ソニーグループにはコンシューマーエレクトロニクスからAI、ロボティクスにセンシングまで幅広い独自の先端テクノロジーの資産があります。
同社がさまざまな分野で培ってきた技術を年に一度、グループ内で共有交換するイベント「Sony Technology Exchange Fair 2022(STEF 2022)」。イベントが今年開催50回の節目を迎えたことから、6日に展示内容の一部が、報道関係者とアナリストに向けて初めて公開されました。
AIロボットとaiboの共演、「においのエンターテインメント」も
ソニーの本社には最新の研究開発による成果が集められ、報道関係者とアナリストに公開されました。
「mocopi(モコピ)」は12月中旬から予約販売を開始、1月下旬に発売される小型モバイルモーションキャプチャーの新製品。体の6箇所にコインサイズのセンシングデバイスを装着するだけで、全身の動きをモーションデータとして取り込めるクリエイター向けのデバイスです。
ユーザーが装着すると、全身の動きをCGによるアバターなどグラフィックスの動きに正確に遅延なく反映できます。ただ、指先の動きや顔の表情は捉えられません。
展示会場ではmocopiのほかに、顔と指の動きをトラッキングできるセンサーの情報を組み合わせて、ソニーミュージックソリューションズが開発を進めるソフトウェアに情報を統合。体の動きを隈なくアバターに再現するデモンストレーションが紹介されました。同様の使い方は、ユーザーが使い慣れたソフトウェアでも実現できます。
ソニーは2022年秋に、嗅素(においの素)を高精度に制御する「Tensor Valveテクノロジー」と、これを搭載する初めての製品として、“におい提示装置”の「NOS-DX1000」を、医療・研究機関向けに発売しました。
Tensor Valveの技術の肝は、嗅素成分を高い出力で放ち、ユーザーに明らかな「臭い」を届けるリニアアクチュエーターです。
今回のイベント会場には、この基幹部品を組み込んだコンパクトなスティック型のモジュール「Grid Scent」の試作機を展示。天井や壁面にモジュールを埋め込み、アプリケーションで制御しながら「心地よい臭いのある空間」を演出する活用イメージなどが紹介されました。
ソニーは独自に対話型AIエンジンの開発も進めています。ソニーが2022年4月に発表したAIエンタテインメントロボット「poiq「poiq(ポイック)」も、このAIエンジンと連携しています。
クラウド上にあるAIエンジンが、ポイックとロボットペットの「aibo(アイボ)」と同時につながり、一緒に会話やダンスを披露する「AIどうしの協調動作」のデモンストレーションも見ることができました。
ポイックはまだ商品化されていないプロトタイプのロボットですが、今後ユーザーと複雑なコミュニケーションも交わせるAIロボットとして商品化されるのでしょうか。とても楽しみです。
STEF 2022の展示は残念ながら一般向けに公開されていませんが、イベントで紹介されているソニーの先端技術の概略は特設サイトから知ることができます。ぜひチェックしてみてください。
ソニーがこれから目指すもの、50周年を迎えた技術交換会、
ソニーのSTEFはグループ内の技術資産の交流を促進し、社員による意見交換から新たな価値創造を実現することを目的として、1973年から毎年開催されてきたイベントです。
同日開催された研究開発方針説明会では、ソニーグループの執行役兼CTOである北野宏明氏が「センシング・AI・デジタル仮想空間」に関連するソニー独自のテクノロジーの展望を語りました。
ソニーグループの中には独自のR&Dセンターがあり、同社製品を差別化する技術やプロダクトデザインがここから生まれてきました。近年は独自のAI(人工知能)やメタバースに関連する技術革新や、新素材の研究開発にも同センターが深く関わっています。ソニーグループの北野氏は同部門の責任者であり、ソニーコンピューターサイエンス研究所とソニーAI、両社の社長も兼任するキーパーソンです。
北野氏は説明会のステージに上がり、2023年以降にソニーグループのR&D部門が何をテーマとして取り組み、これから組織をどのように変革していくのか詳細を説明しました。
3つの柱は「センシング」「AI」「デジタル仮想空間」
ソニーグループでは「クリエイティビティとテクノロジーの力」により、多くの感動をもたらす価値を創造することを会社の「存在意義=Purpose」として定義しています。中核的な部門のひとつに据えるR&D部門のミッションは「我々の文明を進歩させ、惑星を持続可能にする」ことであると北野氏は説いています。
これを達成するためには、世界中のさまざまなクリエイターと良好な関係を築き「ソニーが選ばれるブランドになること」が肝要と北野氏は説いています。
ソニーが選ばれるために大事な「3つの柱」については、クリエイティビティを解き放つためのツールの開発、クリエイターによるIP(知的財産や創作物)を価値に変える技術、ファンを巻き込んで結び付きを最大化するためのソリューションを、それぞれ形にすることだといいます。
ソニーグループの事業を今後も続けて拡大するために、重要な技術領域として「センシング」「AI」「デジタル仮想空間」の3つに注力すると北野氏は述べています。
それぞれの技術を連携――例えば現実世界のデータをセンシングにより獲得してAIで解析、感動を生み出す新たな価値を提供する、といったことが「ソニーの独自性」にもつながると北野氏は強調しています。
同様にAIを介して仮想世界内の価値を再び現実世界にフィードバックする強固な「ループ」をつくることが、ソニーをデータドリブンなAIカンパニーとして変革することにもつながるといいます。
大規模なAIモデルの構築には、著作権や倫理の課題も
AIの研究開発については、大規模なAIモデル(ファウンデーションモデル)の構築に注力していく方針です。北野氏は次のような考えを示しました。
「極めて大量のデータに基づく大規模なAIシステムが高い能力を発揮することが、近年徐々に明らかになっています。また、これからは企業の競争力はファウンデーションモデルの有無に左右されるとも言われています。AIに関わる技術の進化が人々のクリエイティビティを支え、持続可能な社会をつくることにも大きく貢献すると私たちは信じています。
ファウンデーションモデルの現実的な活用方法はまだ試行錯誤の段階ですが、遠くない将来に実用化されるという展望もあります。一方、ファウンデーションモデルを成立させるために欠かせない大規模データを獲得するには、該当するデータの著作権やAI倫理に関する課題を丁寧に解決する必要もあります。」
ソニーグループでは、AIの開発および利用をさらに拡大するため、人々の多様性や人権の尊重、差別の防止、透明性や信頼性を担保しながら、先端技術を倫理的に活用するためのガイドラインがあります。
説明会に出席したAIコラボレーションオフィス 担当部長のアリス・シャン氏は「このガイドラインを守ることを徹底しながら、関連するAIテクノロジーの研究開発に注力している」のだと、ソニーグループのスタンスを説明しました。
研究開発部門を再構築。事業部門と迅速に連携できる体制に
ソニーは2023年度の4月から、グループの各事業部門とR&D部門を有機的に結び付けて、ビジネスを円滑化するための仕組みを整備します。
大規模AIモデルの開発をさらに前に進めるため、2020年設立の株式会社ソニーAIをベースとした研究開発組織「Sony Research」を立ち上げます。新しい組織の役割を、ソニーグループ R&Dセンターの野本和正氏は次のように述べています。
「従来、R&Dセンターが主となってきた中長期的な研究開発の組織を各事業部門に移して、カスタマーの声を早めに活かしながら、より効果的な開発が出来る環境を実現する狙いがあります」(野本氏)
またソニーグループの内外と連携する研究営業部門も設立されます。ソニーグループ 執行役員 R&Dセンター長の玉井久視氏は、同組織の役割について、AIに関するテクノロジーを「活かし」「知見をつくり」、外部の知見と「結びつける」インフラとしての機能を果たすことことであるとしています。
「研究開発の成果がそのままソニーの製品へスムーズに採用される場合はいいのですが、研究開発の段階で状況が変わることもあります。いいアイデアが行き場を失わないよう、ソニーの社内、あるいは外部にスピンアウトさせて活かすことも含めて、研究の成果をビジネス等につなぐことが組織の役割です。」(玉井氏)
ソニーグループの北野氏は「今後もCTOとして、ソニーの研究開発部門で活躍するスタッフたちが持てる力を最大限まで発揮できる環境を整えていきたい」としながら、研究開発の体制自体を「企業革新のイノベーションエンジン」とする意気込みを語りました。