最新の将棋AIの実力と研究成果を競うオンライン大会である「第3回世界将棋AI電竜戦」(主催:特定非営利活動法人AI電竜戦プロジェクト、後援:デジタル庁ほか)が12月3・4日(土・日)に行われました。2日間にわたる大会の結果、A級リーグで15勝2敗1千日手の成績を残した水匠が優勝を飾り、第3回電竜の座に輝きました。

DL系ソフトの3連覇なるか

本大会はまず、34の将棋AI(以下ソフトと呼ぶ)が1日目の予選を戦ってA級・B級・C級の3つのリーグに振り分けられ、さらに翌日に戦われるA級リーグの頂点に立ったソフトに電竜の称号が与えられるというもの。成績上位16チームには「第1回マイナビニュース杯電竜戦統一ハードウェア戦」への参加資格が与えられます。

さまざまな参加チームのなかでも、前回・前々回優勝ソフト「GCT」を開発した山岡忠夫さん・加納邦彦さんが株式会社HEROZの協力のもとに開発した「dlshogi with HEROZ 30b」(以降「dlshogi」)に優勝の期待がかかります。他にも、検討ソフトとしてプロアマ問わず人気の高い「水匠」(開発者:たややんさん)や、プロ棋士の谷合廣紀四段が開発した「Etude No.1」、さらには本大会で唯一人間とソフトの合議制として出場したあらきっぺさんにも注目が集まりました。

dlshogiの躍進

戦前の予想に違わず、本大会はdlshogiの躍進で幕を開けます。矢倉、相掛かり、角換わりといった相居飛車の定跡を武器に白星を重ね、そのまま9勝1敗で難なく首位突破を決めました。dlshogiに予選で唯一土をつけた「Ryfamate with C」も2位で追走します。注目の水匠は5位、あらきっぺさんも9位でA級に滑り込んで大会は2日目を迎えました。

ここでdlshogiについて簡単に説明しておきます。αβ探索を軸にして主流の座を占めてきた従来型の思考エンジンNNUE(CPUを使用)に対し、ディープラーニングを採用したdlshogi(GPUを使用)は局面評価の精度の高さに強みを発揮してここ2年ほどのトレンドとなってきました。近年はプロ棋士の間でもディープラーニング系ソフトが広まっていますが、マシン面でのコストが高いためその導入には障壁が残ります。

人間とソフトの合議制出場 あらきっぺさんが活躍

2日目に行われたA級リーグでは、あらきっぺさんの善戦が目を引きました。市販のマシン環境であること、持ち時間10分の早指しであることに加え、先後合わせて20局を指す長丁場であることなども人間にとっては不利に働きますが、それでもあらきっぺさんは「戦型によっては、70手目付近まで研究手順を用意している」という自慢の角換わり研究を武器に並み居る強豪ソフトを撃破していきます。

A級リーグ3回戦の水匠戦こそ手順前後で千日手に甘んじたものの、続く4回戦では完璧な事前準備を披露して「Ryfamate with C」をねじ伏せます。さらにこのあと10回戦のdlshogi戦では、先手番で渾身の角換わり研究をぶつけてdlshogiの全勝を阻止しました(※1)。これを見た大会関係者は「これは凄い」、「dlshogiが最初に負けるのがあらきっぺさんになるとは」と次々に感嘆の声を挙げました。6勝11敗1分のA級7位で終えたあらきっぺさんは大会後Twitterを更新し、「また来年も挑戦します!」と次回も参加する旨を表明しました。

水匠がdlshogiを破って優勝

それぞれの戦いが進み、ラスト2局を残した段階でA級優勝の可能性は14勝1敗1分の水匠と14勝2敗のdlshogiに絞られていました。この成績を受け、優勝の行方は水匠とdlshogiの直接対決2局に委ねられました。注目の17回戦で先手となったdlshogiは相掛かりで近年プロ間でも流行している右桂優先型の定跡に誘導。後手の水匠の無理攻めを誘って完封勝ちを収めます。この結果、最終18回戦は勝った方が優勝(千日手ならdlshogi優勝)という状況になりました。

先手番で始まった最終18回戦で、水匠は得意の角換わり腰掛け銀の定跡をぶつけます。プロ間でも実戦例のある展開が続き、80手目にしてようやく両者の定跡から外れました(※2)。このあたりから形勢の針は先手有利に触れはじめ、水匠が先手番の利を具体化したことが明らかになってきました。その後も安定した指し回しを見せた水匠が無事勝利を収め、A級リーグでの優勝を飾る結果になりました。

直接対決では先手番をキープし合った両者ですが、終わってみればあらきっぺさんとの戦いを1勝1分で乗り切った水匠と1勝1敗に甘んじたdlshogiの差が優勝を分けた形です。優勝した水匠の開発者・たややんさんは、「dlshogiを倒すべく先手番の定跡作成に注力したのがうまくいった。この技術を生かして他の定跡においても将棋の研究発展に寄与したい」と喜びを語りました(※3)。今大会を振り返ると、先手番有利の傾向と角換わり腰掛け銀定跡の重要性が改めて浮き彫りになった格好です。

その他の受賞者

B級では「BURNING BRIDGES」(開発者:猫神家の一族)、「W@nderER」(開発者:ihme_vaeltaa)と「二番絞り(ビール工房HFT支店)」(開発者:芝世弐さん、曽根壮大さん)が同率優勝しました。またC級では「元気もりもりニンニクパワー」(開発者:都賀町えいだ)が優勝しました。さらに電竜戦特別賞としてあらきっぺさん、若竜賞として「Lightweight」(開発者:神田剛志さん)が表彰されました。

※1 豊島―藤井聡戦(2021年11月、竜王戦第4局)と53手目まで同一。
※2 藤井聡―永瀬戦(2022年7月、棋聖戦第3局)と75手目まで同一。
※3 水匠は今大会に向けて2万局の自己対戦によって自動的に定跡を作成した。

水留啓(将棋情報局)

  • 水匠は2020年5月に行われた「世界コンピュータ将棋オンライン大会」以来の優勝を手にした

    水匠は2020年5月に行われた「世界コンピュータ将棋オンライン大会」以来の優勝を手にした