駒の動かし方と基本的な戦法は分かったけど、ネット対局などで人と対戦するとなかなか勝てない‥‥なんとことはないだろうか? この記事では、マイナビ出版刊行の将棋に関する書籍より、対局に活かせる戦法や考え方に関する内容を抜粋して、お伝えする。
雁木は古くからあるにも関わらず、矢倉の優秀性に押されほとんどプロ間で指されることのなかった、いわば「B級戦法」的格付けの戦法だったが、AIが指したことをきっかけに優秀性を再評価され、2016年ごろ流行戦法としてよみがえった。角換わりや相掛かりの台頭により一時期よりは採用数が減ったものの今でも指されている、居飛車党としては知っておきたい戦法のひとつ。
緻密に緻密を重ねた佐藤和俊七段の雁木研究
佐藤和俊七段は竜王戦で最高クラスの1組に在籍し、2007年度に将棋大賞の連勝賞を獲得、2016年度には全棋士参加棋戦のNHK杯戦では羽生善治名人(当時)などを破り決勝に進んだ実力者。基本的には振り飛車党だが相居飛車も指しこなすオールラウンダーだ。
本書(書籍紹介はこちら)を読んでまず驚いたのが、佐藤七段の研究があまりに緻密だということ。下図をご覧あれ。
これは、第1章「雁木対矢倉」で取り上げられている1局面だが、なんと、第100図。あまり見ることのない数字であり、これだけでもかなりの労作であることがうかがえようというものだが、総ページ数412ページに、あとがきに「正直なところ苦労も多かった。そのため筆を取ってからかれこれ一年以上もたってしまった」と記す佐藤七段渾身の研究が詰まっている。
書名にある「新型雁木」とは、上図の後手の布陣のように、従来の5三銀型で右四間からの攻めを狙うのではなく、先手からの▲2五歩の歩交換の狙いは△3三角と受け、右銀を相手の出方次第で5三に限らず6三、7三などに使っていく、あるいは6二のまま戦いを進める形を指す。図の後手の陣形は矢倉囲いに比べ、上部から攻められた際の不安はあるものの、角を打ち込まれるスキがなくバランスが良い。
章立ては以下の通り。
緻密な解説 根気よく取り組めば大きな武器になる
第2章「雁木対3七銀」に掲載されている1局面からの変化を紹介する。
第1図からの指し手
▲4六銀 △7四歩 ▲3五歩 △7三銀
(第2図)
先手が雁木に対し弱点の角頭を狙って速攻を仕掛けた局面。嫌みではあるが、佐藤七段はカウンターを狙って後手指せると解説する。
第2図からの指し手
▲3八飛 △4五歩 ▲3三角成△同 桂
▲3四歩 △同 銀 ▲同 飛 △4六歩
▲同 歩 △4三金右(第3図)
△4五歩が用意のカウンターで、後手は飛車取りの先手で受けることに成功した。指し手の長い部分が続いて恐縮だが、結果図までご覧いただこう。
▲3七飛 △3四歩 ▲2七飛 △3八角
▲2六飛 △6五角成▲7七銀 △7五歩
▲同 歩 △6四銀 ▲7六銀打 △5五馬
(結果図)
結果図は、天王山の馬が存在感抜群の駒となって、雁木側の後手が指せる局面だ。…と、ここまでご覧いただいて、▲3五歩~▲3八飛には△4五歩と反発して後手が指せる、というのは何となくおわかりいただけたと思うが、あまりに早足ではっきり言ってピンと来ない、という方のほうが多いのではないだろうか。
ご安心あれ。佐藤七段は、読者をおいてけぼりにしたりはしない。以下にここで紹介した手順が掲載されている4ページをすべて掲載する。
緻密である。400ページを超える本書の約1%でこのボリューム。読破するにはかなりの根気が必要かもしれない。しかし、そこにこそ本書に向き合う価値がある。第1図からの幾パターンもの細かな形の違いに対して、同様の緻密な解説がなされている。ぜひチャレンジし、大きな武器にしていただきたい。
相居飛車党必携の教科書的戦術書
緻密に緻密を重ねた佐藤七段の研究、そのほんの一部分を紹介したが、本書は先にご覧いただいた目次の項目すべてにおいて細密に変化が記されている。400ページを超える本書の内容をすべてマスターするのは高段者でも難しいかもしれない。しかし、途中図、参考図がふんだんに使われているのはありがたい配慮だ。これを頼りに、より多くの変化をご自身の将棋に取り入れていただきたい。普段から雁木を愛用している方、逆に雁木に悩まされている方は、気になる局面の章からから読み始めるのも一案だ。対局で対策に悩んだ局面が出現したら、局後すぐ調べるという教科書的な使い方もできる。端歩など細かな違いはあるかもしれないが、参考になる局面は必ず掲載されているだろう。ぜひ手に取っていただきたい一冊だ。書籍紹介はこちら。
執筆:富士波草佑(将棋ライター)