ソニーのコンシューマー向けオーディオ・ビジュアル製品の中で、最も広くその名が知られている“ウォークマン”。1月27日には新シリーズ「NW-A300」が発売されました。CDを超える高音質なハイレゾ再生だけでなく、Androidに対応する音楽アプリの楽曲も“いい音”で聴けます。
約3年ぶりに登場した新しいウォークマンAシリーズの魅力について、商品企画に携わったソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 モバイルプロダクト事業部 プロフェッショナルオーディオ事業室 プロダクトプランナーの田中光謙氏にインタビューしました。
幅広い音楽ファンに人気のAシリーズに、新機種登場
NW-A300はAndroid搭載のハイレゾ&ストリーミング再生対応ウォークマンです。ソニーストアの直販価格は46,200円(32GBモデル)から。現行のAndroidウォークマンの中ではエントリーモデルに位置づけられています。同シリーズの詳細は、工藤寛顕氏によるファーストインプレッションや、発表時のニュース記事もあわせてご覧ください。
筆者はスマートフォンと2台持ちをしながら、旅行など外出先で手軽に高音質なサウンドが楽しめるウォークマンAシリーズが好きです。ソニーが2019年に発売したウォークマンA100シリーズでは、エントリーのAシリーズとして初めて無線LAN接続機能とAndroid OSを搭載し、ストリーミング再生に対応しました。
そのため、バッテリーの持続時間が従来のウォークマンAシリーズよりも長続きしないことが発売後から指摘されていました(筆者のA100シリーズのレビュー記事はこちら)。なお、2020年2月にはソフトウェアアップデートによって、バッテリー持ちの改善が図られています。
最新のA300シリーズでは音質、バッテリー持ちなどさまざまな要素がA100シリーズに比べて強化されています。歴代モデルの商品企画に携わってきた田中氏にAシリーズの魅力を聞きました。
「屋外を移動しながら手軽にいい音が楽しめる携帯音楽プレーヤーとして、ウォークマンは独自の立ち位置を築いてきました。AシリーズがAndroidを搭載してストリーミング再生に対応してから、一部の音楽配信サービスがハイレゾやロスレスによる高音質配信や、360 Reality Audioのような立体音楽体験に対応したことも追い風だと感じています。最新のA300シリーズもまた、ウォークマンのキーコンセプトである『持ち運びやすさ』をキープしながら、妥協のない高音質再生を追求しています」(田中氏)
バッテリー持ちが大きく改善! どうやって実現した?
2019年に発売されたウォークマンA100シリーズはストリーミング再生に注目が集まったことから、従来のウォークマンユーザーが多く買い換え・買い増したそうです。
一方で、CDのコレクションをPCに取り込み、ウォークマンに転送して純正音楽プレーヤーアプリの「W.ミュージック」で聴くスタイルが中心というユーザーも多く、田中氏は「A300シリーズではストリーミング再生の使い勝手と基本の音質、両方の向上に腐心してきた」といいます。
A300シリーズはバッテリーの持ち時間を長くすることで、無線LAN経由によるストリーミング再生時の使い勝手を高めています。A300シリーズではW.ミュージックアプリの利用時で最大36時間、ほかの音楽サービスアプリの使用時は最大26時間としました。A100シリーズではW.ミュージックアプリでMP3 128kbpsのファイル再生時でも最大26時間だったので、スペックの差は歴然としています。新製品のA300シリーズではなぜ、バッテリーの持続時間を改善できたのでしょうか。
「プラットフォームから大きく変更しました。省電力性能の高いクアルコムのモバイル向けSoC(システムICチップ)を搭載し、さらにソフトウェアもミドルウェアの段階で設計のカスタムチューニングを行い、ストリーミング再生時に消費される電力を低く抑えました。バッテリーも音質とスタミナのバランスを図りながら、A300シリーズに最適なものを厳選して搭載しています」(田中氏)
駆動時に消費する電力が少なく抑えられると、その結果としてオーディオブロックの周辺が安定して音質にも良い影響が期待できます。SoCの省電力性能が優秀であることから、デバイスが待機時に消費する電力も低くなった、と田中氏は説明しています。
さらにデフォルトの設定ではオフになっている「自動電源オフ」の機能を活用すれば、ウォークマンの画面消灯後しばらく操作が行われていない状態が続くと、自動で電源をシャットダウンします。いざ音楽を聴きたいときにウォークマンのバッテリーが切れている……といった不便も、これで未然に回避できます。
新旧ウォークマンAシリーズのサウンドを聴き比べる
筆者は今回、新旧のウォークマンAシリーズを聴き比べてみました。新しいA300シリーズは基本の音質性能が大きな飛躍を遂げています。
音のフォーカスは鮮鋭度が増し、輪郭線がより力強く立体的に描かれます。ただ、むやみな強調感はありません。ボーカルが自然と前に出てくるだけでなく、バンドの演奏も音色があざやかに描き分けられ、いきいきとした演奏を楽しむことができます。余韻に雑味がなく、見晴らしが良く広々とした音場がとても心地よく感じられます。筆者が好きなギターなど弦楽器の音色は、繊細なニュアンスまでもがリアルに浮かび上がります。
ベースやドラムスの低音はタイトで切れ味も軽快。付帯音がなくスピード感が充実しています。中高域との分離感も鮮明。A100シリーズのサウンドも十分に高音質なのに、A300シリーズを聴くと演奏の立体感がさらに充実したことがよくわかります。
A300シリーズではハイレゾなど、音楽コンテンツが持つ情報を余すところなく引き出すため、基板やはんだ、本体フレームなどに選び抜いた高音質パーツを使っています。フラグシップモデルであるWM1シリーズ、上位のZXシリーズの開発から培った「高音質はんだ」に代表される材料の選定、扱いのノウハウがA300シリーズにも活かせた、と田中氏は語っています。
ハイレゾ音源がなくても“ハイレゾ級”サウンドが楽しめる
ウォークマンA300シリーズには、MP3ファイルや音楽ストリーミングサービスの圧縮音源を再生中、その音質をリアルタイムにハイレゾ級の高音質に変換する(アップコンバート処理を行う)「DSEE Ultimate」という技術が搭載されています。
高音質変換技術DSEEの最新バージョンであるDSEE Ultimateは、ソニー独自のAI技術を使って人の声、楽器の音やリズムなどをあるべき本来のサウンドに近づけながら再現します。ウォークマンA100シリーズでは発売後、2020年10月のソフトウェアアップデートでDSEE Ultimateが追加されています。
A100シリーズの場合はDSEE Ultimateを有効化できる条件が、“有線接続かつW.ミュージックアプリで音楽を再生した場合”に限られていました。A300シリーズではすべての制約を取り払い、有線・無線接続、W.ミュージックから音楽アプリ、YouTube再生の音声まで、さまざまなコンテンツで効かせられます。
DSEEの機能はウォークマン以外にも、ソニーが発売するオーディオ関連の製品ではワイヤレスイヤホン/ヘッドホン、スマートフォンのXperiaシリーズにも搭載されており、音楽配信やCDから保存したファイル再生時の音質を豊かにする機能として認知を広げています。
筆者もA300シリーズでDSEE Ultimateの機能を試しました。Apple Musicの音源を聴いてみると、音像があざやかに描かれ、余韻の広がりと音場の立体感が高まる手応えがあります。弦楽器は音の輪郭線が滑らかになり、聴き疲れしない自然な印象になります。
ただ、A300の場合は高音質化パーツの採用などによる「基礎体力」がA100からも大きく向上していることから、DSEE Ultimateによる音の変化は、Xperiaで試した場合に比べると良い意味で気にならないかもしれません。
ウォークマンユーザーはストリーミング再生をどう聴いている?
田中氏によると、ウォークマンユーザーの中には、純正音楽プレーヤーアプリのW.ミュージックを使い、本体に保存した音楽ファイルをオフラインで聴く人も多くいるそうです。では、ストリーミング再生機能はどのように使われているのでしょうか。
ユーザーの声を調査すると、やはりコンパクトなAシリーズは外出先で音楽を楽しむ使い方が多いものの、音楽配信サービスのコンテンツは本体に一時ダウンロードして、オフラインで聴くスタイルを選ぶ人々が多いようです。
最近では携帯キャリア各社が、大容量のモバイル通信プランを手ごろな価格で提供しています。屋外を移動しながら音楽、動画サービスを心置きなく使えるので、筆者もこのごろはスマホやウォークマンのようなAndroid搭載ポータブルプレーヤーにファイルを“ダウンロードして聴く”という機会が減りました。
そういうわけで、筆者は新しいウォークマンAシリーズにはぜひ“セルラー通信機能”(ウォークマン単体でストリーミング再生できるようにする機能)を搭載してほしいと願い続けているのですが、田中氏に同様の声がユーザーやファンから寄せられていないのか、たずねてみました。
「現在のところ、セルラー通信機能を載せてほしいという要望はあまり多くありません。実際にセルラー通信に対応するということになると、通信アンテナによる音質への影響を考慮しなければならず、内部の設計にかなり手を入れる必要があります。そのトレードオフは音質への影響だけでなく、ウォークマン本体のサイズ・重さ、そして製造コストにも表れることから、慎重に検討する必要があると考えています」(田中氏)
筆者はウォークマンAシリーズに“セルラー通信機能を外付けできる専用モジュール”が欲しいと思っています。外出の際、「今日はいつものお気に入りの楽曲以外も自由に検索しながら聴きたい」という場面で、ウォークマンAシリーズと合体してセルラー通信機能を備え、追加バッテリーパックとしても使えるアクセサリーがあれば最強です。
もちろん、スマホのテザリング機能を使えば今でもできることですが、テザリング設定の手間が省けるし、貴重なスマホのバッテリーを節約できます。セルラー通信用モジュールに限らず、小柄なエントリーモデルであるAシリーズの“強化パーツ”的な専用アクセサリーが増えたら楽しくなりそうだと、筆者は勝手を承知で田中氏にリクエストしています。
A300にオススメの有線イヤホン/ヘッドホン、小型DACアンプ追加も
ウォークマンは「有線接続での高音質再生」を大事にしてきたことから、いま携帯音楽プレーヤーとして独自の立ち位置を築いてきたのだ、と田中氏は強調しています。それならば、新しいウォークマンAシリーズにはどんなイヤホン/ヘッドホンの組み合わせがおすすめなのでしょうか。
田中氏はソニーの現行モデルの中であれば、イヤホンは「IER-M7」、「IER-M9」、ヘッドホンは密閉型の「MDR-Z7M2」を推奨しています。ところが、このなかで一番安価な「IER-M7」でさえもソニーストアの直販価格は104,500円。ウォークマン本体よりも高くついてしまいます。左右独立型の完全ワイヤレスイヤホンに人気が集中する今、コストパフォーマンスの良い有線タイプのハイレゾ対応イヤホン/ヘッドホンは徐々に数が少なくなっています。新しいウォークマンが出そろった今こそ、ソニーは奮起してふたたび2〜3万円台のハイレゾ対応イヤホン/ヘッドホンをそろえるべきだと筆者は思います。
Aシリーズと上位のWM1、ZXシリーズとの違いは、バランス出力に対応していないことです。バランス出力に対応するためにはプレーヤー内部に専用の回路やパーツを追加しなければならないため、本体のサイズが大きくなり、製造コストが上がることで売価アップにも結びついてしまいます。Aシリーズが追求する、手軽にいい音が楽しめるポータブルオーディオプレーヤーとしてのコンセプトを守り抜くため、あえてバランス接続に対応しないのだと田中氏は説明しています。
スマホやPCのUSB Type-Cコネクタにつなげられる、バランス接続対応のDAC内蔵ヘッドホンアンプをウォークマンA300と組み合わせるという手はアリなのでしょうか。筆者が普段使っているQuestyle「M15」で試したところ、ボリューム調整も含めて問題なく使えました。ただし相性の良し悪しにより、使えない組み合わせもあるようなので注意が必要です。
なお、A300シリーズは無線LANによる通信機能とAndroid OSを搭載しているので、ファームウェアアップデートによる継続的な機能追加・改善が期待できます。田中氏は、発売後もAndroid OSをベースとしたセキュリティアップデートは引き続き対応するので、安心して長くA300シリーズを楽しんでほしいと話していました。
2013年にAndroidを搭載するハイレゾ対応ウォークマン「NW-ZX1」が発売されてから、今年で10年が経ちました。NW-ZX1の開発にも携わった田中氏は「当時のハイエンドモデルだったZX1の音質を、最新のA300シリーズで超えられた」と、誇らしげに胸を張ります。はじめてウォークマンに触れる人から、これまでにも長くハイレゾウォークマンに親しんできたオーディオファンまで、新しいA300シリーズは楽しみ甲斐がありそうです。