第16回朝日杯将棋オープン戦(主催:朝日新聞社)は予選の羽生善治九段―長谷部浩平五段戦が12月14日(水)に東京・将棋会館で行われました。対局の結果、134手で勝利した羽生九段が予選決勝に進出しました。羽生九段はこのあと行われた三枚堂達也七段戦で敗れ、本戦進出は叶いませんでした。
矢倉の力戦形に
先手となった長谷部五段が居飛車の出だしを見せたとき、後手の羽生九段が角道を止めたのが本局における最初の分岐点でした。羽生九段は手順に左美濃囲いに組んで守りを重視する構えですが、早繰り銀の可能性を残す長谷部五段に対して右桂を跳ねてカウンターを用意したのが工夫です。羽生九段のこの戦い方を見た長谷部五段が角道を止めたことにより、本局は矢倉の持久戦に進展しました。
おたがいに矢倉囲いに組んだのち、長谷部五段が3筋の歩交換に出て局面が動き出しました。これは羽生九段が早めに右桂を跳ねていることを逆用した手で、後手からは7筋の歩交換ができないことを見越しています。同時に、8筋の歩を五段目まで突いていることにより羽生九段の方からは桂の活用が難しい点も長谷部五段の主張になっています。
長谷部五段リードの中盤戦
3筋の歩交換を受けた羽生九段は、ここを起点に矢倉囲いの金銀を盛り上げることで反発していきます。続いて角を6筋に出たのが味のよい駒運びで、手順に先手の飛車をへき地に追いやれることが羽生九段の主張です。中盤戦は、「長谷部五段の矢倉の堅さ対羽生九段の金銀の厚み」という構図で進展していきました。
やがて、自陣に不備なしと見た長谷部五段は満を持して7筋の歩をぶつけます。序盤に跳ねた後手の桂頭を攻めるこの構想がうまく、ここで長谷部五段が有利になりました。桂頭を受けるすべを持たない羽生九段は、自身の飛車を先手の銀と刺し違える勝負手をひねり出します。この手に代えて後手は飛車を逃げる指し方は考えられるものの、羽生九段はその場合は先手の銀に進撃されて不利と判断しました。
羽生九段が逆転勝利
飛車を失った羽生九段は「駒損のときは攻め」のセオリーの通りに攻勢を強めます。自玉の堅さを頼りに歩の手筋を駆使しつつ、長谷部五段の玉を守りの金銀から孤立させることに成功しました。一方で先に一分将棋に突入している長谷部五段としては辛抱の時間が続きますが、こちらも受けの合間に好タイミングで反撃の手筋を放って形勢を譲りません。
長いねじり合いが続いたのち、羽生九段は敵陣に銀を打つ勝負手を放ちます。先手の飛車を捕獲することで自玉への攻めを緩和しつつ先手玉への攻めも狙う攻防手に見えましたが、この手を放置して長谷部五段が▲2四歩と攻め合ったのが好判断でした。この好手で優位に立った長谷部五段は再び攻勢に転じますが、決め手を欠いたまま最終盤を迎えます。
一分将棋の秒読みの中で長谷部五段は攻めを続けますが、1筋に浮いている後手の香を金で取ると後手から王手銀取りの攻防手を用意されているため思うように攻められません。この問題を解決するためには、怖いようでも一度玉の早逃げを敢行する必要がありました。実戦で長谷部五段がひねり出した角打ちは妥協の攻めでしたが、これに対して羽生九段が5筋に香を打った受けがうまく、ここで羽生九段が逆転に成功した格好です。羽生九段としては、決め手を与えないようギリギリまで相手の攻めを引き込んだのが功を奏しました。
最後は素早く反撃を決めた羽生九段が長谷部五段の玉を即詰みに討ち取って熱戦に幕を引きました。勝った羽生九段は本戦進出まであと1勝に迫りましたが、午後に行われた三枚堂七段戦で敗れ、惜しくも本戦進出を逃しました。
水留啓(将棋情報局)