「敵に塩を送る」とは「ライバルであっても苦境の際は助ける」といった意味をもつ言葉です。上杉謙信の逸話が由来とされており、ビジネスではライバルを助けることでのちに自分たちの利益となるビジネス戦略のひとつとして使われます。
本記事では「敵に塩を送る」の意味と使い方などについてまとめました。ビジネスシーンで役立つ語彙力を高めたい方は、ぜひ参考になさってください。
「敵に塩を送る」の意味とは
「敵に塩を送る」とは、窮地に立たされた敵を救うという意味をもつことわざです。ビジネスやスポーツシーンで敵対する相手を苦境から救う意味で使われます。
敵対する相手のピンチを助ける行動は、美談として扱われることもあれば今後を見据えた商戦として捉えることもできます。
「敵に塩を送る」の由来
「敵に塩を送る」の語源は、上杉謙信がライバルの武田信玄に塩を送った逸話が由来だとされています。
甲斐国(山梨県)の武田信玄(たけだ しんげん)は、駿河国(静岡県)の今川義元(いまがわ よしもと)と相模国(神奈川県)の北条氏康(ほうじょう うじやす)と三国同盟を組んでいました。
今川義元が織田信長に敗れた際、武田信玄は三国同盟を破り、徳川家康とともに駿河に進出します。今川義元の息子の今川氏真はこれに憤怒し、北条家と手を組んで甲斐への「塩留め」をおこないました。
塩はミネラルなど栄養価が高く、人間が生きていくうえで必要な食材です。海に面していない甲斐は塩を入手するのに苦労しており、塩留めを受けて深刻な塩不足におちいりました。それを知った上杉謙信は「塩留めで敵を苦しめるようなことはしない」と述べて、塩を送ったことが「敵に塩を送る」の由来とされています。
上杉謙信の「塩送り」の逸話は嘘?
上杉謙信が武田信玄に塩を送った「塩送り」の逸話は、片島武矩(かたしまたけのり)の「武田三代軍記」で「塩止上杉謙信書通之事」の中に書かれています。
なぜ、日本中に「塩送り」が美談として広まったのかというと、江戸時代の歴史家・陽明学者の頼山陽(らいさんよう)が1826年に献上した「日本外史」の中で「塩送り」を美談としてたたえためといわれています。「日本外史」は高等学校の古文の授業でも定番の教材のため、覚えている人もいるのではないでしょうか。
また、武田信玄からは「塩送り」のお礼として、日本刀「一文字の太刀(塩留めの太刀)」が上杉謙信に贈られています。当時、日本刀は贈答品として重宝されていたことから、武田信玄が上杉謙信に対して深く感謝していたことがわかります。
「敵に塩を送る」の類語
「敵に塩を送る」の類語は「敵に味方をする」「ハンデを与える」「呉越同舟」があり、どちらも敵や状況をうまく使うことを指します。それぞれの意味について解説します。
敵に利する
「利する」とは利益を与えるという意味を持ちます。「敵に利する」とは文字どおり、敵に利益を与えることを意味する言葉です。単純に利益を与えるだけではなく、「うまく使う」といったニュアンスで使用します。
社内で意見が対立してビジネス戦略を誤り、最終的に相手に利する結果となってしまった
社内でもめたことで綿密なビジネス戦略を立てられず、ライバル会社が有利になる結果になったことを指しています。
ハンデを与える
「ハンデ」とは「ハンディキャップ」の略語で、スポーツなどでスキルに差がある者同士を競わせる際に、強いものに対してつけられる不利な条件を指します。
部長はA君を信じて、今回のプロジェクトでは他者とは異なるハンデを与えた
部長はA君が困難に立ち向かえる精神力があると信じ、ハンデを与えて学ぶ機会を与えたことを表しています。
呉越同舟(ごえつどうしゅう)
「呉越同舟」は故事成語のひとつで、仲の悪い者たちが目的を達成するために協力し合うことを意味しています。
ピンチを乗り越えるために呉越同舟でともに助け合うことにした
敵対する相手であっても利害が一致していればお互いに協力し合うことを表しています。
「敵に塩を送る」の対義語
「敵に塩を送る」と逆の意味をもつ言葉は「弱みにつけ込む」「弱り目に祟り目」「傷口に塩を塗る」があります。それぞれの言葉について解説しましょう。
弱みにつけ込む
「弱みにつけ込む」とは相手の弱みを利用することを表す言葉です。相手にとってダメージになることを知っていて、利用する「狡猾(こうかつ)」な人といえます。
上司が取引会社の弱みにつけ込んで、無理な商談を持ち掛けていたことがわかった
取引会社の弱みを知っていても、それを利用して利益を得るのは極めて悪質な行為といえるでしょう。
弱り目に祟り目
弱り目に祟り目」とは弱っている状況でさらに災難にあうことを指すことわざです。
取引先から契約を切られたうえに、新規のお客さまからも怒られてしまってまさに弱り目に祟り目だ
契約を切られて窮地に立たされている状況で、新規契約を挑むもお客さまに怒られてしまうという不運が重なっている状況を表しています。
傷口に塩を塗る
「塩を塗る」とは痛む傷口にさらに塩を塗りこむことを指しており「弱り目に祟り目」と同じように不運が重なることを表しています。
ミスをして落ち込んでいるAさんに対して、傷口に塩を塗るようなことを上司から言われて退職を考えている
仕事でミスをして落ち込んでいる状況で、さらにデリカシーのないことを言われると立ち直るのにも時間がかかります。心身にダメージを受け続けるような環境では、退職も検討する人もいるでしょう。
「敵に塩を送る」の英語
「敵に塩を送る」を直接表す英単語はありません。似たニュアンスをもつ英文を紹介します。
「send to」で「~に送る」と表現できます。「塩(salt)を敵(enemy)に届ける」「塩を敵に発送する」といった意味の英文です。
「敵に塩を送る」のことわざにもっともニュアンスが近い英文です。「show humanity」で「仁義を切る」という意味があり、「even to one's enemy」をつけることで「敵にも味方にも仁義を切る」と訳することができます。
「敵に塩を送る」の使い方
ビジネスシーンでも役立ちますのでぜひ参考になさってください。
・自社の業績を上げることで「敵に塩を送る」ことができれば、業界にとっても大きなメリットとなるだろう。
・あの狡猾な上司が「敵に塩を送る」ことは絶対にしない。
「敵に塩を送る」の意味を理解して正しく使おう
「敵に塩を送る」は「苦しい立場に置かれたライバルを助ける」という意味をもつことわざです。上杉謙信の逸話が由来だといわれていますが、美化された創作という話もあります。しかし、道徳的に美化されたものだとしても「敵に塩を送る」ことは、度量の大きさを表しており立派な行為です。
ビジネスシーンではライバルに利益を与えることで、自分たちの利益にもなるといったニュアンスで使われます。ビジネス戦略のひとつとして、心に留めておきたい言葉です。