大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の脚本を書いている古沢良太氏は、織田信長が主役の映画『レジェンド&バタフライ』(以下レジェバタ、公開中)の脚本も手掛けている。『レジェバタ』の序盤は『どうする家康』の初回と同時代である。桶狭間の戦いで信長が一気に勢力を増して歴史が大きく動き出すところは『どうする家康』も『レジェバタ』も同じである。史実だから当然である。ところが、同じ脚本家が同じ時代を書いているにもかかわらず、こんなに雰囲気の違うもの描けるのか! と驚くほど2作品は印象が違うのである。

  • 『どうする家康』徳川家康役の松本潤

■主要キャラから脇役までインパクトがあってチャーミング

『レジェバタ』は信長(木村拓哉)の妻・帰蝶(綾瀬はるか)が重要人物で、信長と帰蝶の夫婦の物語になっているが、『どうする家康』の信長(岡田准一)には帰蝶という妻がいるのか第3回「三河平定戦」の時点ではわからない。『レジェバタ』の信長と帰蝶の関係はどちらかといえば大河ドラマ『麒麟がくる』(20年 脚本:池端俊策)に近いように感じる。そして、『レジェバタ』の家康(斎藤工)は『どうする家康』の家康(松本潤)とまったく違うキャラクターである。

信長と家康、軸がまったく違うとはいえ、同じ作家が書いて、こうも自由に物語やキャラクターに対して発想を広げることができることが興味深い。筆者は『どうする家康』のノベライズを書いているご縁から『レジェバタ』の公式サイトで古沢氏にインタビューをした。そのとき、家康大河と信長映画の違いについてこのように回答をもらった。

「そもそも僕には、信長も家康について『レジェバタ』と大河2作で同一人物を描いている感覚はまったくないんですよ。まったく別々の作品という意識なんです。僕は史実を描くことよりも、それをきっかけにして僕の中から浮かんできた物語を描きたいので、できるだけ勉強はしたうえで押さえておかなくてはいけない大きな史実を押さえたら、あとは忘れるようにしています。だからこそ、それぞれ違った物語が立ち上がっていくのだと思います」(1月14日配信「脚本家・古沢良太が語り尽くす」より)

古沢氏の脚本の魅力はキャラクター性の強さとストーリーの面白さである。主要なキャラから脇役まで絵に描いたようにインパクトがあってチャーミングで、その人たちが絡み合って軽快に動いていく物語には、常にあっと驚く仕掛けがある。カードゲームをやっているような感じで、この人がジョーカーを持っていたのか! やられた! と思わされるのである。それまでのハラハラ感込みで楽しめる。

その代表作が信用詐欺のドラマ『コンフィデンスマンJP』シリーズで、ドラマが人気となり映画化もされ大ヒットした。信用詐欺の3人組がお金持ちを騙すために、事前に念入りに準備をする、その派手な仕掛けの手の内を明かす瞬間が痛快だ。実際はありえなそうな漫画みたいな仕掛けだったりするのだが、明かすタイミングが絶妙で、とても身体感覚に優れた作家なのである。

  • 『どうする家康』織田信長役の岡田准一

■過去作とは異なる『どうする家康』での“嘘”や“裏切り”

古沢氏の出世作は『リーガルハイ』シリーズ。敏腕だが性格の悪い弁護士と真面目な新米弁護士がコンビを組んで、法廷に臨み、見事な論理で裁判に勝つ。堺雅人演じる主人公の弁舌が実に鮮やかな名作である。

リーガルものや逆転ものを人気ジャンルにした立役者のひとりと言っていい古沢氏が大河ドラマの脚本を書くとなれば、やっぱり逆転ものを期待してしまうだろう。戦国時代は合戦も魅力ではあるが、敵の動きを読む調略合戦(心理戦)も魅力のひとつである。生き残るための裏切りにつぐ裏切りが当たり前の世界で、家康が、信長、武田信玄(阿部寛)、豊臣秀吉(ムロツヨシ)……とツワモノたちに囲まれながら、どうやって最強の徳川幕府を作り出すのか、毎回痛快な作戦が出てくるのかなと期待しているのだが、いまのところ、まだそういう作戦は出てこない。

目下、意外性はキャラ設定に生かされている。東照大権現――神の君と讃えられる徳川家康が弱虫で戦から逃げようとしがちな人物になっていることや、悪妻と語り継がれている瀬名(有村架純)が良妻に描かれていることなどで、第3回では、徳川四天王のひとりとして長く活躍するはずの本多忠勝(平八郎/山田裕貴)がいきなり討ち死かと思わせて息を吹き返すという軽いジャブ(遊び)があった。こういうところが、戦国ものに馴染んだ視聴者には戸惑いポイントでもあるのだが、これを乗り越えてこその古沢脚本なのである。

古沢作品は土俵際でうっちゃる爽快さが魅力であって、それを楽しむためには最初からしっかり見続ける必要がある。逆転劇が単純な作者の魔法ではなく、初回から積み重ねてきたことがうっちゃりのパワーに凝縮されるところも魅力なのだ。『レジェバタ』のクライマックスも古沢氏の逆転力が発揮されている。

『どうする家康』第3回にも『コンフィデンスマンJP』的なところもあった。家康が妻子を残した今川を裏切らないといけない局面になって迷うエピソードである。家臣の酒井忠次(左衛門尉/大森南朋)は家康が今川を離れると言って民衆を戦に参加させた。三河衆には今川家に搾取されてきた恨みがあるのだ。家康は今川に恩義があり、むしろ故郷の岡崎に思い入れがなく困惑するが、左衛門尉の機転がなければ民衆の心は動かなかった。家康は自分の知らなかった社会の側面を目の当たりにする。

“嘘”や“裏切り”が痛快なエンタメの装置ではなく、のっぴきならない状況下で機能し、主人公を苦悩させる。初めて大河に挑む古沢脚本の新境地である。

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