コロナ禍でお出かけの機会が減ったり、リモートワークの選択肢が増えたりして、家族で過ごす時間が増えた人も少なくないでしょう。ただ、家族の時間が増えて嬉しい反面、「家族へのイライラが止まらない」「パートナーの機嫌が悪い」などの悩みを抱える人も多くいます。
『家事と育児と男と女』を連載中の漫画家・水谷さるころさんもそのひとり。夫のノダDさんと息子のマイルくんと3人で暮らすさるころさんは、コロナ禍での密室育児で、以前からキレやすかった夫が怒りを抑えきれず、子どもに手を上げてしまうようになる姿を目の当たりにします。それから「第三者に頼る必要がある」と判断したさるころさんは、夫とともに夫婦カウンセリングへいくことに。
12月7日に発売される書籍『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい! 』(幻冬舎)では、家族で受けたカウンセリングの内容や、夫がキレなくなるまでのストーリーが描かれています。今回は、作者の水谷さるころさんに、キレやすい夫がキレなくなった理由や、家族としての思いを聞きました。
元々キレやすかった夫
――書籍では、事実婚のパートナー・ノダDさんの変化が描かれていますね。元々、ノダDさんはキレやすかったのでしょうか?
水谷さん:ノダDは、元々仕事で一緒になったときから、自ら「キレやすい」とは言っていて、結婚してからも度々キレることはありました。ただ、私が怒ると基本的にはすぐに「ごめんね」と謝ってくる感じでした。ノダDは基本的にはキレやすいところはありましたが、キレる原因は少しずつ違います。掘り下げれば原因は多分同じところにあると思うんですけど、要は“そこにどう行きつくか”のルートが違うし、シチュエーションやそのときのコンディションによっても違うなっていう感じでしたね。
――なるほど、お子さん・マイルくんが生まれてからはいかがでしたか?
水谷さん:子どもが生まれてからはそう簡単に別れられなくなったからか、私に対しての態度がちょっと雑になっている感じがありました。結構ノダDの気分によって振り回されることもあり、旅行中に大げんかをして、「次にキレたら別れる」と通告したこともありました。その時はすごく反省したようで、それ以来ものすごく感情的になったり、雑にコミュニケーションをしたりするようなことは減りました。結構自覚して気をつけてくれるようになったんです。
――一度は改善したのですね。
水谷さん:「改善してよかったな」と思っていた頃、息子が成長して幼児から少年になってきたら、ノダDの息子に対するアプローチが変わった感じがしました。「子どもが大きくなってきたし、ちょっと荒っぽくても男の子ならこんなもんだろう」と、無意識に少しずつ認識が変わっていく様子が見えたんです。そんな怒りっぽいノダDに対して、息子も「どこまでやったらお父さんが怒るか? 」と試す「試し行動」をとるようになりました。そんな中で新型コロナが流行して、家族でしか過ごせなくなったことで、ノダDが子どもに対してキレる機会が増えてしまったと思います。
コロナ禍、初めて息子に手をあげた
――コロナ禍、さるころさん一家にはどんな変化があったのでしょうか?
水谷さん:とくに2020年4月から始まった外出自粛期間中は、本当に、家族以外とは会うことのない生活でした。普段だったら保育園や仕事で別々に行動していたのに、みんなずっと家にいる。特に映像ディレクターであるノダDは撮影の仕事がキャンセルになるなどポジティブな状況ではなかった。そうすると、イライラすることももちろんあって、もめる原因も頻度も増えたんです。家族の関係が密になって、それまで順調に「うまく変化できている」と思っていた状況が変わってしまったんですよね。
――書籍では、そんなコロナ禍で公園に行った時に、ノダさんが息子さんに手を上げてしまったエピソードが描かれていましたね。
水谷さん:公園で自転車の練習中にマイルが転んでしまって、それに対してノダDが「俺は手を離すって言っただろうが! 」と怒鳴って、「バッコーン」と叩いたんですね。息子からすると、自分が転んじゃって「痛い、怖かった」という気持ちがある中で、助けてくれると思っていたお父さんから突然殴られてしまった。もちろん痛いし、「なんで叩くの? 」ってパニック状態になっていました。
ノダDは完全に「どうかしちゃってるな」という様子に見えました。漫画で描いたみたいに、目がグルグルしている感じで、完全に冷静さを失っていましたね。
――その時、さるころさんはどのように感じましたか?
水谷さん:これまでもキレたり怒鳴ったり、突然何かの琴線に触れてカッとなったりすることはよくあったので、そうしたノダDの姿には慣れてはいました。落ち着いたら元に戻るのは知っているので。
しかし、この時はいきなり息子を叩いたことで、私の感情は「なんで? 」の一言でした。子どもにカッとなってしまうと言っても、感情的には理解できるシチュエーションってあると思うんですよね。例えば、絶対にやってはいけないことや、命の危機やケガにつながるような危険な行為を子どもがした時に感情的になってしまったなら、「まあまあ……」みたいに言えたと思うんです。
ただその時は、息子は全く悪くない状況で突然キレてカッとなって叩いて、全てが理解できなかった。保育園が休園だったので、公園には友人の親子も何組かいたんですよ。とりあえず子どもを安心させてあげないと、というのが第一でノダDをクールダウンさせて家に帰ることを優先しました。
そしてカウンセリングへ
――それからしばらくして、再びノダDさんが息子さんに手を出してしまい、家族でカウンセリングにいくことを決意するまでが書籍では描かれています。カウンセリングに行くまで、どのような経緯がありましたか?
水谷さん:これまでノダDがキレる時は、「彼はこういうシチュエーションが苦手だから、キレそうだな」などと事前に推測できたんですよね。ただ、子どもに手を出した理由については、私自身には全く理解できなくて、さらに本人に聞いても全くわからないと言っていて、「隠された過去のトラウマがあるのか? 」とか、「私たちが知り得ない謎のパズルのピースがあるんじゃないか? 」と思えてきたんです。家族だけで解決するのは手詰まりだったので、もうプロの手を借りた方がいいなと考えて、カウンセリングに行くことに決めました。
――家族の問題を第三者に相談するのはハードルが高いという声もよく耳にします。ノダDさんはカウンセリングに行くことに対して抵抗はありませんでしたか?
水谷さん:以前、夫婦で「運気アップしたいねー」くらいのノリで占いをしてもらいに行ったことがあったんですよ。行ってみたら、「奥さんがもっとデザインセンスを生かしてご主人にアドバイスをした方がいい」と言われました。それまではお互いに仕事のことにはなるべく口を出さないと決めていたのですが、それからはデザインの部分では、ノダDも私に相談するようになったし、私からも伝えるようにしたんです。結果的にそれはお互いにすごくよく働いて、夫婦関係や仕事にいい影響がありました。
第三者の助言を生かしてうまくいったという成功体験があったので、それが共有認識となって、困ったら第三者のプロに頼るという選択はしやすかったと思います。
――カウンセリング先については、ノダDさんの方から「ここに行きたい」という話があったそうですね。
水谷さん:そうは言っても、自分の欠点を他人に相談するので、ノダDも最初は気が進まない様子でした。ただ、自分がキレなくなることを求められているという認識もしていたようで、「行かなければ」という思いもあったようです。
私がカウンセラーを調べていたらノダDが、コラムニストの犬山紙子さんがカウンセリングに行ったエピソードを書かれているコラムを読んで、「ここなら行ってもいいかな」と言い出したんです。私は犬山さんにすぐ「あれってどこですか」ってLINEで聞いて教えてもらえた。私たちの場合は、本人がそう思えるところを見つけられたことと、そこにすぐ行けたことが、すごくラッキーだったと思っています。
――なるほど。確かに本人から提案してくれたというところは結構大事なポイントですね。第三者の力を借りてよかったと思うことはなんですか?
水谷さん:漫画にも描いているんですけど、夫婦って二次元的な関係だなと思っていて。「私はこう思う」って言っても、「それは君の考えであって、俺は間違っていない」と答える押し問答になりがちだと思います。お互いの言い分が拮抗して「どっちも正しい」状態になって、なかなか方向性がうまく示せずに、話し合いが膠着してしまうことが多いですよね。そこで、第三者のプロに相談することで、事実を淡々と伝えてくれることが、一番ありがたかったです。
また、ノダDにとって一番効いたのは、「子どもを叩くことが、社会的にどれぐらいだめな行為か」という事実を、「そのままだとこうなりますよ」と淡々と言われたことだったそうです。あとは、「こういう状況で困っているんです」という話を、私が先生に話しているのを聞いていたら、客観的に「これってやばいんじゃないの? 」と、自分の行動を認知できたと話していました。それまでも、私が直接話してはいたんですが、第三者に話しているのを聞いて、初めてきちんと「俺ってやばいんだ」って思えたそうです。
水谷さん:例えば友達や親戚を介在したとしても、どちらかの味方をしてしまう場合が多いので、さらにもめるケースが多いと思います。あくまでも中立で、どちらかにとっても利益のある人間ではなく、第三者が間に入る必要があると思います。
――これまで夫婦間だった二次元の関係が、プロのカウンセラーの手を借りたことで、三次元になったのですね。
水谷さん:そうですね、問題が起きた時、まずは問題の認知ができないと解決できませんよね。うちはカウンセリングに行って1回目で問題の認知ができたので、本当にラッキーなケースだと思います。自分自身で客観的に見て、問題行動をしていることが認知できたら、やっぱり変わっていきますよね。
水谷さん:ただ、その先生もおっしゃっていたのですが、誰もがカウンセリングに行ったからといってすぐに変化するとは限らないそうです。「絶対に自分は間違っていない、悪くない」というタイプの人は、カウンセリングに行ってもなかなか変われないし、時間がかかるそうです。無自覚に自分は間違っていないって思っている人にとっては、いかにして問題を認知するかが一番難しく、大事なことだと感じましたね。
夫がキレなくなると夫婦も親子も関係が改善した
――書籍では、その後1回の夫婦カウンセリングと1回ずつそれぞれのカウンセリングを受けて、ノダDさんがキレなくなった様子が描かれています。長年自分の価値観で生きていると、そこから変わるのってすごく難しいことだと思うのですが、ノダDさんが変われたのは、割と柔軟なタイプだったからという風に思われますか?
水谷さん:そうですね。ノダDはもともと「男らしさ」について、あまり肯定的じゃないんですよ。上下関係とか、力で押さえつけるというような人にはなりたくないって思っていたのに、自分がそうなっているという点では、特に「変わりたい」と思ったのかなと思います。
――その後、ノダDさんと息子さんの親子関係はいかがですか?
水谷さん:カウンセリングはノダDと私、そして息子もそれぞれ受けたのですが、その時先生から、「お子さんはストレスが強く、3人でいたいとは思っているけど、お父さんのことは怖いと思っている」と言われました。当時は私自身もかなりショックで、ノダDに対して「なんとか変わってくれ……」と強く思いました。ただ、ノダDがキレなくなってから半年ほどしてから「お父さん怖い? 」と聞いてみると、「いや、怖くない」と。実際に2人の様子を見ていても、ノダDを怒らせるような試し行動もなくなって、2人で仲良く遊ぶ様子が見られるようになりましたね。
――ノダDさんには、前のパートナーとの間に2人のお子さんがいらっしゃいますが、その関係性も変化があったそうですね。
水谷さん:ノダDは2人が12歳と8歳の時に前の奥さんと離婚していて、それ以来12年間離れて暮らしてきました。ずっと月イチで父と子の面会はしていたんですが、私と再婚して息子が生まれてからは私も含めて会うことになって。それで気がついたら徐々に彼らが私に連絡してくることが増えました。明確に自覚はしていなくても、お父さんよりも私のほうが話しかけやすい存在だったんだと思います。
ただ、ノダDがキレなくなってからは2人との関係性にも少しずつ変化が見られて、妹の方からは「お父さん本当に変わった。変われてすごい」という言葉ももらいました。
また、お兄ちゃんとは「お父さんカウンセリング受けたんだよ」という話から、彼自身の心の話や、お父さんについての認識の話をするようになって、今までモヤモヤしてたことをお互いが少し言語化できた感じはあります。関係がちょっと整理された感じはありますが、どうしたらより良い信頼関係になるのかは、今も構築中だと思いますね。
――ノダDさん本人は、ご自身の変化をどう感じておられる様子ですか?
水谷さん:書籍でも描いているのですが、実は本人はあまり変わった気がしていないそうなんです。「怖い」と思っている時って、子どもの方が機嫌を取ってくるんですよね。今は別に機嫌を取るようなことはないけど、前より安心して接してると思うんです。その違いはアプローチにおいては特に変わらないので、「別に今も昔も俺は子どもから好かれてますけど」くらいの感じなのかもしれません(笑)。
またうちの場合だと、私が息子を叱って夫が子どもをフォローする機会がすごく増えましたね。例えば、約束を守らなかったり、やるべきことをやらなかったりして私が息子を叱っているタイミングで、いい顔をして「どうしたんだい? 」とか言いながら部屋に入ってくるんですよ(笑)。今までノダDにとっては、多分子どもと自分が同列だったんですよね。だけど、「自分はケアする側なんだから、ちゃんと家族をフォローしないと」という意識ができたんだなと、嬉しく思っています。
――ノダDさんにとっても、キレてしまうことのストレスがなくなったことで、穏やかに過ごせて快適になったのかなと思うのですが、そのあたりはさるころさんから見て、いかがですか?
水谷さん:別に「こんなにしてくれて、気がつかせてくれてありがとう」みたいな言葉はないですよ。でも、私が好きな古墳にはよく連れて行ってくれるので、もしかしたら感謝されているのかもしれないですね(笑)。
――今、夫婦関係で悩んでいる方に対して、メッセージはありますか?
水谷さん:おそらく、「カウンセリングに行くのが怖い」っていう男性側の心理って、裁判にかけられに行くような気持ちなんじゃないのかなって思うんです。私はみんなでニコニコ暮らしたいだけなのだから、一緒に原因を追及して改善しようっていう心持ちでいるようにしていました。
問題を解決する時にどんなに怒ったり悲しかったりしても、相手にそれをぶつけてもさらにこじれてしまうだけかもしれない。だからこそ、私は「相手の罪を断罪しない」と心がけていました。
そういう風にアプローチしないと、きっとカウンセリングについて来てくれないし、そもそも話を聞いてくれないと思うんです。例えば、北風と太陽だったら太陽にならないとダメなんだなっていうところは実感としてありました。また、男性に対しては「変わることは怖いことじゃないよ」って言ってあげたいですね。
――また、親子関係についても、改善したいと思っている人にアドバイスはありますか?
水谷さん:今回、親子関係で一番大事なのは「子どもがいかに安心できるか」なんだなって実感しました。マイルもそうですけど、お兄ちゃんやお姉ちゃんの様子を見ると、子どもには安心できる関係性が一番求められているんだなって、すごく思ったんですよね。だから、子どもが親に対して自由に発言できるとか、家に帰って来て安心できているかとか、そこを一番の軸にして考えなければと思っています。
安心さえできていれば、全部を話さなくてもいいかもしれない。「親にこれを言ったら何て言われるかな? 」などと考えなくていい状態こそが、安心できている状態だと思うんです。正しいか正しくないかは一旦置いておいて、子どもが安心している状態になれればまずはそれでいいっていう風に、目的を割り切っちゃった方がいいのかなとは思っています。
――ありがとうございました。
書籍では、ノダDさんと息子のマイルくんや前妻の間のお子さんたちとの関係改善や、ノダDさんのキレてしまう症状の改善ストーリーがより詳細に描かれています。また、水谷さん夫婦のカウンセリングを担当したカウンセラー・山脇由貴子先生のコラムも参考になるものばかり。夫婦関係、親子関係に悩む方はぜひ一度手に取ってみてくださいね。
『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい! 』
(幻冬舎刊/1,100円)
12月7日発売予定。家事分担や育児にまつわる諸問題を話し合って解決してきた著者・水谷さるころ&事実婚パートナーのノダD。しかし子どもが大きくなって、しかもコロナ禍に突入したことで、夫・ノダDの「不機嫌&キレ問題」が再燃焼! 「これは家族だけでは解決できない! 」と決意して家族でカウンセリングに通い、改善していった実録コミックエッセイ。担当カウンセラー・山脇由貴子先生のコラムも収録。くわしくはコチラ
水谷さるころ
女子美術短期大学卒業。イラストレーター・マンガ家・グラフィックデザイナー。
1999年「コミック・キュー」にてマンガ家デビュー。2008年に旅チャンネルの番組『行くぞ! 30日間世界一周』に出演、のちにその道中の顛末が『30日間世界一周! (イースト・プレス)』としてマンガ化(全3巻)される。2006年初婚・2009年離婚・2012年再婚(事実婚)。アラサーの10年を描いた『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)を出版。その後2014年に出産し、現在は一児の母。産前産後の夫婦関係を描いた『目指せ! ツーオペ育児 ふたりで親になるわけで』(新潮社)、『どんどん仲良くなる夫婦は、家事をうまく分担している。』(幻冬舎)が近著にある。趣味の空手は弐段の腕前。