フェニルプロパノイドは、植物に普遍的に存在する物質で、活性酸素を除去する機能(抗酸化作用)を持つ。同物質の仲間には4デバイを超える大きな永久双極子モーメントを持つ分子もあり、その一例が、ビニレン基(-CH=CH-)にカルボキシ基(-COOH)とカテコール基が結合した構造を持つカフェ酸である。今回の研究では、同分子の薄膜層が、真空蒸着法を用いて金の電極に形成された。
ケルビンプローブ法で仕事関数が測定されたところ、カフェ酸を被覆する前に比べて電極の仕事関数が0.5eV程度増加することが確認された。電極の種類が銀、銅、鉄、インジウムスズ酸化物、自然酸化膜付きのシリコンであっても、カフェ酸の効果により仕事関数が増加することもわかった。また、スピンコートで薄膜層を形成しても同様の効果が確認されたという。つまり、同分子の薄膜層が汎用性のある電極修飾層として機能することが明らかにされたのである。
また、赤外反射吸収分光を用いて分子の配向を調べたところ、カフェ酸分子は長軸を傾けて配向していることが判明。傾いた分子が永久双極子モーメントをそろえて薄膜を形成した結果、電極表面の電位が変化し、仕事関数が大きくなったことが考えられるという。これは固体表面と結合しやすいカテコール基が、電極表面に優先的に吸着するためであることもわかったとする。さらに、カフェ酸の薄膜層は、塗布型の有機半導体の薄膜を作製する際に用いられる有機溶媒には溶けないことも確かめられた。
これらの結果を踏まえ、クロロベンゼンに溶かした有機半導体「ポリ(3-ヘキシルチオフェン)」をカフェ酸で被覆したITO基板にスピンコートし、上部電極にアルミニウムを用いた有機半導体デバイスが作製された。その結果、カフェ酸層を挿入することで、有機半導体デバイスに流れる電流は、カフェ酸を挟んでいない場合に比べて最大100倍に増加し、有機半導体デバイスの性能が大きく向上することが明らかにされた。
研究チームによると、今回開発された電極修飾技術は、基板の種類に依存しないため、有機半導体デバイス全般の電極に応用可能だ。今後は、仕事関数を制御するための材料探索やプロセス開発を実施し、IoT社会を支える有機半導体デバイスに今回の研究で提案した電極修飾技術を応用することを目指すとしている。さらに、使用済みデバイスの廃棄後の環境負荷を極限まで下げることを目標とし、循環型社会に適合したオールバイオマス由来のデバイス作りに取り組んでいくとした。