Apple Watch Series 8/Ultraでは、新たに搭載された「皮膚温センサー」により、「手首皮膚温」の計測が可能になりました。また、このデータをもとにした「過去の排卵日の推定」機能が追加されました。これらの新機能によって、月経予測の精度向上が期待できます。watchOS 6で初めて「周期記録」が搭載されて以来の大きなアップデートとなりました。

今回の新機能について、Appleのヘルス担当バイスプレジデント サンバル・デサイ博士にメールインタビューをする機会を得ましたので、その回答をもとに新機能の意義と今後の「ヘルスケア」について考えてみたいと思います。

Apple専門誌『Mac Fan』の連載「Command+Eye」でも、記事「『周期記録』機能の進化に見るAppleが目指すヘルスケアの未来」にてサンバル・デサイ博士にメールインタビューを実施。併せてご覧ください!

  • Apple ヘルス担当バイスプレジデント サンバル・デサイ博士

なぜ必要? 「周期記録」と「手首皮膚温」の基本

初めに、「周期記録」の基本的な機能について解説します。「周期記録」とは、月経期間を記録するwatchOSのアプリです。iOSでは「ヘルスケア」の一部として組み込まれています。月経はある程度周期性があるため、記録を続けるうちに次回の期間を推測できるようになります。このために、多くの女性が月経管理アプリを使用しています。

個人差はありますが、月経期間中は生理痛や出血の手当てのために生活や仕事に支障が出る場合があります。また、ホルモンの変動が関わるとされるPMS(月経前症候群:特定の期間における心身の特徴的な不調)は、周期と症状との相関を把握することが対処の足がかりとなります。そのために、数週間先までの体調予測は必須です。気圧の変化で頭痛の起きる人が天気をチェックするのと同じく、原因を変えられないとしても状況を把握することが重要なのです。

  • 「ヘルスケア」>「周期記録」は月経期間を記録する機能。他の月経管理アプリと比べると素っ気ないデザインに見えますが、使ってみるとUIは合理的です。翻訳が一部わかりにくいのが難点

新機能である「手首皮膚温」は、この精度をより高めることに役立ちます。女性の体温(小数点以下2桁)を継続的に測ると、基準値から見て比較的低めの「低温期」と高めの「高温期」が繰り返します。その変動からホルモンの変化や排卵日を推測することができます。一般的に「基礎体温」と言われるもので、特にPMSへの備えをしたり、妊娠を希望する人にとっては重要な指標となっています。

しかし基礎体温は通常、毎朝起床時、動き出す前に計測する必要があり、継続するにはそれなりに努力が必要です。これがApple Watchで自動的にできることは大きな利点です。

  • 「ヘルスケア」の「ブラウズ」タブ>「身体計測値」>「手首皮膚温」の計測値。活動量が安定する睡眠中に、小数点下2桁の変動が記録されます。体温ではなく、ベースラインからの変動値である点に注意

デサイ博士はこれらの機能について「私たちのチームは、使いやすく、理解しやすい体験を提供するために懸命に取り組みました。健康に関する重要な情報を提供するだけでなく、ユーザーが快適かつ信頼して利用できるようにしたいと考えています」と述べています。

「手首皮膚温」の使い方と「過去の排卵推定」

次に、新機能の使い方を解説します。「手首皮膚温」は「睡眠」集中モードと連動し、睡眠中に自動で計測されます。「ヘルスケア」>「睡眠」で、「睡眠スケジュール」をオンにしておくのがおすすめです。

睡眠スケジュールを設定する方法

  • 「ヘルスケア」の「ブラウズ」タブを開き、[睡眠]をタップ。[睡眠スケジュール]を開きます

  • [睡眠スケジュール]をオンにし、[“睡眠”集中モードにスケジュールを使用]もオンに。[スケジュールを設定]をタップし、曜日と就寝時刻・起床時刻を設定して[追加]

これで、睡眠時に自動的に計測が行われます。ただし、最初に5日間、毎晩4時間以上の睡眠時間が必要です(ベースラインのキャリブレーションのためと思われます)。

「手首皮膚温」を確認する方法

  • 「ヘルスケア」の「ブラウズ」タブを開き、[身体測定値]>[手首皮膚温]の順にタップします

「過去の排卵日の推定」を確認する方法

「手首皮膚温」の計測を継続することで、自動的に「過去の排卵日の推定」が行われます。

  • 排卵期にあたる妊娠可能な期間の推定が水色で表示され、しばらくすると推定排卵日が紫色で表示されます。次の排卵の予測ではない点に注意

一般的に、排卵後約14日程度で月経が始まります。そのため、正確な排卵日の推定は正確な月経予測に役立ちます。つまり、これらの機能の組み合わせによりApple Watchを着用しているだけで月経周期の予測精度がより高まることが期待できるというわけです。Apple Watch Series 8/Ultraを使用中の女性は、基礎体温記録に近いことを手間なくできる手段として、ぜひ一度試してみてください。

Appleの「周期記録」ならではの強み

「周期記録」と他の同種のアプリとの大きな違いは、Apple Watchというハードウェアと連携している点、および「ヘルスケア」に含まれる多くのデータと一元管理できる点にあると言えるでしょう。デサイ博士は次のように述べています。

「私たちのミッションは、人々が自身の健康の中心に立ち、より良い毎日を過ごせるようにすることです。すべてのヘルスケア機能と同様に、科学に基づいた実用的な洞察をユーザーに提供すること、データを安全に保ちプライバシーを保護することの2つの柱に基づいて、周期記録の体験を構築しました」(デサイ博士、以下同)

月経予測には「手首皮膚温」だけでなく「心拍」のデータも活用されているといいます。ハードウェアから得られたデータと、分析・予測を行うソフトウェアの連携が、より良いユーザー体験を作っています。

「Appleでは、コラボレーションがすべての活動の中心にあります。ユーザーと同じく、私たちもハードウェアとソフトウェアを区別しません。両者のコラボレーションによってさまざまな洞察を改善することができます。例えば『周期記録』では心拍データを組み込んでより改善された月経予測を提供することができます。こうした統合ができるのは、チームが非常に緊密に連携しているためです」

この連携を大規模なユーザーテストで科学的に検証することも、「ヘルスケア」開発で積み重ねてきたAppleの強みと言えます。

「『周期記録』の月経予測は、あらゆる年齢の数百人のユーザーによる1,200サイクルを超えるデータを使い検証されました。また、『過去の排卵日の推定』機能は排卵予測キットを照合基準として、226人の参加者の934サイクルを使い検証されました」

主体的な健康管理のために

長年使い続けたアプリからの乗り換えは難しいものです。月経管理は特に生活習慣と結びつくものですから、後発の「周期記録」が優れていたとしても乗り換えをためらう方は少なくないでしょう。しかし、乗り換えまではしなくても先に述べた「手首皮膚温」は計測しておいて損はありません。

また、現在お使いの月経管理に「ヘルスケア」連携機能があれば、オンにしておくのもおすすめです。いつも通りアプリを使うだけでデータが「周期記録」にも蓄積され、もしそのアプリがサービスを停止したり、急にiPhoneを紛失・破損してもiCloud上にデータが残り、新しい端末に引き継いで使用することができます。また、5年先、10年先を考えた時、睡眠や心拍などその他のヘルスケアデータ共に一元管理しておくことで、新たな意義を持つ可能性も考えられます。

  • ヘルスケアとの連携が可能な「Period Tracker」。入力した情報は「周期記録」に反映され、「ヘルスケア」のデータの一部を引用して表示します

デサイ博士は、「ヘルスケア」アプリの今後のあり方について次のように述べています。

「私たちは、ユーザーが自身のヘルスケアデータを把握することで、自分自身の健康においてより積極的な役割を果たすことができるようになると深く信じています。ユーザーがプライバシーをどれほど重視しているかも理解しています。そして、ユーザーがご自身の健康に関して理解し、医師とより良い会話をし、適切なケアを求めることを願っています」

Apple Watchはすでに一部のガジェット好きが楽しむだけではなく、ヘルスケア管理をしたい人が選ぶ手段のひとつになっています。そこから蓄積されたデータの価値は、ユーザー自身がどこまで主体的に活用するかによって左右されます。その意味で、数ある「ヘルスケア」の項目の中でも「周期記録」は大きな価値をもたらす可能性があると言えるでしょう。