私たち一般消費者にしてみれば、NVIDIAといえば「ゲーム向けGPU」の企業。しかし昨今は、そのGPUの極めて高い並列処理能力を活かすことにとても注力しており、大きく事業の幅を広げています。新しいGeForceが出るのかと思えば、全然違う内容の発表会が行われることもしばしばあるほど。そんな一般消費者の意識を啓蒙すべき、と考えているかは不明ですが、メディア向けにNVIDIAが取り組んでいる医療向けの事業「NVIDIA Clara」について、説明会が実施されました。
忙しい方向けにまとめておくと、GeForceシリーズと同じアーキテクチャのGPUが先進的な医療機器に多数搭載。別次元に高性能なGPUが医療現場向けのカメラ性能を大きくジャンプアップさせ、創薬・研究の領域でもAIが大活躍。AIプラットフォームはクラウドでさらに使いやすくなり、高価で有料だったライブラリはNVIDIAが無料公開しまくっている……という内容でした。
医療現場でGPUができることは極めて多い
説明会では、NVIDIAでメディカル・ライフサイエンス領域開発支援マネージャーを務める山田泰永 氏が登壇してスピーチを行いました。なんでも医療領域は世界最大のデータ産業であり、2025年までの年成長率は36%を見込むとのこと。一方で現場で用いられる機器の高度化もますます進んでいき、これまで医療機器に採用されてきたFPGAでのハードウェア処理は困難になっていくといいます。
そこで役に立つのがGPU。強力な並列処理性能を備えたハードウェアを搭載しておき、そこにソフトウェアで各種機能を実装していくという発想です。いわゆる「ソフトウェアデファインド」と呼ばれるもので、これによってアップデートによる機能・サービスの追加を柔軟に行える他、法規制への追従もサポートできるとのこと。
この流れでNVIDIAが提供するのが「NVIDIA Clara Holoscan」プラットフォーム。医療機器開発におけるさまざまな領域をひとつのプラットフォームでカバーすることで、セキュリティ仕様や医療グレード規制要件を担保しつつ、開発者の生産性向上や量産対応、長期サポートまで実現します。
ちなみに、これまで医療機器メーカーによる汎用GPU採用が及び腰だった理由について、特にネックになっていたのが「長期サポート」だったとのこと。PCゲーマーなら2年ごとにグラフィックスカードを買い替えても気にならないかもしれませんが、機器開発・臨床現場ではとても使い物にならないライフサイクルです。長期生産・長期サポートをハードウェア・ソフトウェアの両輪で行うことで、実用化に向けて大きく歩みを進めることができたと話します。
画像処理、創薬、ゲノム解析もNVIDIAのGPUが高速化
ここまでは医療現場で使われる医用機器など、いわゆるハードウェア要素について紹介してきましたが、NVIDIA Claraはむしろソフトウェア面こそが本懐かもしれません。これまではCTやMRIなどの領域に限られていたGPU活用を、なんと病理や内視鏡検査など画像処理で担える領域まで拡張。これに用いられる画像処理用AIフレームワーク「MONAI」をNVIDIAは主導しており、今後はMONAIで学習したモデルをHoloscanにデプロイして使うシームレスな連携も構想しています。
また、創薬もAIによってブレイクスルーを起こした領域です。なんでも、これまで主にAIが活用されてきた自然言語処理用の大規模言語モデルが、タンパク質の構造解析や化合物の生成にも役立つそう。NVIDIAでは生物学のための大規模言語モデル「NVIDIA BioNeMo」を提供しており、オンプレでもクラウドでも利用できます。
ちなみに、製薬会社としてはアストラゼネカが特にNVIDIAと強固なパートナーシップを築いています。NVIDIA A100をベースにしたスーパーコンピューター「Cambridge-1」を共同で構築し、言語モデルを応用した創薬モデル「MegaMolBART」を活用して開発プロセスに役立てています。
加えて、ゲノム解析にかかる莫大な計算すらもGPUが加速しています。サンプルから塩基配列を読み取り(一次解析)、整列して(二次解析)、ゲノム内での相関解析などを検討する(三次解析)全プロセスに関与。サンプルから塩基配列を読み取るための次世代シーケンサーにはNVIDIAのGPUがほとんど標準搭載されているとのことで、エラー率の低減と検出速度の両立を実現。さらに、二次解析に用いられるライブラリ「Parabricks」はもともと極めて高額なライセンスフィーが必要でしたが、NVIDIAが「NVIDIA Clara Parabricks」として無償公開しています。
ちなみに、NVIDIA Clara Parabricksは日本国内だと東京大学医科学研究所所轄のスーパーコンピューター「SHIROKANE」に導入されています。SHIROKANEはライフサイエンス分野専用としては国内で最も強力で、Shirokane5にはNVIDIA Tesla V100が80基組み込まれています。
「アクセルの踏み時。」GPU活用を猛アピール
ここまで駆け足でNVIDIAの医療に向けた取り組みについて紹介してきた本記事。ざっくりまとめると、NVIDIAは極めて高速な並列処理を行えるGPUを開発しつつ、このGPUを活かすソフトウェアの開発も全力で推進。高い忠実度の物理シミュレーション性能やAI推論性能をも活用し、これまで手つかずだった莫大な医用データの活用に“メスを入れて”います。
今回説明会を聞いていて、こんなに高度な最先端デバイスをゲームに浪費していいのか心配になりました。手元のPCの計算資源を供出する「Folding@home」はdocker環境ならGPUも使えるので、タンパク質の振る舞いについて計算してみてもいいかもしれません。
参考文献と日本語プレスリリース
■医療機器
・NVIDIAが安全でセキュアな自律システム向けの IGX エッジ AI コンピューティング プラットフォームを発表
https://www.nvidia.com/ja-jp/about-nvidia/press-releases/2022/nvidia-launches-igx-edge-ai-computing-platform-for-safe-secure-autonomous-systems/
・ロボットおよびデジタル手術の主要なスタートアップが、NVIDIAの医療エッジ AI コンピューティング プラットフォームを採用
https://blogs.nvidia.co.jp/2022/09/27/igx-clara-holoscan-edge-ai-robotic-surgery/
・NVIDIA Clara Holoscan SDK により、AI 医療機器の超高速フレーム レートを実現(技術ブログ) https://developer.nvidia.com/ja-jp/blog/powering-ultra-high-speed-frame-rates-in-ai-medical-devices-with-clara-holoscan-sdk/
■医用画像(MONAI)
Open-Source Healthcare AI Innovation Continues to Expand with MONAI v1.0(英文技術ブログ)
https://developer.nvidia.com/blog/open-source-healthcare-ai-innovation-continues-to-expand-with-monai-1-0/
■創薬
・NVIDIA、AI およびデジタル生物学を前進させる、大規模言語モデル クラウド サービスを発表
https://www.nvidia.com/ja-jp/about-nvidia/press-releases/2022/nvidia-launches-large-language-model-cloud-services-to-advance-ai-and-digital-biology/
・NVIDIA、大規模言語モデルを生物学に拡大
https://blogs.nvidia.co.jp/2022/09/26/bionemo-large-language-models-drug-discovery/
■ゲノミクス
・ブロード研究所と NVIDIA が Terra クラウド プラットフォームに NVIDIA Clara を実装、生物医学的発見に取り組む 2 万 5,000 人の研究者を支援
https://www.nvidia.com/ja-jp/about-nvidia/press-releases/2022/broad-institute-and-nvidia-bring-nvidia-clara-to-terra-cloud-platform-serving-25000-researchers-advancing-biomedical-discovery/