京都の地域産業である伝統工芸品の魅力を広めるべく、NTT西日本、学生、京都府、NPO法人が産学官連携してアイデアソンと展示会「さいしんこうげい」に取り組んでいる。展示企画のアイデアソンは2022年12月7日に最終発表を迎えたが、学生たちからは、どのようなアイデアが生まれたのだろうか? 本稿ではイベントの概要、および発表会の模様を中心にお伝えしていく。
伝統工芸品の新しい価値を発信、イベントの内容は?
本イベントは、伝統工芸品の需要低下という社会課題の解決をめざしたもの。伝統工芸の工房と共に京都産業大学の学生3チームと社会人の1チームが2022年10月28日より課題解決アイデアソンに挑んでいる。展示案をめぐって2022年12月7日には最終プレゼンが行われ、神祭具を扱ったBチームがアイデア賞を獲得した。今後、4チームは実際に展示物を制作。展示会は2023年2月4日から2月18日までの期間、NTT西日本 三条コラボレーションプラザ (京都府京都市中京区烏丸三条上ル場之町604)にて開催される(時間帯は10時~19時まで)。そして一般投票、SNS投票を経て、2月下旬に最終結果が発表されるという流れだ。
イベントはNTT西日本とNPO法人京都西陣町家スタジオがアイデアソン・展示会の企画・制作のサポートを行い、京都府が補助金を支援・制作をサポート、NPO法人京都西陣町家スタジオ、およびデンキトンボが広報・制作支援を実施。そのほか、工芸品展示など、さまざまな関係者が協力している。
学生の発想、新しい視点
Bチームはプレゼンで、神祭具を取り扱った「シン祭具Project」を披露した。神を祀る、信じたいものを信じる、新しい使い方を提案する、という3つのシンをかけている。学生は神祭具の、木のぬくもりを活かす技術、形のないものを形にできる、という点に魅力を感じたという。
そのうえで、若者らしい”シン祭具”の価値を提案する。それはZ世代をターゲット層に想定したもので、神棚に、自身の推し、目標、大切なもの、思いの詰まったものを祀るというアイデアだった。「この多様化の時代にあり、神様も限定することなく、大事なものを祀るという提案です」と学生は説明する。なお伝統産業の新たな基盤をつくる、技術を後世に残す、廃材となる木材を使用することで限りある資源を無駄なく使える、といったSDGsの目標にも配慮した。
質疑応答では、ほかのチームから「QRコードを読み込まなくても何を推しているか分かるような展示の仕方があっても良いのでは」などの意見が出ていた。
なお、学生のCチームは京染工房 中秀のサポートを得て「京染」をテーマにしたプレゼンを行い、学生のDチームは和装品作りとお直しの京繍 すぎしたの協力のもと「刺繍」の魅力を再定義。このほかNTT西日本によるAチームは、京人形師きまたから学びつつLGBTに配慮したオリジナルの「雛人形」案を作り上げた。
参加した4チームがアイデアソンの最終発表を終えると、京都文化博物館の洲鎌佐智子氏が登壇して講評。「驚く発表もあり、さすが若い人は発想が違うと思った次第です」としたうえで、それぞれのチームに的確なアドバイスを送った。たとえば、展示室の色の使い方については「日本古来の文化では、色にさまざまな意味あいが込められてきました。たとえば、白は色んなものを吸収する。だから神聖な区域には白が使われていますね。そうしたことを勉強すると、この先、さらに発想が膨らむかもしれません」と助言した。
ちなみにイベントの模様は、NTT西日本の社員向けにオンラインでも配信され、複数の社員がその推移を見守った。
アイデア賞のBチームに聞く
アイデア賞を獲得したBチームには、イベント後にインタビューする機会を得た。リーダーの男子学生は「自信はありましたが、選ばれてホッとしました」と笑顔を見せる。チームのみんなと取り組んだこの1カ月半は慌ただしく、とても短く感じられたという。「意見のぶつかり合いもありました。でも魅力の絞り込み、ターゲット層をどこに設定するか、展示方法など、核心の部分ではメンバー全員が納得いくようにしたかった」。
京都市内で神祭具を製造販売する牧神祭具店の工房に見学に行ったことが、非常に参考になったと話す。職人からは「皆さんのやりたいことをやってください」と言われたと明かし、「自分たちの活動にも積極的に関わってくださったのが有り難かった」と振り返る。 ほかの男子学生は「イベントを通じて、NTT西日本の方をはじめ、多くの社会人の方と関わらせてもらいました。大学生では考えが及ばないところにも意見をいただいて、勉強になることが多かった。これを糧に、いつか自分もそんな視点を持てるようになれたら良いなと思います」と話す。
女子学生は「私はもともと意見を出すよりも、出た意見をまとめるほうが得意。今回はメンバーの総意をまとめるなかで、自分の気づきも加えていくことができました」と話し、プロジェクトが自身の学びにつながったと笑顔になった。
また、ほかの女子学生は「中間発表で皆さんに披露した内容から、ガラッと変えたものを最終発表で提案できました。1度つくったものでも『本当にこれで良いのか』と確認しあう、場合によってはゼロから作り直す。すると、より良いものができるかもしれない。そんなことを体験できました」と満足した表情で語る。
地域のビタミン活動
なおイベントに先立ち、NTT西日本 京都支店 ビジネス営業部 ビジネス推進部門 ビジネス推進担当 課長の石田裕紀氏、特定非営利活動法人 京都西陣町家スタジオ 理事の福田秀樹氏、京都府 商工労働観光部 ものづくり振興課 地域産業戦略係 副主査の中尾麻悠子氏にも話を聞いた。
NTT西日本の石田氏は、伝統工芸産業を取り巻く問題について「担い手不足、認知の低さなどが指摘されますが、結局は市場をいかに活性化させるか、それが一番の課題だと感じています」と切り出す。いかに伝統工芸のファンを増やすか。これについてNTT西日本では「これまで工芸品に興味を持たなかった人、機会がなかった人」にどうすればファンになってもらえるかを考えてきた。
「我々にやれることは、いまある魅力をよりよく魅せるためのサポート。そこで出来ることからやってみよう、とアイデアソンと展示会を開催することになりました」と経緯を説明する。
また京都西陣町家スタジオ理事の福田氏は、西陣産業創造會舘の所有者がNTT西日本であり、もともと縁を感じていたという。そして連携事業の模索のために京都府ものづくり振興課の中尾氏と共に「LINKSPARK」(NTT西日本がグランフロント大阪に開設した共創ラボ)を訪れたところ、NTT西日本 京都支店の担当者が訪ねて来てくれたと話す。そのうえで「私たちは普段、伝統工芸の事業者さんと共にさまざまな取り組みを行なっていますが、コロナ禍ということもあり活動が休止していました。そこで相談を持ち掛けると、何かサポートできることはないか、と言ってもらえたんです。その後、協議を重ねた結果、NTT西日本、京都府、そして我々と地域で活動する伝統工芸の事業者さんの共創で何か新しいことを生み出せるかも知れない、そんな機運が高まったんです」と説明する。
これに対し、京都府商工労働観光部の中尾氏も「コロナ禍でさまざまな施設運営が立ち行かなくなるなか、NTT西日本さんからお借りする形で西陣の産業振興拠点として立ち上げた西陣産業創造會舘も同じ課題に直面しました。今後、施設運営をどうしていくべきか。運営を行う京都西陣町家スタジオと共に考え、あらためて西陣地域に真摯に向き合った取り組みが必要だと感じました。地域に暮らす1人ひとりに必要とされる施設にしていきたい。そんな思いもありました」と応じる。
こうした取り組みはNTT西日本としても初めての試みだった。石田氏は、工房の職人の方がた、京都産業大学と大学生の皆さん、京都文化博物館の洲鎌氏などをはじめ、多方面から助力があったとして感謝の言葉を重ねるとともに、今後については「この営みを弊社が地域のお客さまとの関わり方をより良いものにしていくための気づき、きっかけに出来れば良いなと感じています」。
京都西陣町家スタジオの福田氏は「伝統工芸やデザインなど、ものづくりの展示企画や運営はこれまで多くありました。でもアイデアソンのようなイベントと組み合わせたプロジェクトは初めてでした。まだ事業の途中ですが、多くの方に共感いただくことができています。この熱量を多くの人に伝えていけるように取り組んでいきます」と手ごたえを口にする。
また京都府の中尾氏は「地域という単位はインターネットの普及とともに曖昧なものになり、さらにはコロナ禍によりコミュニティの分断を余儀なくされました。今回のイベントは、行政、企業、NPO、教育機関、学生、職人といったさまざまな立場の人間が1つの地域課題を通じて地域の”隣人”になれる一歩となるのではないでしょうか」と話した。
最後に福田氏、中尾氏は、今回のイベントを形にしたNTT西日本の対応にあらためて感謝を示し、以下のように続けた。
「NTT西日本さんのチーム力と手厚いサポートがあったので、伝統工芸についてなじみのない学生にも参加してもらうことができました。地域における信頼が厚い企業なので、今後も地場の産業、事業者さんとコラボして、新しい発見ができるような取り組みをしてもらえたらと期待しています」(福田氏)。
「この取り組みに至るまでの1年間、NTT西日本さんはどうしてこんなに地域の悩みに親身に耳を傾けてくれるんだろうと不思議に思っていました。でもビジネスをしたいのではなく、この地域で生きる人たちの間で『地域のビタミン活動』をしているんです、という説明を聞いたときに、非常に納得できました。近代の通信の歴史とともに歩まれてきたNTT西日本さんが、この先の時代のコミュニケーションを考え、見つめ続ける限り、人と人とは隣人で有り続けられるのだろうと思います」(中尾氏)。