LINEの機種変更が、今、ものすごく簡単にできるようになっているのをご存じでしょうか?

以前は、機種変更時にやり取りしたトークの履歴を移すには、アカウントの引き継ぎとは別にバックアップの手続きが必要でした。また、AndroidからiPhoneのように、異なるOS間で機種変更する際には、トーク履歴を引き継げないという問題もありました。

LINEは2022年夏、「かんたん引き継ぎQRコード」という新しい機能を追加。あらかじめバックアップを取っていなくても、また異なるOS間の移行でも、直近14日間のトーク履歴を移行できるようになりました。2022年秋には、事前にPINコードを設定しておくことで、万が一のスマホの紛失や故障時、同一OS間での機種変更で、バックアップしていたトーク履歴を復旧できる機能もリリースしています。

実は、これらの新機能は、LINEの2つの開発チームが合同で進めたプロジェクト。陣頭指揮を執ったのは、入社4年目の藤原麻耶さんと入社2年目の鈴木くみ子さんという、2人のプロジェクトマネージャーです。開発の裏側を取材しました。

  • LINEの機種引き継ぎを簡単にするプロジェクトを担当した鈴木くみ子さん(左)と藤原麻耶さん(右)

    LINEの機種引き継ぎを簡単にするプロジェクトを担当した鈴木くみ子さん(左)と藤原麻耶さん(右)

LINEの新機能にはユーザーの声がしっかり反映されている

──トーク履歴の引き継ぎは、ユーザーからも要望の多かった機能だったのではないかと思います。ふだん、ユーザーの声は開発チームにどのように届いているのですか?

藤原さん:まず、LINEの社員は部署を問わず、ユーザーの声をものすごく大切にしています。社員の価値基準や心がけるべき姿勢を定めた「LINE STYLE」の1項目に「Users Rule」(すべての原点はユーザーのニーズ)があり、全社員が常にそれを意識しているからです。

  • LINE企画センター Core Communication Product企画チームの藤原麻耶さん

直接ユーザーとやり取りするCS(カスタマーサービス)の部隊が、ユーザーの声を集約して全社に周知しているほか、私たちがいる企画センターの中にも、専属のリサーチ担当者がいます。また、アプリストアのレビューを毎日集計して、社内に流してくれるチームもいます。私たちは常にユーザーの声を聞きながら、優先順位をつけて業務にあたっています。

──これまでにリリースされた機能で、実際にユーザーの声が反映されたものにはどのようなものがありますか?

藤原さん:基本的には、すべての機能にユーザーの声が反映されています。例えば、2021年に追加したメッセージの「部分コピー」ができる機能も、多くの要望をいただいていた機能のひとつです。

正式リリース前のLINEの新機能をひと足先に体験いただける「LINE Labs」というサービスがあるのですが、そこで公開している「トークフォルダー」というトークルームを見やすく整理できる機能も、ユーザーリサーチをもとにできたものです。コロナ前には台湾、タイ、インドネシアといった国にも出向いてユーザーリサーチをしていました。そのなかで「メッセージが多すぎて管理できない」という声があり、その声に対応するためにできた機能です。

ほかにも、メッセージに「リアクション」ができる機能(2021年追加)は「トークを終えにくい」という声に応えたものです。「スタンプやメッセージで返信するほどではないけど、反応しないと既読無視になってしまう」「大人数のグループトークでも会話に気軽に反応したい」という課題に対して、必要な機能だと考えました。リアクションは、相手に通知が行かないのもポイントになっています。

「セキュリティを確保しつつ誰でも簡単に」が難しかった

──アカウントの引き継ぎが煩雑だったり、トーク履歴が簡単に引き継げないことについては、どんな声が寄せられていたのですか?

鈴木さん:私が担当しているアカウントや認証まわりの部分はLINEの基盤でもあり、CSに寄せられるお問い合わせの中でも、やはり大きな割合を占めています。「できない」「分からない」という声が多いですね。特に、「かんたん引き継ぎQRコード」がリリースされる前は、引き継ぎに必要なステップが長かったので、そこはチーム内でもずっと課題としてありました。

  • LINE企画センター User Platform企画チームの鈴木くみ子さん

藤原さん:トーク履歴については、問い合わせで寄せられる数も多かったのですが、SNSでも「トークが消えてしまった」という悲しみの声があり、チームでもずっと大きな課題として認識していました。

──課題を認識していながら、これまでなかなか機能が実装ができなかったのはなぜでしょうか?

藤原さん:今回のプロジェクトには、実はチームとしては2年以上前から取り組んできました。リリースまで時間がかかったのは、高いセキュリティのもとで安全に利用していただけるようにするために、さまざまな技術的チャレンジが必要だったからです。暗号化したトーク履歴を、新しい機種へ安全に移行する必要があります。万が一のミスは許されないということで時間がかかってしまいました。

もうひとつの要因は、バックアップや復元という難しい手続きを、できる限り簡単で分かりやすいUX(ユーザーエクスペリエンス)で提供するためです。その方法を試行錯誤するのに時間が必要でした。

鈴木さん:「高いセキュリティ」と「誰にでも簡単にできる」という、この両方のバランスを取りながら機能をリリースするのに時間がかかったということです。

──逆に、これまではできなかったものが、今回のプロジェクトによってできるようになったともいえます。今回、プロジェクトが成功した理由はどこにあると思いますか?

鈴木さん:私のいるアカウント認証のチームと藤原のいるトークのチームは、もともとは別々の部署です。それが今回協力しあって、一緒にロードマップを描くことができました。そこが大きな要因だと思っています。

藤原さん:アカウント移行とデータ移行は技術としてはまったく別のものですが、ユーザーから見ればアカウントもトークも一緒に引き継げる方がいい。2年以上かけてトーク履歴のバックアップに取り組むなかで、より良いUXについて考えた時に、これはアカウント認証のチームと一緒にやった方がいいんじゃないか、ということになりました。認証側も対応できることで一気にロードマップを描けて、そこからはすごく早かったですね。

鈴木さん:合同プロジェクトが動き出したのは2021年末くらいですが、2チームが協力し合って、安全性の高い技術を短期間で構築できた。その協力体制ができて、プロジェクトをリリースまで導けたのではないかと思っています。

ユーザーに不必要な画面を見せず、ステップ数を最小限に抑えた

──開発にあたって苦労された点や、こだわったポイントはどこですか?

藤原さん:一番は、どこまで簡単にできるかということです。UXチームのテストでユーザーがどこで迷ったかを検証して、それを改善するのはもちろん、アンケートを取ったり、個別にユーザーインタビューもしました。技術的な面も含めて、セキュリティチームと見せ方を議論することもありました。本当に難しかったですが、ベストを尽くせたと思います。

鈴木さん:かんたん引き継ぎQRコードでは「Letter Sealing」という独自のエンドツーエンド暗号化技術を使用して、ユーザーの大切なデータを守るための安全性に細心の注意を払っています。厳しいセキュリティと簡単さのバランスを取ること、そしてそれをどうユーザーに伝えるか、ということも結構大変だったかなと思っています。

藤原さん:LINEはコミュニケーションのインフラとして、老若男女あまねく使っていただいています。アカウント移行やデータ移行は、その基盤となるところ。すべての人に間違いなく使ってもらえることが重要なポイントでした。キャリアショップとも連携して、使い方をショップの方にガイドしていただけるようにマニュアルも作りました。そういうところも準備としてはすごく大きかったです。

──簡単にできることにこだわったということですが、具体的にどんな工夫をされたのでしょうか?

鈴木さん:アカウント移行に必要なステップ数が多い、ということは自分でも感じていましたし、ユーザーからの声としてもあったので、画面のステップ数がなるべく少なく済むようにしています。QRコードを読み込むだけでアカウントもデータも移行できる仕組みを作る、というのが目標だったのですが、その際にQRコードの有効時間を短くしてリフレッシュサイクル頻度を高くする、生体認証で本人確認を行うなどのセキュリティ対策をしています。

藤原さん:機種変更の手順には、もとの端末でバックアップを取っているかどうかや、PINコードを設定しているかどうかなど、たくさんの分岐があります。新しい端末で設定する際に、要所要所でそういったユーザーの状態をサーバー経由でチェックしたうえで、ユーザーに不必要な画面は見せないように工夫しています。

鈴木さん:アカウント移行とデータ移行を1つの機能として見せたかったので、一貫したUXになっているところも工夫した点ですね。

──リリース後、ユーザーからはどんな反響がありましたか?

鈴木さん:機種変更って普通は3年に1回ぐらいなので、まだ爆発的な反響があったり、インパクトがあったわけではありませんが、継続的に利用できるようになったことに対する喜びの声は寄せられています。今後は、CSの問い合わせの減少にもつながるのではないか、と期待しています。

「誰にとっても使いやすい」に終わりはない

──今回のプロジェクトを終えて、自身のキャリアにはどのような変化がありましたか?

藤原さん:私は、2年以上前から進められていたこのプロジェクトを途中から引き継いだのですが、技術的な知識が必要で、そのインプットには本当に苦労しました。安心と簡単のバランスをどう取るか、UXも本当に難しくてチャレンジングだったんですが、そこを乗り越えたことで自分の中でもすごい自信になりました。プロジェクトマネージャーとしてのキャリアのステージを1つ上ったかな、という気はしています。

鈴木さん:入社して初めての大きなプロジェクトということで不安もありましたが、優秀なメンバーに支えられて、相談しながら進められました。実は、入社してからずっとリモートで、あまりメンバーとのコミュニケーションも取れていなかったのですが、プロジェクトを進めて行くなかでそういう部分は解消されましたし、技術的な知識も学べました。そこは自信につながったかなと思います。

──今後の目標も聞かせてください。

藤原さん:誰にとっても使いやすい、という部分はまだまだ追求すべきだと思っています。そこに終わりはないというか、これからもユーザーの声をもとに改善を続けていきたいです。

目標は、すべての人にちゃんとトーク履歴を引き継いでもらって、大切なLINEのトークの思い出をずっと持ち続けてもらうことです。利用率100%にはまだ遠いですが、そこを目指していきたいと思っています。

鈴木さん:まだリリースをしてあまり時間が経っていないので、この機能がユーザーにとって本当に一番最適なのか、もう少し時間をかけてリサーチして、さらに改善できるところはしていきたいですね。今後もユーザーの声にの寄り添って、安心して簡単に使っていただける機能を提供していきたいと思っています。

──ありがとうございました。