しかし、実際のクルマが持つ空気抵抗(CdA)はCd値×前面投影面積で算出するもの。全高が30mmも下がっている新型プリウスは、上記の掛け算をしてみると、数字的には先代並みくらいで収まったそうだ。今までのプリウスは「燃費No.1」が大前提だったけれど、今回は「燃費はトップレベル」という風に、ちょっと言い方が変わっている。これにより、デザインで大胆に攻めることが可能になったようだ。