食品スーパーや飲食店をはじめ、私たちにとって身近な食品業界。生活に密着した産業である一方、原材料価格の高騰や人件費の上昇など、さまざまな問題を抱えている。
意外にも、「M&A」が食品業界の課題へのソリューションになりうるという。食品業界のM&Aの現状や、M&Aが解決できる課題について、株式会社日本M&Aセンター 業界再編部 チーフマネージャー 食品業界専門グループの江藤恭輔氏に聞いた。
食品業界は110兆円の巨大産業
――江藤様のご経歴と現在の業務内容についてお聞かせください。
約10年間、金融機関で法人営業を担った後、2015年10月に日本M&Aセンターに入社しました。
M&Aに興味を持ったのは、テレビ番組「カンブリア宮殿」に当社代表の三宅が出演しているのを観たのがきっかけです。「こんなふうに関係者みんながハッピーになるビジネスがあるんだ。それなら自分もやってみたい」と思い、2年越しでM&Aの世界に飛び込みました。
2016年4月に業界再編部に異動になり、2017年4月には、食品業界専門グループの立ち上げをゼロから1人で行いました。それ以降は、食品業界を専門に日本各地のM&Aをお手伝いしています。
――食品業界といっても外食・中食・卸・小売など色々あると思います。食品業界の概要について教えてください。
食品業界は非常に裾野が広く、経済産業省の発表では110兆円 規模の巨大産業となっています。
最上流に農業や漁業などの1次産業があり、そこに海外からの食品輸入が加わります。国内で生産された、あるいは海外から輸入された食品は、卸売業や加工業を経て、小売店や飲食店を介して、消費者に届けられています。
私たち日本M&Aセンターは、食品業界を「食品製造」「卸」「小売」「外食」の4つのカテゴリーに分けて、そのときどきでM&Aが起こりやすい領域を掘り起こしています。
原材料高騰で「売上は上がっても利益が出ない」企業も多数
――現在の食品業界を取り巻く課題についてお聞かせください。
目下、一番の問題は原材料の高騰です。コロナ禍で食品業界への影響が大きく報道されましたが、実はコロナ禍で打撃を受けたのは、外食や酒類の卸など食品業界の中でも一部の事業者です。ところが直近の原材料の高騰は、コロナ禍以上に食品業界全体に悪影響を及ぼしています。
原材料価格が1.5倍、場合によっては2~3倍になっているので、企業努力だけで値上げ分を吸収するのはほとんど不可能な状況になっているのです。
加えて、人件費の上昇がさらなる追い打ちをかけています。食品業界はもともと利益率が高い業界ではないにもかかわらず、全国的に人件費が上昇傾向にあるので、食品企業は人件費の上昇を吸収するのに四苦八苦しているような状況です。
とある回転寿司店で、売上が過去最高を記録しているのに粗利率は過去最低になった例もあります。円安の影響などもあり、「売上は上がっていても利益が出ない」という構造に陥っている企業が多数あるのです。
コスト削減に加え、商品開発力・発信力強化にもつながるM&A
――M&Aは、食品業界の課題をどのように解決できるのでしょうか。
M&Aのメリットとして、コスト削減や経営資源の効率化が挙げられます。
私が昨年お手伝いした案件で、九州のアイスクリームメーカーが生クリームパンを製造する岡山の企業を譲受した例があります。近年は配送費の負担が重くなっていますが、M&Aをすることで共同配送や保管倉庫の共有などが可能になるため、シナジーを生み出しやすくなります。
コスト削減に加えて、商品開発力や発信力の強化など、自社の弱い部分を補強できるのもM&Aのメリットです。
アイスクリームのメーカーと生クリームパンのメーカーがタッグを組むことで、新商品開発につながるアイデアが生まれるかもしれません。こうした「化学反応」もM&Aの意義です。中小企業は商品開発やブランディングが弱い傾向にありますが、M&Aを通じて大手と組むことで、自社の弱みを補完することができます。
また中小の食品企業は、せっかくいいものを作っていても、大手に比べると発信力が乏しい傾向にあります。いまはSNSの時代ですし、大手企業と手を組むM&Aは「発信力の強化」という点でも非常に有効な手段だと感じています。
――江藤様が過去に手がけた食品業界のM&Aの事例を教えてください。
一昨年、千葉県で落花生の加工と加工品の販売を営む会社のM&Aをお手伝いしました。年商1億円ほどの小さな会社ですが、加工品を求めて遠方からもお客さんがやってくる、きらりと光るお店を運営していました。
最終的にその会社を譲受したのは、超大手のインフラ系企業のグループ会社でした。その企業が運営する商業施設に出店することで、落花生加工品の売上を大きく伸ばす事業計画を携えて譲受のオファーをしてくれたんです。
譲渡側のオーナーは、大手企業が自分の会社に目を留めてくれたことに非常に喜んでいました。しかも、そのインフラ系企業グループは肥料の事業を持っているので、「落花生を仕入れて加工するだけでなく、落花生の栽培から手がけたい」というオーナーの夢を実現する上でも有益なパートナーだったのです。
大手と組むことで販路が拡大でき、なおかつオーナーの夢の実現にも弾みがつく、理想的なマッチングだったと感じています。
食品業界のM&Aに特化したノウハウ蓄積が強み
――食品業界のM&Aにおいて、日本M&Aセンターならではの強みはありますか。
譲渡側の企業オーナーにとって一番負担なのは、最終段階で見逃していたポイントがあることがわかってM&Aが破談になってしまうことです。そうなると、それまで準備にかけてきた時間と労力がすべて水の泡になってしまいます。
その点、当社には食品業界のM&Aを専門に支援するチームがあり、食品企業ならではのチェックポイントがわかっているので、後になってデューディリジェンスで問題が生じるリスクを減らすことができます。
手前味噌ですが、私たちは年間30件前後の食品業界のM&Aを手がけていて、これは日本で一番の数字だと自負しています。これまでの経験から、食品業界のM&Aに特化したノウハウが蓄積されているので、スムーズに成約に導けるのが一番の強みですね。
衣食住横断型M&Aで新たなシナジーの創出へ
――食品業界専門グループあるいは業界再編部として、今後目指していることや取り組んでいきたいことをお聞かせください。
昨年10月に、業界再編部に衣食住の領域のM&Aを横断的にサポートする「ライフサイクルサポートグループ」を設置しました。
アパレルブランドがベーカリーショップを譲受するなど、実は「衣食住」の中でのM&Aは少なくありません。衣食住の領域を横断的に支援することで、これまでにない幅広いマッチングの実現やノウハウの蓄積、情報収集の強化ができると考えています。
例えば、ラーメンチェーンがM&Aをする場合、同じ領域にいる外食企業と一緒になるというのがこれまでの考え方です。ところが、衣食住を横断する形で支援を行うことで、「このアパレル企業と一緒になったら、こんなシナジーが描けますよ」という提案もできるようになります。
それによって、譲渡側のオーナーが想像し得なかったようなマッチングも出てくるでしょう。また、衣食住を横断するM&Aの実現によって、グループ全体での世界観のブラッシュアップも可能になるはずです。
――江藤様自身が目指していること、これから手がけていきたいM&Aの形を教えてください。
出身が宮崎なのですが、事業承継に困っていた地元の食品メーカーが、M&Aで事業を存続できたときは、自分自身のアイデンティティも守られたような感じがします。宮崎には昔からいいものを作っている食品企業がたくさんあるので、そういった会社の事業承継をお手伝いしていきたいです。
また、宮崎に限らず日本各地に、全国区ではないけれど、地元の人なら必ず知っている食べ物があります。私たちは、「地域の優れた食品企業・食文化を守り、広めること」を目標としているので、地方のきらりと光る食品メーカーや外食企業を次世代につなぐ支援ができればと考えています。