嵐の松本潤が主演を務める大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)が8日にスタートした。初回「どうする桶狭間」を見て感じた本作の魅力を7つ挙げてみる。
■その1:アートなオープニング
前作『鎌倉殿の13人』でスタッフクレジットを本編に流し込んだことでタイトルバックを短縮したものに一年慣れ親しんだため、『どうする家康』はちょっと長く感じたが、ポップアートのような洒落た雰囲気があり、見れば見るほど味がある。特に「どうする」「どうする」と鉛筆描きのような文字が出てくるところが新鮮だった。75歳まで生きた長生きな徳川家康、のちに260年もの長きにわたって続いた徳川政権というものを象徴するような雄大さも感じる。タイトルバックを担当したデザイン会社DRAWING AND MANUALの菱川勢一氏(映画『岸辺露伴ルーヴルへ行く』ティザーポスターも担当している)のツイートによるとタイトルバックは何回か変わるようなので、いつ、どんなふうに変わるかも今後の楽しみになった。
■その2:かよわきプリンス徳川家康
主人公の家康(松本潤)には恰幅のいい安定感たっぷりのイメージがあったが、今回は「かよわきプリンス」という設定で、冒頭から「もう嫌じゃあああ!」とずぶ濡れで泣き叫んでいた。大将・今川義元(野村萬斎)が桶狭間で討ち取られ、家臣に「どうする?」と訊ねられて、逃げてしまうのだ。戻ってきたときには義元を討った織田信長(岡田准一)が攻めて来て大ピンチ。ひとり逃げずに対策を考えるべきだったという情けない殿・家康がこれからどうやって長きにわたる徳川政権を作り上げていくのか。
でも弱そうに見えて、今川氏真(溝端淳平)との剣術の実践稽古では実は強かったことを見せつけた。弱虫ですぐにお腹を壊すが、意外と強いし、勉強もよくしている家康を松本潤が多彩な表情で演じている。人形遊びの好きなナイーブなところ、瀬名(有村架純)を氏真の側室にしたくなくて懸命に戦う凛々しさ、尊敬する義元に向ける実直な顔、孤独に悩む横顔、追い込まれての絶叫……第1回にして波乱万丈である。
■その3:指に口づける瀬名
家康の妻・瀬名はこれまで悪妻的に描かれることは多かったが、出会いからずっととても愛らしい女性で、家康の心の支えになっているように描かれている。ただ、人形遊びをしていることを「言いふらしますよ」と言う言い方はやや小悪魔的で、一筋縄ではいかないキャラであろうと想像できる。
注目は、瀬名が「上手にできますように」と家康出陣(米を運ぶだけ)の際、指に口づけしたこと。その後、家康は戦で恐怖に陥ったとき、指をしゃぶる。家康は爪をかむ癖があったと言われ、例えば大河ドラマ『真田丸』(2016年)でも内野聖陽が演じる家康は爪を噛んでいた。が、残っている資料には指を噛むとある。指を噛む仕草より爪を噛む仕草のほうがわかりやすいからそちらが伝わってしまったのかなと推測する。『どうする家康』の脚本を書いた古沢良太氏は、指を噛むことになった理由を瀬名との思い出として感傷的に描いた。これはなかなかいいアイデアだと思う。
■その4:先入観を覆す
瀬名の意外性のみならず、家康が少年期、駿府の今川家に人質になっていたことが、彼にとってネガティブな要素では決してなく、何不自由ない暮らしをさせてもらって文武共に教育も施されていたことを強調している。そのため故郷・岡崎に7年ぶりに戻ったとき、駿府に比べてあまりにも貧しい様子に、故郷に戻った喜びはなく、ただただ浮かない気分が募ってしまう。
家臣たちのこともほとんど覚えていない。だが実は今川家の豊かさは岡崎の貧しさの上に成り立っていることを家臣・石川数正(松重豊)が語る。
「田畑の実りのほとんどを今川家に献上している三河衆にとっては、あれが精いっぱいのもてなしなのでござる……私は、涙が出る」
「殿、お忘れあるな。あの者たちこそが殿の家臣であり、今は、今川の城代が居座るあの城こそが殿の城なのです! いつか必ずあの者たちと共に、三河一国を束ねるべく立ち上がる時が参ります! その日にお備え下され」
このセリフが家康のこれからを示している。
■その5:デジタルの多用
大高城に米を運ぶだけかと思ったら、意外とヘビーで敵が襲ってくるところを米を守って逃げ切らないとならない。義元にもらった金陀美具足を身につけ、岡崎家臣団と敵陣を突破していくシーンは川を鳥たちが飛び、道をたくさんの馬が走り抜け、本多忠真(波岡一喜)や酒井忠次(大森南朋)や大久保忠世(小手伸也)が剣や槍を振りかざし迫力のアクションを行う。
戦場のみならず岡崎の風景などにデジタル技術が大活躍。スタジオのLEDウォールに背景を投影して俳優はその前で撮影したり、バーチャルプロダクションという手法によってオープンセット撮影を行わずに済ませている。時代劇はロケが年々難しくなっていると言われる。手頃な場所もなかなかなく、天候に左右され、合戦シーンの場合、人や馬をたくさん使うことも大変だからだ。デジタル技術を使用すれば、より様々なシチュエーションが可能になる。『どうする家康』では、家康たちが大高城に向かうシーンは熾烈で迫力があるし(これをロケだけでやるのは連ドラでは難しいだろう)、川を鳥が渡っていく画を果敢に入れているのもこれからのテレビドラマへのトライだと感じる。
例えば『鎌倉殿の13人』第9回では、水鳥がたくさん騒ぐ富士川の戦いで鳥が飛ぶ場面は一瞬、引きで無数の鳥が飛んでいる画のみ。これがアニメともなると違う。『平家物語』第6回では同じ富士川の戦いの場面で、水鳥を印象的に描いているのだ。鳥のシーンといえば『機動戦士ガンダム』の第31話「ザンジバル、追撃!」である。フラミンゴの群れが飛ぶ名場面である。絵が専門のアニメだってこういうシーンを描くのは難しいのだから、『家康』スタッフの努力は未来に花を咲かせるだろう。信長のシーンでも烏をわざわざ描いている。
■その6:俺の白兎
第1回は家康の子供時代から結婚して子供(のちの信康)が生まれて、はじめての大役を任せられて桶狭間の戦いという一大事に遭遇して、織田信長登場、と駆け足で進む。その分、場面転換が必要で、VFXによる画の印象が強いようにも感じる。こうなると、ともすれば脚本は資料に沿って的確に道筋を作る仕事になりそうな心配もあって、かの才人・古沢良太氏すら歴史に基づいた大作の前では、歴史とたくさんの人物をさばくことで精一杯になってしまうのではないかと思いかけたが、さすが、そうはならなかった。最後に来て、VFX満載の画面のなかでも埋もれずエネルギーを放つ織田信長が家康をこう呼ぶ。
「俺の白兎」
圧倒的なセリフの力に、SNSは沸いた。その前に、瀬名と家康が木彫りの兎で遊んでいたこともあって、兎は象徴的であるし、獣のようにギラギラ強そうな信長が「白兎」と言うことで力関係が鮮明になる。しかもなんだかいろいろ想像できるというパワーワード。家康の指と兎で『どうする家康』、大丈夫と思った。
■その7:かっこいい今川父子
最後の場面で、甲冑のなかで顔がルーレットのように変わって、義元の顔で止まる。毎回、この回のキーパーソンの顔になるのだろうか。
今川義元は公家かぶれのいけすかないキャラに描かれがちだが、今回は「海道一の弓取り」らしい頼りがいがありそうで、家康も尊敬してやまない人物になっている。狂言師・野村萬斎が演じているので舞う本格的なシーンもあった。息子の氏真は、家康に勝ってるつもりがわざと負けてもらっていたことを知ってプライドを傷つけられる役割だが、“野村義元”の息子らしく貴公子然と見える。彼もまた後世、今川家を潰してしまったダメ息子のように言われがちだが、違う面が描かれる予定だとか。溝端淳平はNHKの時代劇や舞台経験が豊富なので所作も発声も端正。念願の大河でいい役を得たのではないだろうか。
(C)NHK