九州経済調査協会とCCCマーケティング総合研究所は11月24日、共同で「西九州新幹線の開通効果」を発表した。開業後1カ月間と前年同期を比較した。報道によると、沿線自治体の来訪者数が大幅に増加し、とくに関東からの来訪者が増えたという。来訪者の傾向は鉄道ファンと旅行ファンとのこと。ただし、調査結果から解決すべき課題も見えてくる。それは「長崎旅行ブームは来たものの、西九州新幹線の利用に結びついていない」だ。
九州経済調査協会は1946年に設立された産学官連携による公益財団法人。九州・沖縄・山口の地域経済産業に関する総合的調査研究と政策立案などを目的としている。CCCマーケティング総合研究所は2020年に発足。蔦屋書店やメディアレンタル事業のTSUTAYAなどを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブの関連企業、CCCMKホールディングスの調査部門として、Tポイントのビッグデータをもとに調査活動を実施する。
両社はそれぞれが有するデータを組み合わせ、地域経済の分析結果を共同発表した。九州経済調査協会は、スマートフォンの位置情報と宿泊予約サイトの空室情報から算出した稼働状況をもとに分析。CCCマーケティング総合研究所は、Tカードユーザーの利用データをもとに分析した。
■発表内容は「好調」だったが…
この結果をもとにした報道記事によれば、西九州新幹線の停車駅がある自治体の来訪者数は、武雄市が前年比89.7%増、嬉野市が前年比73.2%増、大村市が前年比23.6%増、諫早市が前年比28.5%増、長崎市が前年比66.2%増だったという。長崎市よりも武雄市や嬉野市の伸びが大きい。全国的な観光地である長崎市は前年同期も来訪者が多く、一方で武雄市や嬉野市は前年同期の数値が少なかったからだろう。各自治体とも数値に差があるとはいえ、前年より増加している。
ほとんどの報道記事で、新幹線開通効果は大きいという論調だった。しかし筆者は違和感を抱く。1カ月前の10月24日、JR九州が発表した「西九州新幹線開業1ヶ月間のご利用状況について」と印象が異なるからだ。JR九州の発表によると、西九州新幹線の武雄温泉~長崎間の1カ月間の利用状況は前年同期比で229%だったという。かなり多い。ただし、2018年同期比は102%である。つまり、前年同期はまだコロナ禍の影響が残り、コロナ禍の前後で比較すれば、開業効果は2%増にとどまったといえる。
前年同期比は冷静に受け止める必要がある。大幅にプラスとなった理由はコロナ禍からの回復であり、新幹線開業効果とはいえない。じつは九州経済調査協会の報告書にも、「新幹線開通との関係は定かではない」との記述がある。
新幹線駅周辺の消費動向データはさらに厳しい結果を示していた。CCCマーケティング総合研究所は、新幹線駅を中心に半径1.5kmのTポイントデータを比較した。Tポイントというとコンビニエンスストアのファミリーマートを連想するが、Tポイント公式サイトで検索すると、西九州新幹線沿線のレストランや漫画喫茶などにも対応店舗が多いようだ。
●「該当市区町村在住者は除く来訪者(Tポイントカード利用者)」
- 西九州新幹線全駅(周辺の利用者) : 前年同期 24,651 UU → 開業1カ月 25,304 UU (増加)
- 武雄温泉駅(周辺の利用者) : 前年同期 5,952 UU → 開業1カ月 5,763 UU (減少)
- 嬉野温泉駅(周辺の利用者) : 前年同期 1,167 UU → 開業1カ月 956 UU (減少)
- 新大村駅(周辺の利用者) : 前年同期 1,835 UU → 開業1カ月 1,457 UU (減少)
- 諫早駅(周辺の利用者) : 前年同期 4,315 UU → 開業1カ月 4,422 UU (増加)
- 長崎駅(周辺の利用者) : 前年同期 11,810 UU → 開業1カ月 13,307 UU (増加)
Tカードが使用された回数ではなく、UU(ユニークユーザー数)である。同一人物が1日に複数回で使っても1人と数える。駅の乗降データではなく、駅周辺の店舗において、開業前の前年同期比のデータが得られる。いままでの開業前後比較では得られなかった視点だろう。結果は、長崎駅周辺と諫早駅周辺で増加したものの、武雄温泉駅、嬉野温泉駅、新大村駅の各駅周辺は減少していた。九州経済調査協会のデータとはかなり違う。
九州経済調査協会は西九州の広範囲でデータを公開している。前年比40%以上の増加を見ると、他に佐世保市、伊万里市もある。前年比30%以上の増加を見ると、雲仙市、西海市、松浦市、玄海町など、西九州新幹線の沿線から離れた地域もある。むしろ西九州全体で来訪者が増えており、佐賀市も増えている。減少した自治体は波佐見町(嬉野市や武雄市の西側に隣接する町)だけだった。
九州経済調査協会が「新幹線開通との関係は定かではない」とした理由も、この「西九州全体で増加」したことにあるだろう。西九州新幹線の開業で増えたか、そうではないか。判断がつかない。九州全体では39.6%の増加にとどまっており、武雄市の89.7%増、嬉野市の73.2%増、長崎市の66.2%増は突出している。西九州のコロナ禍からの回復が早かったとはいえそうだ。
それでも新幹線駅周辺の消費は落ち着いている。そこから立てられる仮説は、「西九州新幹線開業によって西九州の観光ブームが起きたが、その割に西九州新幹線の利用者は少ない」となる。皮肉な形になってしまった。
西九州新幹線全駅周辺の訪問客居住地データを比較すると、開業前より開業後の訪問者がプラスとなった居住地は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県。羽田空港から長崎空港へ訪れるという傾向が透けて見える。大阪府、兵庫県、愛知県、広島県、山口県の来訪者比率も微増となっているから、山陽新幹線から乗り継いで西九州新幹線を利用した人もいたようだ。大阪府、兵庫県、愛知県の人々は空路か、それとも山陽新幹線などを利用し、博多駅または新鳥栖駅と武雄温泉駅の2回乗換えで行ったか、気になるところだ。
気になる点といえばもうひとつ。九州経済調査協会のまとめた「宿泊稼働指数」がある。西九州新幹線の沿線や周辺地域で70~90台となっており、武雄市で93.4、諫早市で82.5、大村市で87.3と高水準だった。松浦市、伊万里市、島原市も90を超えている。
稼働率(満室率)ではなさそうだが、高すぎてもいけない。地域全体の満室状態が続くと、宿泊希望を叶えられない人が増える。つねに満室という状態が続くと、その地域自体が「泊まれない地域」と認識され、旅行計画から外されてしまう。旅行者の受け入れを増やすためにも、施設を増やしたほうがいい。宿泊業にとってビジネスチャンスでもある。
■鉄道ファンの来訪が可視化された!?
CCCマーケティング総合研究所は、Tカードの利用動向から西九州新幹線開業後の利用者層を分析している。「男女ともに40~60代のミドル層」は、夏休みの時期を外しているから妥当。「国内旅行、写真・映像が趣味。お酒も好む」「音楽鑑賞、読書、ゲーム、美術は嗜好しない」というアウトドア傾向も納得できる。
好きなお酒に関して、「プレミアムラインの限定品、新商品など積極的に試したい」とある。たしかに購入品目を見ると、9~10月に発売された新商品や期間限定品が多い。ただし、これは酒飲みに共通しそうな気がする。全国データと比較してほしいところだ。
面白いデータとして、購入書籍が挙げられる。蔦屋書店とTSUTAYAの雑誌購入履歴を見ると、上位に時刻表と鉄道趣味誌が多く、鉄道ファンの西九州新幹線開業初乗り目的が可視化されたといえる。ランキングは以下の通り。
- 1位 「るるぶ国内シリーズ(長崎、ハウステンボス・佐世保・雲仙)」
- 2位 「JR時刻表」
- 3位 「鉄道ファン」
- 4位 「まっぷる国内(長崎、ハウステンボス、佐世保・五島列島)」
- 5位 「JTB小さな時刻表」
- 6位 「AIRLINE」
- 7位 「鉄道ジャーナル」
- 8位 「鉄道ダイヤ情報」
- 9位 「プロ野球オール写真選手名鑑2022」
- 10位 「JTB時刻表」
- 11位 「鉄道ピクトリアル」
時刻表と鉄道趣味誌が半数以上を占めている。1位と4位は旅行情報誌で納得だが、8位と11位は鉄道趣味誌の中でもかなり深い内容を扱っている。JR九州が発表した「2018年比102%」の2%は鉄道ファンだったと考えても良さそうな気がする。いや、開業1カ月なら間違いなく鉄道ファンだろう。
6位に月刊誌の「AIRLINE」が入り、とくに西九州特集ではなさそうだったから、つねに購読している航空ファンと思われる。鉄道趣味と航空趣味の掛け持ちで、片道は「リレーかもめ」「かもめ」、片道は空路というパターンもありそう。Tポイント利用者数データを合わせると、「現地で消費しない。酒を飲むだけ」という身も蓋もない鉄道ファン像になりそうで、冷や汗が出る。
12位以下は子育て世帯向けの雑誌が目立った。こどもが大好きな新幹線に乗りに来た家族もいたことだろう。ぜひ、お子さまを鉄道ファンに育てていただきたい。鉄道ファンの先輩を代表して、心からビギナーを歓迎する。