「建前(たてまえ)」は「本音(ほんね)と建前」のように、対義語である「本音」とセットで使われることが多い言葉です。しかし「建前」を本音ではないこと、と理解していても、実際に使われる場面では、意味を図りかねてしまうということはありませんか?
「建前としては~なのですが」といわれたり「それは建前論だね」といわれたりするときの相手の真意を理解するためにも「建前」という言葉の理解を深めていきましょう。また「本音と建前」という言葉は「日本人特有」ともいわれますが、英語にも「本音と建前」と似た意味を持つ表現があるのでこちらも紹介します。
「建前」とは?
「建前」という言葉の意味を整理しましょう。
「建前」の意味
「建前」という言葉は、辞書では以下のように説明されています。
【立前/建前】
1. 原則として立てている方針。表向きの考え。「―と本音」「―を崩す」
2.行商人や大道商人が商品を売るときの口上。売り声
――デジタル大辞泉
現在では2.の意味で使われることはほとんどなく、一般的に使われる「建前」は、1.の意味です。しかし、1.の意味で使われる場合でも、文脈によって意味するところには幅があります。
例えば「本校はアルバイト禁止が建前となっている」という文章において「建前」を「原則」や「方針」として理解すると「アルバイトは原則的に禁止されている」という意味になります。
しかし、「建前」を「表向きの考え」と理解すると「表向きにはアルバイト禁止ということになっているが、実際にはアルバイトをしている生徒もいる」というニュアンスが加わります。この意味で「建前」が使われる場合「実際には」「本音は」などの文章が続くのが一般的です。
建築用語としての「建前」
「建前」は、家屋の建築に関連しても使われる言葉です。柱や梁などで骨組みを組み立てること、またその骨組みの棟木を上げる日に行う儀式を指し、今日でも行われている棟上げ式を「建前」と呼びます。
基礎固めが終わり建前(骨組み)が出来上がれば、壁を作ったり床を作ったり屋根を張ったりの方針が立つため「原則として立てている方針」の意味で使われるようになったという説もあります。
「建前」の対義語「本音」とは?
「建前」は、対義語である「本音」とあわせて理解することで意味を深められます。
「本音」の意味
「本音」という言葉は、辞書では以下のように説明されています。
【本音】
1.本来の音色。本当の音色。
2.本心からいう言葉。「本音が出る」「本音を吐く」
―― デジタル大辞泉
現在では、音楽に関連する文脈でない限り、2.の「本心」の意味で使われます。「建前では〇〇だが、本音は~だ」とセットで使うことによって「表向きの意見と本心」「人前での行動と本当の気持ち」などを対比させることができます。
「本音」は本心でも「建前」は噓ではない
「本音」が「本心からいう言葉」とするならば、対義語である「建前」は噓という意味になるのでしょうか?
「噓」は辞書では以下のように説明されています。
【噓】
1.事実でないこと。また、人をだますためにいう、事実とは違う言葉。偽り
2.正しくないこと。誤り。
3.適切でないこと。望ましくないこと。
―― デジタル大辞泉
「建前」は「噓」ではなく「原則」や「表向きの考え」を意味します。「噓」では、原則や表向きの考えにはふさわしくありません。
正しいかどうかでいうと、正論ではあるものの、ときとして正し過ぎ、実情や人の気持ちにかならずしもそぐわないことが「建前」に相当します。
【例】
「建前としてはこの金額で仕事をしてほしいのだが、本音をいえば、状況を考えると難しいだろうとも思っている。ギリギリの線をそちらから出してもらえないか」
例では「本音と建前」は、相反する意味で使われていません。本音と建前の両方を提示することで、双方が納得する落としどころを探していこうとする姿勢が現れています。
日本で「本音と建前」が使い分けられてきた背景
「本音と建前」は、一般的に日本特有の考え方だともいわれます。日本社会で「本音と建前」という言葉が使われてきた背景を見てみましょう。
求められるものと気持ちが一致しない場合
人は自分の気持ちや都合とは別に、家族や地域など所属する集団から規範に従うことを求められることがあります。過去の日本は、同調圧力が今よりも強く、集団と戦って自分の気持ちを押し通そうとすると、事態は一層悪くなることも多くありました。
そういったとき、多くの日本人は「本音と建前」を使い分けました。つまり表向きは規範に従い、犠牲にはできない自分の感情を本音として言葉や行動に移したのです。周囲もまた、建前として規範にしたがっていることを認め、本音の言動は容認する、というやり方が好まれてきました。
摩擦やもめ事を避けたい場合
話し合いや理想と現実などの対立点を明確にすると、最終的には論争になってしまいます。欧米などでは、徹底的に話し合うことで解決することを理想とする傾向があります。しかし日本では、建前と本音を使い分けて対立を回避し、互いに相手の本音を忖度しながら落としどころを探す傾向があるといえます。
「建前」の使い方を例文で理解しよう
「建前」が使われている例文を見ながら、言葉の理解を深めましょう。
賛成はできないが相手の心情を思いやるとき
【例文】
建前をいえば、君の意見には賛成できないが…。
規則や全体的な状況から判断して、公式には賛成するわけにはいかないけれども、相手の気持ちや立場は理解できると伝えたいときに使います。
批判するとき
【例文】
それは建前論だ。
「建前論」とは、本音や実感を伴わない、形式や規則にばかり目を向けた意見や考えのことです。現状を理解することなく、形式的に規則などを押し通そうとする意見を批判するときに使います。
自分の真意を理解してほしいとき
【例文】
建前でいっているのではありません。
建前ではないと否定することを通して、自分の本音であることを伝えます。「これは、私の本音です」と同じ意味で受け取ることができます。
「建前」の類義語
「建前」という言葉の持つ「考えたり行動したりするうえで基本とするやり方」と同様の意味を持つ言葉として「主義」「方針」「信条」があります。
主義
「主義」は、個人や組織が持つ行動の基本的な指針を指します。
【例文】
わが社は顧客第一主義という立場から、あらゆる施策を立案している。
方針
「方針」とは、基本とする方向づけの意味を持ちます。方位磁石の針が方向を指すところから生まれた言葉だと考えられています。
【例文】
この学校の教育方針は自学自習にある。
信条
「信条」とは、行動するうえで正しいと信じていることを指します。
【例文】
「争いごとは避ける」というのが私の信条です。
「建前」の英語表現
一般的に、「本音と建前」は日本特有の表現といわれ、英語でもそのまま「Honne and tatemae」と使われる場合もあります。しかし、定型表現ではなくても、英語にも「建前」に近い意味を持つ表現はあります。
official stance
私的な考え方(private opinion)に対して、公的な立場や態度という意味を持つ言葉です。
【例文】
Our official stance has to be he did nothing wrong out there.
(建前では、彼に落ち度は何もないことになっている)
public face
直訳すると「公的な顔」という意味です。publicの対義語としてprivateを使えば、本音と建前という意味で使うことができます。
【例文】
Almost everyone separates their public face from their private one.
(誰もが建前と本音を使い分けている)
「建前」と「本音」を理解し適切に使おう
「建前」は、「本音」と対比しつつ、表向きに取っている基本的な方針を意味する言葉です。
「建前」だけでは、組織や人間関係はぎくしゃくしやすく、逆に「本音」だけでもぶつかり合いが増えていくでしょう。
建前と本音をうまく使い分けながら、組織や人間関係をバランスよく築いていきたいものですね。